第43話:矛盾する鼓動、不運の裏択
第二射。放たれた銀の矢は、霧を切り裂く「完璧な音」を奏でました。
誰が聞いても十点満点。しかし、射手である慎羅の口から出た宣言は、予想に反する「零点」。
耳を信じるか、言葉を疑うか。
右目の死角から忍び寄る「矛盾」という名の罠に、エイトの博徒としての真価が問われます。
「……第二射。……結果は『零点』。外れだ」
慎羅の淡々とした宣告が、静寂の残る空間に響いた。
エイトの左耳には、今もなお「ドシュッ」という、標的の真ん中を力強く射抜いた極上の残響がこびりついている。
「……ハッ、今のが外れだって? 耳を疑うぜ、慎羅。……あんなに綺麗な的中音を鳴らしておいて、よく言う」
エイトは不自由な体で重心を揺らしながら、慎羅の表情を読み取ろうと目を凝らす。
だが、慎羅はただ静かに、弓を握る拳を解いただけだった。
「マスター。……不審。彼の声帯、僅かな震えもなし。……一方で、放たれた瞬間の指先の弛緩は、十点を目指した者の動きそのもの。……私のカンでは、嘘をついてる。チュッ」
三奈が冷徹な瞳を慎羅に向け、いつでも飛びかかれるように膝を僅かに沈める。が、……なぜかエイトの頬にキスをする。
「うふふ、三奈さん。やっぱり慎羅さん共々、握りつぶしましょうかぁ?ええ、そうしましょう。」
樹がおっとりと笑いながら、慎羅の背後へと回り込む。彼女が軽く足を踏み出すたびに、地面の石畳に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
「慎羅さん。あなたもそう思いますよねぇ? うふふ…」
「……暴力での威嚇は無用だと言った。……五番、樹。貴殿の圧は認めるが、我の矢は曲がらぬ」
慎羅は樹の凄まじい威圧感に冷や汗を流しながらも、その視線は真っ直ぐにエイトを射抜いていた。
「さあ、八番。……我の言葉が『真実』か『虚偽』か。選択を」
【天の声8】
[ 解析:着弾音の周波数は、標的心得板の材質と100%一致。……物理的には『命中』と判断されます。……しかし、対象の『運命値』に変化がありません。 ]
(……運命値に変化がない?)
エイトは思考を巡らせる。
完璧な命中音。三奈のカンも「嘘」だと告げている。
だが、もしこれが「真実」だとしたら?
(……待てよ。慎羅は『何点の的に当てたか』を宣言すると言った。……今の音が『的』に当たった音なのは間違いない。だが、もし彼が狙ったのが『俺たちには見えない別の的』だとしたら?)
博徒の脳裏に、最悪のシナリオが浮かぶ。
慎羅は弓の達人だ。あえて「的の裏側」や「的の縁」を狙い、音だけを偽装することなど容易いのではないか。あるいは、その逆。
「……慎羅。あんたは『零点』と言った。……音は『十点』だったがな」
「……」
「……この博打、あんたが『嘘を吐くメリット』がねえんだ。……勝負を有利に進めるなら、わざわざ外したと嘘を吐く必要はない。……だが、あんたはあえて『零点』だと言い張った」
エイトは左目を細め、慎羅の足元に転がっている「矢の羽」の欠片に気づく。
一射目の時とは、微妙に形が違う。
「……答えは『真実』だ。あんたの宣言通り、今の矢は『零点』。……いや、正確には『的に当たる直前で、あんたが放った二本目の不可視の矢に弾き飛ばされた』……だろ?」
慎羅の頬が、今日初めて大きく引き攣った。
霧が僅かに揺れ、標的の手前で真っ二つに裂かれた銀の矢が地面に落ちているのが露わになる。
「……矢を、矢で射抜いて軌道を逸らしたのか。……音だけは標的に届くように」
「……見事だ。……まさか、残された片目だけで、重なり合う二本の矢の残像を見抜くとは」
「……見てねえよ。……あんたの『プライド』を信じただけだ。……あんたみたいな堅物が、わざわざ不利になる嘘を吐くなら、そこには『嘘以上の真実』があるはずだってな」
エイトは大きく息を吐いた。これで二勝。
だが、慎羅の纏う空気は、絶望的なまでに冷え切っていく。
「……二勝。……我の負けだ。……だが、八番。……三本目の矢。これだけは、我の『守護者』としての意地……受け取ってもらおう」
慎羅が三本目の矢を番える。
それは、今までの銀の矢とは放つ輝きが違っていた。
第四十三話、お読みいただきありがとうございました。
二射目の「音は当たり、宣言は外れ」という矛盾。エイトは「敵の性格」と「わずかな違和感」から、慎羅が自ら矢を撃ち落としたという真実を読み解きました。
三奈のカンと樹の圧力が、図らずも慎羅の「武人としての意地」を炙り出す結果となりました。
次回、第四十四話。
勝利は確定したはずの勝負。しかし、慎羅が放つ最後の一射は、博打の範疇を超えた「因果を射抜く矢」でした。
右目の無いエイトに迫る、回避不能の一撃。
その時、天の声が告げた「逆転の条件」とは――。
どうぞお楽しみに。




