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2-1 世界最強のダンジョンプレイヤー

 休み明けの教室は嫌で仕方なかったけど、今日はいつもと違っていた。登校する間も軽い興奮に包まれていて、いつものように田代たちにからかわれても平気だった。獲得した薬草を披露した時は神崎以外のみんなから笑われたけど、そのバカにした笑いにさえも、僕は怒りを感じることはなかった。


「なにも薬草を出して笑い者になる必要はなかったんじゃない?」


 放課後、ミーティングルーム用に開放されている多目的室に向かうと、開口一番に神崎が呆れ顔と共に呟いた。


「まあそうなんだけどね。でも、やっぱり嬉しかったから」


 うまい言い訳が浮かばず、仕方なく本心を露呈する。神崎は渋い顔をしていたけど、その表情にいつもの冷たさはなくてどこか楽しそうにさえ見えた。


「お疲れさまでーす。って、兄さん何にやけてんの?」


 遅れて鈴木さんと姿を現した早瀬が、いきなりジト目で僕を睨んできた。


「にやけてなんかないよ」

「ったく、神崎先輩とバディを組んだからって調子にのってたら、ダンジョンに置いてけぼりにしてやるんだからね」


 腕を組んだ早瀬が、ここぞとばかりに辛辣な言葉を口にする。相変わらず僕には厳しいけど、初めて仲間になってくれたわけだから、そこは年上という立場も考慮して我慢することにした。


「鈴木さん、改めて聞きますけど、私の呪いを解く方法はあるんですか?」


 微笑みをたずさえたまま鈴木さんが着席したところで、神崎が本題に入った。


「そうですね。神崎さんにかかっている呪いなんですが、極めて悪質なもののようです」


 鈴木さんは一つ咳払いすると、神崎にかかっている呪いを説明し始めた。


 ダンジョンに存在するアイテムの中には、ダンジョンプレイヤーにとってはマイナスにしかならないものが存在する。そうしたアイテムを一律に呪われたアイテムと呼んでいるけど、神崎にかかっている呪いはそうしたアイテムが作用するものとは違うらしい。


「ただですねぇ、神崎さんにかかっている呪いはそういった類いとは違って、恐らくは念のようなものだと思います。まあ言い換えますと、悪霊みたいなものです」

「あ、悪霊!?」


 鈴木さんの言葉に、早瀬が裏返った声で叫びながら立ち上がった。見ると小刻みに肩が震えていて、もし尻尾があったら毛が逆立ちして伸びきっているだろう。


「もしかして、幽霊が怖いのか?」


 早瀬が露呈した弱点に、僕は嬉しくて笑い声をもらした。当然、早瀬は噛みつく勢いで睨んできたけど、僕は涼しい顔で受け流した。


「鈴木さん、私もその可能性を考えて悪霊払いの儀式を受けました。でも、結果は期待通りにはなっていません」


 僕らのやりとりを無視して、神崎が話を進めていく。神崎にしたら死活問題だから、悪ふざけを相手している場合ではないみたいだった。


「普通の悪霊なら問題ないのですが、神崎さんにかかっている呪いは複数の悪霊がからんでいるように見えます。悪霊は、いわば人の念がもとになったものですからね。人の恨みは際限なく深くなるものです。それが集合体でとりついたとなると、ちょっとやそっとのことでは呪いを解くのは難しいと思います」


 鈴木さんの言葉に、神崎が暗い顔をして肩を落とした。話を聞く限りでは、神崎にかかっている呪いを解く方法は簡単にはいかないみたいだった。


「ただ、悪霊がからんでいるのであれば、その呪いを解く方法も、同じ悪霊に聞けばいいんです」

「悪霊に、ですか?」


 すっと顔を上げた神崎だったけど、その表情はしっくりとこないように見えた。


「ユウジ・キムラというダンジョンプレイヤーを知ってますか?」


 鈴木さんが出した名前に、神崎の顔が一瞬で固くなった。多分、僕も同じように固まっているだろう。なぜなら、ダンジョンプレイヤーを名乗る者で、ユウジ・キムラの名前を知らない者はいないからだ。


 ダンジョンプレイヤーとしてSランクまで極めると、二年に一度開かれる世界一のダンジョンプレイヤーを決める大会に出場することができる。大会は国ごとに予選が行われ、各国から一組のパーティーが世界大会に参加するという仕組みになっている。


 世界大会は特殊なダンジョンで行われていて、参加したパーティーは、他のパーティーと戦いながらダンジョン攻略を目指していく。見事優勝したパーティーのメンバーには、世界一の称号でもあるダンジョンマスターの名誉が与えられることになっていて、世界一の称号の為に、参加者したパーティーは熾烈な戦いを繰り広げることになっていた。


 その世界大会で、日本人でありながら二十年以上ダンジョンマスターの称号を手にし続けたのが、ユウジ・キムラだった。ユウジ・キムラのパーティーはもちろんだけど、本人そのものがダンジョンプレイヤーとしては世界最強と言われていた。二十年以上、あらゆるダンジョンプレイヤーたちが戦いを挑んだけど、ユウジ・キムラを倒した者は一人もいなかった。


「その表情だと知ってるようですね。だとすれば話は早いです。世界最強のユウジ・キムラなら、神崎さんにかかっている呪いを解く方法を知っているかもしれません」


 当たり前のようにユウジ・キムラの名前を出す鈴木さんに、僕は違和感のような何かを感じた。ユウジ・キムラは、ダンジョンプレイヤーにとっては神みたいな人だ。気軽に名前を出していい人では決してなかった。


