第26話:埋もれた名工、因果を刻む黄金の指
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迷宮を脱出した一行が辿り着いたのは、追放された伝説の細工師・ガランの隠れ家。
イチカの命を救うための禁忌の儀式が始まります。
管理番号の裏側に隠された『真の属性』。
そして、エイトの決断が、世界の理をさらに激しく狂わせていきます。
鉄錆の迷宮が崩壊し、荒野に静寂が戻ってから数時間が経過していた。
赤茶けた土が延々と続く地平線。時折、乾いた風が吹き抜け、エイトたちの衣服を砂埃で汚していく。迷宮から持ち出したあの禍々しい『13』の結晶――負け犬たちの因果が凝縮された触媒は、エイトの懐の中で、今もなお微かな熱を帯び続けていた。
「……はぁ、……はぁ……。ごめんね、エイト。私、また足手まといに……」
イチカが肩で息をしながら、申し訳なさそうに視線を落とす。
迷宮での極限状態から解放された反動か、彼女の『器』としての安定度は目に見えて低下していた。肌は陶器のように白く透き通り、指先は時折、ノイズのように薄く震えている。
「気にするな。……三奈、イチカの状態はどうだ」
エイトが隣を歩く三奈に問いかけると、彼女はエイトの腕に組んでいた手を少しだけ強め、イチカの方へと視線を流した。
「うーん。正直、あんまり良くないかな。あの迷宮で鉄屑が暴れたせいで、この辺りの因果の濃度がスカスカになっちゃってる。イチカちゃんの器は、周囲の魔力を吸って形を保ってるから……今のこの乾燥した荒野は、彼女にとっては酸素の薄い高山にいるようなものだよ、マスター」
三奈はそう言いながら、空いた手でイチカの背中を優しく撫でた。その手つきは慈愛に満ちたメイドのようでもあり、あるいは不具合を起こした機械を点検する技術者のようでもあった。
「マスターはわたしがいないとダメだけど、運命だけは強いからピンピンしてるみたいだけどね。夜もわたしの魅力にビンビン……さ、さあ、冗談はこれくらいにして。次の目的地、あそこだよね?」
俺に睨まれた三奈が誤魔化すように指差した先。
荒野の断崖に張り付くようにして建てられた、風化の激しい石造りの小屋が見えた。
かつては天界の歯車を修理するために派遣された技術者たちが住んでいたとされる、忘れ去られた観測所跡。そこに、今回の目的である『細工師』が隠れ住んでいるという。
「……ああ。ニカの情報なら……あいつが生きていれば、この結晶をイチカの器に馴染ませることができるはずだ」
エイトたちは、最後の一踏ん張りで断崖を登り、その小屋の扉を叩いた。
扉は錆びついており、叩くたびに不快な金属音が周囲の静寂を切り裂く。
「……何用だ。ここは、天に見捨てられた者が最期を待つ墓場だぞ」
中から聞こえてきたのは、ひび割れた鐘のような、ひどく掠れた老人の声だった。
扉がゆっくりと開き、中から現れたのは、全身を脂ぎった作業着で包んだ、小柄な老人だった。その両腕は、肘から先が精巧な義手――それも、天界の技術が惜しみなく投入されたであろう魔導義肢に置き換わっている。
「……墓参りに来たわけじゃねえ。……仕事の依頼だ、ガラン」
エイトが老人の名――かつて王都で禁忌に触れ、追放された伝説の細工師の名を呼ぶと、老人の目が鋭く光った。
「……ほう。その名で俺を呼ぶか。……貧弱な坊主が、何の用だ。……隣にいるのは、天の模造品と……おや」
ガランの視線がイチカ、そして彼女の胸元で脈動する不安定な因果の光に釘付けになる。
「……『欠損した器』か。……面白い。天界の管理から外れ、自壊を待つだけの魂。……それを今まで繋ぎ止めていたのは、貴様か、博徒」
