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37. 白銀の凱旋と役割のない人々の明日

 



 世界の運命を縛っていた『星織り』が破壊され、大陸中を襲っていた魔物災害が完全に終息してから一ヶ月。

 王都の空は、かつてないほどに澄み切った青空に包まれていた。


 王城の大広間。

 そこには、世界を救った伝説のパーティー『白銀の誓い』の4人が、国王の御前に並び立っていた。


「おお……よくぞ、よくぞ世界を救ってくれた、光の勇者ゼノ殿! そして聖女アリアよ! そなたらの偉業は、我が国の歴史に永遠に語り継がれるであろう!」


 玉座で歓喜に震える国王が、立ち上がって深く頭を下げる。

 かつてセレスティアを蔑んだ愚かな王太子の姿は、ここにはない。彼はとうの昔にローゼンブルク侯爵の理詰めの弾劾によって失脚し、今や歴史の表舞台から完全に存在を消されていた。セレスティアにとっては、もはや思い出すことすらない、路傍の石以下の存在である。


「陛下。我々は神の定めた『勇者』でも『聖女』でもありません。ただ、自分たちの明日を守りたかっただけの、ただの人間です」


 ゼノが、静かに、しかし威風堂々たる態度で言い放つ。


「うむ……! それでも、そなたらが世界を救った事実に変わりはない! 望む褒美があれば、領地でも爵位でも、何なりと言うが良い!」


「結構です」


 ゼノは即答した。


「僕が欲しいものはただ一つ。……この手で、すでに得ておりますので」


 ゼノは隣に立つセレスティアを見つめ、優しく微笑んだ。

 その揺るぎないサファイアブルーの瞳に、セレスティアも令嬢としての完璧な笑みではなく、年相応の純粋な笑顔を返す。


「というわけですので、陛下! 私たちはこれで失礼しますわ。神様にも王家にも縛られない、最高の自由を満喫しに行きますから!」


 アリアが元気よく手を振り、ラキシスも「せいぜい自分たちで国を立て直すんだな」と不敵に笑って背を向けた。


 王家からの過分な恩賞すらもあっさりと蹴り飛ばし、4人は王城を後にした。



***



 そして、その日の午後。

 王都の中心にそびえ立つ、王国最大の権力を誇るローゼンブルク侯爵邸。


「おおおおっ! セレスティアぁぁぁっ!! 私のかわいい天使よ、よくぞ無事で帰ってきた!!」


 重厚なエントランスの扉が開くや否や、王宮で王族を震え上がらせる冷徹な筆頭貴族――ローゼンブルク侯爵が、なりふり構わず涙と鼻水を撒き散らしながら愛娘にダイブしてきた。


「お父様! ただいま戻りましたわ!」


 セレスティアも嬉しそうに抱き着き返す。


「無事でよかった、本当に無事でよかった! まったく、いくら我が家が全力で後援しているとはいえ、過酷な旅路だっただろう! アリア様! ゼノ殿にラキシス殿も、我が娘を守り抜き、見事世界を救ってくれたこと、スポンサーとして心より感謝――」


 侯爵が、満面の笑みで『白銀の誓い』の面々に労いの言葉をかけようとした、その時だった。


「ローゼンブルク侯爵閣下」


 ゼノが一歩前へ出て、完璧な騎士の礼をとった。

 そして、一切の淀みない、真っ直ぐな声で言い放った。


「本日はスポンサーへのご報告ではなく、一人の男として、閣下にセレスティア様との結婚のお許しをいただきに参りました」


「…………は?」


 侯爵の笑顔が、文字通り完全にフリーズした。


「僕はゼノ・ノックスヴァイン。……セレスティア様を一生涯お守りし、共に生きていくと誓った男です。どうか、娘さんを僕にください」


「けっ……結婚だとォォォッ!?」


 数秒の思考停止の後、侯爵の絶叫が屋敷のステンドグラスをビリビリと震わせた。


「ば、馬鹿を言え! 確かに私はお前たちの活動に莫大な資金を出したし、お前の剣の腕は世界一だと認めている! だがな、スポンサーになったからといって、私の天使をくれてやるなどと一言も言った覚えはないぞォォ!!」


 ドゴォォォォォォンッ!!!


 侯爵が叫び終わるより早く、ゼノが『本気で誠意を見せるため』に、大理石の床に深々と土下座をした。

 しかし、その常軌を逸した身体能力と重すぎる愛の質量により、強固な侯爵邸の床が大爆発を起こしたかのように陥没し、凄まじい地鳴りが巻き起こる。


「ヒッ!?」


 あまりの物理的破壊力と、ゼノの背中から立ち上る「絶対にセレスティア様を幸せにする(反論は許さない)」という狂気的なまでの気迫に、侯爵は悲鳴を上げて壁際まで後ずさった。


「……アリア様、ラキシス殿。あのゼノ殿は、いつもこんなに重かった?のか……?」


「ええ。諦めてください侯爵様。この男のセレスちゃんへの執着は、世界のルールすら物理で両断するレベルなんです」


「俺の極大魔術より、こいつの純粋な愛(という名の暴力)の方がよっぽど質が悪いからな」


 アリアとラキシスが、呆れたように肩をすくめる。


「お父様。……私、ゼノ様と結婚します。彼と一緒に生きるために、世界を壊してきましたの」


 セレスティアが、陥没した床で土下座を続けるゼノの隣に立ち、この上なく幸せそうに微笑んだ。


「あ、ああ……うん。そうか。お前がそこまで言うなら……」


 最強すぎる愛娘と、規格外すぎる伴侶候補の迫力。侯爵は涙を拭いながら、力なく白旗を揚げるしかなかった。



***



 そして、数ヶ月後。

 ローゼンブルク侯爵領に広がる、美しい花畑の丘。


「綺麗……!」


 純白のウェディングドレスに身を包んだセレスティアが、歓声を上げた。

 ラキシスの魔法によって季節外れの花々が一斉に咲き誇り、アリアの祝福の光が雪のように降り注ぐ、大陸一美しく、華やかな結婚式。


 親族席では、侯爵がハンカチを噛み締めながら滝のように涙を流している。


「ゼノ様。……私、今、世界で一番幸せですわ」


「ええ。僕もです」


 純白のタキシードを着たゼノが、優しくセレスティアの手を取る。


 かつて、消え去る運命に怯え、世界を騙そうとした。

 しかし今、二人には、強要された役割の証はない。ただ、お互いを深く愛し合う、一人の男と女の魂があるだけだ。


「これからもずっと、あなたの隣に」


「はい。命尽きるまで、あなたと共に」


 澄み切った青空の下。

 温かな仲間たちの祝福の歓声に包まれながら、二人は永遠の誓いの口づけを交わした。


 理不尽な運命は、もう誰も縛らない。

 ここから先は、彼ら自身が紡ぎ出す、ただ幸せなだけの『新しい明日』が続いていくのだ。



 (終わり)

「役割に生きるか、自分として生きるか」。

本作の根底にあったこのテーマを書き切ることができたので、急ぎ気味になってしまったのですが、これにて完結です。


作品を楽しんでいただけましたら、評価・感想・レビューいただけますと幸いです。

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