第44話:意地の残弾、銀閃の導き
二勝を挙げ、門番・慎羅との賭けに実質的な勝利を収めたエイト。
しかし、慎羅が三本目に番えた矢は、これまでの「遊戯」とは一線を画す、守護者としての魂が宿った一撃でした。
右目の視界を失った博徒の前に放たれる、因果をも射抜く最後の一射。
三奈と樹の保護(執着)が激化する中、エイトは「天の声」さえ予測し得ない、最大にして最後の賭けに出ます。
「……三本目。これは、我という個人の意地。……受けてもらうぞ、八番」
慎羅が引き絞った弓から、銀色の光が溢れ出す。
その光は霧を払い、エイトの左目には、彼が番えた矢が「存在」そのものを研ぎ澄ませた鋭い一線として映った。
もはや音も気配も関係ない。放たれれば必ず「何か」を貫く――そんな、絶対の理を感じさせる構え。
「マスター、下がって。……分析不能。あの矢、物理法則を無視した因果干渉弾。当たれば肉体ごと存在を固定される。……最悪魂が滅んでも肉体は残して。私が一生大事に保管する」
「……魂は滅んでもいいのかよ。……だが、不穏な代物だってことは理解した」
三奈が淡々と、しかしエイトの服の裾を強く握り締めながら告げる。彼女の瞳は冷静に矢の軌道を読み取ろうとしているが、その奥には、観察対象であるエイトを失うことへの、病的とも言える拒絶が滲んでいた。
「ダメですよ三奈さん、そんな後ろ向きな約束より、これからの幸せを語りましょうよぉ。……旦那様ぁ。三奈さんの後ろに隠れるなんて言わずに、私の背中に隠れてください。……その方が、とっても『安全』ですからぁ」
樹がおっとりとした微笑みのまま、エイトの前に立ちはだかる。
彼女が地面に足を深く沈めると、バキバキ……と石畳がひしゃげ、凄まじい衝撃波が慎羅に向かって放たれた。
「慎羅さん。……その矢を放したら、あなたのその綺麗な顔を、私が優しく『平ら(フラット)』に均して差し上げますよぉ? ……痛いのは、ほんの一瞬ですからぁ」
「……フン、五番の威圧、恐るべし。……だが、我はこの一射に全てを賭ける」
慎羅の指が、弦を離した。
――キィィィィィン!
大気が悲鳴を上げ、銀光がエイトを直撃する軌道で走り出す。
【天の声8】
[ 警告:回避不能。防御不能。……対象はあなたの『存在確率』を直接狙っています。……生き残る条件は一つ。……あなたの最大の『不運』を、この瞬間に『賭け(ベット)』してください。 ]
(……不運を、賭けるだと?)
エイトは笑った。
三十路の博徒。右目を失い、戦闘力は底辺。
そんな男に残された最後のチップは、これまで自分を苛んできた、この「理不尽なまでの不運」以外にない。
「……天の声、全リソースを解放しろ! ……俺の右目の『欠損』という不運を、この瞬間の『幸運』に強制変換する!」
エイトは敢えて、包帯に覆われた右目の方へと体を傾けた。
死角から迫る銀の矢。
だが、その瞬間。エイトが足元に感じたのは、先程の樹の踏み込みによって生じた、わずか数センチの「地面の亀裂」だった。
――ガクッ。
不運にも足を滑らせ、無様に体勢を崩すエイト。
しかし、その「不格好な転倒」こそが、絶対の必中を誇るはずの銀の矢の軌道から、彼の心臓をわずか一ミリだけ逸らした。
「……っな!?」
慎羅が目を見開く。
銀の矢はエイトの肩を掠め、そのまま背後の大岩を粉砕した。
転倒し、泥に塗れたエイトは、左目だけで慎羅を見上げ、不敵に口角を上げた。
「……ハッ、……残念だったな、慎羅。……俺の『不運』は、あんたの『必中』より、ほんの少しだけ勝手が悪いんだよ」
沈黙が支配する。
やがて、慎羅は静かに弓を下げ、深く、重い溜息をついた。
「……完敗だ。……『不運』を味方につけるなど、もはや博打の域を超えている。……約束通り、貴殿らを塔の内側へと案内しよう」
「……助かるぜ。……おい、三奈、樹。……いつまで俺を抱え込んでるつもりだ?」
「マスター、安全確認が終わるまで。……汚れた服は、後で私が全部脱がせて、徹底的に清掃する」
「うふふ、旦那様。泥だらけのあなたも、とっても素敵ですよぉ。……でも、次は私がちゃんとお掃除して差し上げますからぁ」
二人の少女に左右から抱え上げられ、エイトは再び「逃げ場のない看病」という名の不運に身を委ねることになった。
だが、その視線の先。
霧が晴れた道の向こうには、イチカが囚われているという、白亜の塔が不気味に聳え立っていた。
第四十四話、お読みいただきありがとうございました。
ナンバー10・慎羅との決着。エイトは「自らの不運(足元の亀裂による転倒)」を逆手に取るという、まさに博徒ならではのイカサマ的戦法で、死の矢を回避しました。
三奈の「管理欲」と樹の「怪力愛」もいよいよ加速し、エイトの心労(不運)は絶えません。
次回、第四十五話。
慎羅の案内で、ついに『白亜の塔』の内部へ。
しかし、そこで一行を待ち受けていたのは、一美の変わり果てた姿と、ナンバー07・七花が仕掛けた「最悪の盤上遊戯」でした。
どうぞお楽しみに。