「ああ。……こいつで、イチカを治せ」
エイトは懐から、あの『13』の結晶を取り出し、ガランの前に差し出した。
結晶が放つ赤黒い光が、暗い小屋の中を禍々しく照らし出す。ガランは義手の指をガチャガチャと鳴らしながら、その結晶を凝視した。
「……馬鹿な。……これは、鉄錆の迷宮の……リボルの心臓じゃねえか。……貴様、あの死神を倒したのか?」
「死神、口ほどにもなかったよ。……ねえ、マスター?」
三奈が横から口を挟み、楽しげにエイトの肩に顎を乗せた。
ガランは三奈を一瞥し、忌々しそうに吐き捨てた。
「……ふん。相変わらず、食えない輩を連れてやがる。……いいだろう。この『13』の因果、俺の技術でイチカの器に叩き込んでやる。……だが、これにはリスクがあるぞ」
ガランは結晶を義手で受け取ると、小屋の奥にある巨大な作業台へと向かった。
そこには、無数の歯車、液体、そして光の糸が複雑に絡み合った、天界の装置を分解して作り上げたような、異様な儀式台が置かれていた。
「リスクだと?」
「そうだ。この『13』という数字は、単なる不吉な番号じゃねえ。……管理番号にはな、表の数字と、その裏側に隠された『真の属性』がある」
ガランは作業台のスイッチを入れた。
轟音と共に、光の糸がイチカの身体を包み込み、宙へと浮かび上がらせる。
「……いいか、博徒。……『8』の貴様は『無限の循環』を司る。……だが『13』は違う。……あれは『断絶と反転』。……この結晶を器に埋め込めば、彼女の存在は安定するが、同時に……天界から『異物』として、より強く狙われることになるぞ」
ガランの言葉に、エイトは黙って拳を握った。
イチカは苦しげに目を閉じ、光の糸の中で微かに声を上げている。
「マスター。……ガランの言う通り。……これをやれば、もう後戻りはできない。……天界の監視網が、今の比じゃないくらい、私たちを『異物』として消しに来る」
三奈の声から、いつもの余裕が消えていた。
彼女はエイトの表情をじっと見つめ、その決断を待っている。
エイトは、苦しむイチカを見上げ、そして自分の左手の『8』の紋章を見つめた。
「……最初から、後戻りする道なんて選んでねえよ。……天が俺たちを消しに来るってんなら、その天ごと……俺が全部、賭けのチップにしてやる」
エイトの力強い言葉に、三奈は一瞬だけ目を見開き、そして――今までで一番、深い慈しみと狂気を孕んだ笑みを浮かべた。
「……うん。……そうでなくっちゃ、私のマスターじゃない。……最高だよ、エイト。……その言葉、一生忘れないでね?」
三奈はエイトの頬にそっとキスをするような距離まで近づき、囁いた。
その瞬間、ガランの義手が火花を散らし、結晶がイチカの胸へと沈み込んでいく。
「……因果の定着を開始する! ……博徒、貴様の『運命力』を貸せ! ……イチカの魂が、13の重みに耐えられるように、貴様の8で円環を繋げろ!」
ガランの怒号が響く。
エイトは迷うことなく、光り輝く儀式台へと右手を差し出した。
戦闘力5。数値化された強さは最弱。
だが、その内側に秘めた『負けを知らぬ博徒の魂』が、今、天界の理を真っ向から捩じ伏せようとしていた。
小屋の外では、追っ手の足音か、あるいは天の雷鳴か。
不吉な影が、着実に近づきつつあった。
第26話、いかがでしたでしょうか。
管理番号「8」と「13」の意味。
数字の謎に隠された真実。
次回、第27話。
儀式の最中に襲来する、天界からの『粛清者』。
動けないイチカを守るため、エイトと三奈は、最弱の数値で最強の刺客を迎え撃ちます!
お楽しみに!




