逆接と罪
それから、暫く読み耽っていた。大方魔法の大枠である部分の理解は出来てきた。
魔法を使うにあたっての最重要事項は等価交換。逆にこれさえクリアしてしまえば、ここでは魔法が使えるようだ。
そして魔法を行使するための契約は、称する魔法名を呼べば誰でも再現可能であるらしい。一応、心の中で魔法の完全なイメージを行える場合、呼びつける必要もなく発動は可能らしいが、なにせ魔法は初めてだ。基本的な手順通りに実行してみようではないか。私は徐に本を開いた。
「えーと、この中の名前を唱えれば良いんだよな」
「魔法名と詠唱」
以下には五大元素と各々対応する基礎魔法を掲載している。
① " 火 " [ イグニス ]
最も広く流用される。使い勝手がよく、魔力消費も少ないため非常に扱いやすい。
② " 水 " [ アクア ]
火に次いで流用される。相性的に火に強いため、使用者が多い。
③ " 土 " [ テーラ ]
建築学の基礎を担う。戦闘よりは内政によく使われる。
④ " 風 " [ ウェントゥス ]
応用が難しく、開拓があまり進んでいない。使用者は比較的少ない。
⑤ " 木 " [ リグナム ]
最も魔力消費が大きい。その分、自由度が高く精密な操作が可能。
「ひとまず火の魔法 [イグニス] から唱えてみるとしよう」
さぁ記念すべき初魔法だ。少し今いる路地裏から離れた場所で使ってみる。
心を落ち着かせ、口に出す。
「イグニス!!」
その瞬間手の平からほとばしる赤い何か。
小さいが煌々と光を放つそれは紛うことなく "火" なのであった。「概ね」を想像していた私はひどく驚愕する。
論理で分かっていても興奮を隠しきれず、つい鳥肌も立っていた。
「ほ、ほんとにできた⋯⋯」
こう何か、ふつふつとした感触が手に残る。その後、使った実感とおざなりな思考だけを残して、火はすぐに消えてしまった。
体の主導権を奪われたように私は棒立ちになっていたが、ここにきて頭が追いついてきた。
「出来たっ!、出来た!すごい!」
傍から見れば可笑しな奴だが、そんなことはどうだって良かった。いや、恍惚とした感情が先行して何も考えられなかっただけかもしれない。どちらにせよ私は魔法を使用することが出来たのだ。
「これあいつらに見せてやりたいなぁ。きっとビックリするだろう」
少し、現世の数少ない友達のことを思い出していた。そう考えると今度は寂しいような、悲しいような気持ちになってしまう。感情の起伏が激しすぎて、まるで私が私でないような取り留めようのなさであった。
静寂を紛らすように別の魔法も使う。
「アクア!」
火と同様に手から水がほとばしる。
ただ先の身を焼く赤とは違い、繊細な光沢と形容できるほどに澄んでいるのだった。無垢たるそれは透徹して背景を照らし出す。
炎が出た時は舞い上がるように立ち昇ったが、水は静かに手の内に纏まった。平は浄化されて、何時もより鮮明だ。
それを通して見れば、全てがまさに絵画のようであった。
その後も私は続けて魔法を使っていった。
「テーラ!」「ウェントゥス!」「リグナム!」‥さらに唱える‥‥
――どのくらい時間が経ったのか、外はいつしか夕影を深めていた。
今思い出したのだが、私は絶賛野宿中ではないか。
衣食住という人間に必要な三要素の内、2つが欠けてしまっているのだ。壊滅的なQOLの現状を忘れていた。早くどこか泊まれる場所を探さなくては。死んだ先で再度野垂れ死ぬのだけは勘弁だ。
ただ一つ泊まれる場所に心あたりはある。村に入る寸前に見た巨大な建物、あそこならばもしくは—。
まだ分かった話では無いが、賭ける価値はありそうだ。
あれから少し歩くとすぐに見えてきた。周りは完全に暗くなっている。否が応でもここしかないようだ。最悪野宿もするが。
しかしこの建物、何故か周辺とは違い灯りが点けてあり、外まで声も漏れ出している。嫌な予感がするが、やはり入るしかなさそうだ。
「すみませーん」
ドアの軋む音と同時に中が見えてくる。そこには昼間のような人だかりとガヤが飛び交う、荒れた場所があった。次に見えたのが大量のビール、酒樽。時間帯と年齢層、断片的に察するに、居酒屋なのだ。
(あぁ、居酒屋ね⋯⋯なるほど⋯⋯⋯⋯今日は野宿でいっか)
「失礼しましたー」
ドアを閉めるまで一時の静寂が走る。私は赤面しながら急ぎ退散しようとする。だが、案の定後ろから呼び止められた。
しかし何のサプライズか、予想とは反して強面男ではなく女性が声を掛けてきた。
「坊主、こんなところで何してんだ?」
うーん、何と説明するべきなのか。判断に喘ぐ。「変な花園の管理人にここへ行けって言われて⋯」なんて通用するはずがない。
だが折角なので、援助を得られる可能性もあったため、私は正直にその人へこれまでの経緯と現状を話すことにした。勿論現世から来たなどの情報は伏せて。あとは、多少の偏向をその場のノリと脚色でどうにかする。
一通り話してみた。結局隠したところで理由もない。
そして、彼女は思ったより親身になって聞いてくれた。
「親が死んじまったのか⋯可哀想に。そうかそうか、分かった。今日はここで泊まっていけ。それくらいしかしてやれねぇ。ごめんな」
⋯なんだろう。非常に有難いのだが、同時に罪悪感が襲ってきた。こんなものではなくもっと純粋な⋯いや私の言葉の綾と見識の浅さか。
今の私はまるで慈悲に困窮する窮鼠だ。差し出された天蓋の糸にも生に執着して齧りつくほどの無謀。千切れるのは意思の重さと否定した観念深さなのに、それを亡霊の辟易と勘ぐっている。千の針山を抜けた今回は、手繰り寄せるだけの徒労には見合わない幸運が偶然にも降ってきた。しかし、思考はそんな隅々考えてはいない。理性的な私が代替する言葉の閉塞、代わりにあったのは閉口している自分のみであった。
冷静になれば私が彼女にした話からは、私人の利得しか見えてこず非常に不愉快なのだ。
ただ、彼女の慈悲に私は懐柔させられていた。最近他人の優しさに触れていなかった私には流石に劇物すぎたのかもしれない。
少し間をおいて、私は話し始める。
「ご厚意感謝します。今日はお言葉に甘えさせてもらいます」
本日2度目、居酒屋への未成年立ち入りの決定的瞬間である。