 そんな僕の困惑に気づいたのか、鈴木さんが眼鏡を外して薄くなり始めた頭をかきだした。


「こう見えても、私もダンジョンプレイヤーとして世界大会を目指していたんですよ。まあ結果は、国内予選の決勝でいつもキムラにやられてましたけどね」


 早瀬顔負けのテヘペロをしそうな鈴木さんには驚きしかなかった。プロのダンジョンプレイヤーを目指す学園とはいえ、片田舎の学園にユウジ・キムラと戦った人がいることは、夢にも思っていなかった。


 ――そういえば


 先日闇属性を解放した時のことを思い出す。あの時、増悪にのまれて暴走しかけた僕を、いとも簡単に気絶させて闇属性を封印したのは、まぎれまなく鈴木さんだった。


「話を戻しますね。君たちも知っている通り、キムラは数年前に病に倒れてダンジョンの中で死んでいます。ですが、キムラが亡霊となってそのダンジョンにいる話は聞いたことありませんか?」


 鈴木さんの問いに、神崎と並んで静かに頷いた。ユウジ・キムラは、数年前に不治の病で亡くなっている。通常、属性を帯びた攻撃によるダメージは、ヒーリングのスキルによって治すことができるけど、純粋な怪我や病気は薬草なんかで回復はできても、ヒーリングのスキルでは治すことはできない。


 ユウジ・キムラは、薬草なんかでは治すことができない病にかかっていた。そのせいかはわからないけど、ある遺言を残してダンジョンに潜り、そのまま帰らぬ人になった。


 その遺言というのが、ユウジ・キムラの強さの秘密だった。二十年以上世界一の地位にいたユウジ・キムラの強さの秘密をダンジョンに隠すというもので、ダンジョンプレイヤーの間ではその中身が何なのか噂で持ちきりになっていた。


「そのダンジョン、確かファニーゴーストと呼ばれているダンジョンでしたよね?」


 僕の問いに、鈴木さんが満足そうに頷いた。ファニーゴーストと呼ばれるダンジョンは、ユウジ・キムラが亡くなったダンジョンであり、今最も注目されているダンジョンの一つだった。ユウジ・キムラの強さの秘密を求めて、世界中のダンジョンプレイヤーたちが日夜ダンジョン攻略に明け暮れていることで知られている。


「つまり、鈴木さんは私たちにファニーゴーストというダンジョンに行って、ユウジ・キムラに会えということなんですね?」


 神崎の言葉に、鈴木さんが物静かに頷く。隣で早瀬が再び裏返った声で奇声を上げていた。


「ええ、そういうことになります。ファニーゴーストの最深部にキムラがいますから、キムラに会って呪いを解く方法を聞いた方が早いと思いますよ」

「でも、ファニーゴーストのダンジョンはSランク指定のダンジョンだったはずです。どうやって行くんですか?」


 鈴木さんの提案には色々と問題があった。中でも最も重要なのが、ダンジョンに入るための条件だ。ダンジョンには無許可で入れる場所と、ダンジョン管理局によってランク指定されている場所がある。ファニーゴーストはSランク指定だから、今の僕たちでは入ることさえできなかった。


「その点は心配いりませんよ」


 僕の疑問を予想していたのか、鈴木さんが目を細めてポケットからカードを一枚取り出した。


「うわ、これってフリーパスカードやん」


 鈴木さんが出したプラチナのカードは、ダンジョンに入るために管理局から発行されるもので、まさかの全ダンジョンフリーに入れるパスカードだった。


 ――やっぱり鈴木さんはただ者じゃないな


 定期券を出すかのノリでパスカードを出しているけど、その価値は一枚で一生遊んで暮らせるだけのお金が入ると言われている。ダンジョンプレイヤーにとっては、必ず手にしたいものであるし、持っているだけでダンジョンプレイヤーとしてのステータスにもなる代物だった。


「ただし、一つ厄介なことがあります」


 にこやかな空気から一転して、鈴木さんがキラリと眼鏡を光らせた。


「実は、世界ランク二位だったジョン・ロベルトがキムラに会って命を落としています。パーティーの中で唯一生き残って脱出できた者によると、キムラは自身の強さの秘密を聞いてきたそうです」


 鈴木さんによると、ジョン・ロベルトは強さの秘密を求めてユウジ・キムラに会ったのに、逆に強さの秘密を尋ねられたという。その質問に答えきれなかったために戦闘となり、命を落としたという。


「つまり、ユウジ・キムラに会うのはいいけど、質問に答えられなかったら戦いになるわけですね?」


 黙って話を聞いていた神崎が、険しい表情のまま呟いた。


「そうです。キムラは、ダンジョンに自身の強さの秘密を残すと遺言しています。つまり、キムラに会うまでにその秘密の謎を解き、キムラの質問に答えることができれば、本当のキムラの強さ秘密が手に入るといわれています」

「なるほどですね。とにかく、ユウジ・キムラに会って呪いを解く方法を聞くには、ダンジョンに残された秘密を解く必要があるってことですね?」


 僕の問いに満足そうに頷いた鈴木さん。でも、その意味がわかっているせいか、にこやかな笑みには少しだけ陰りがあった。


「岡本、今回の話はやめとく?」


 気まずそうな顔をした神崎が、弱気な声で聞いてきた。神崎にしたら、自分の呪いを解くために仲間を危険なことに巻き込みたくないのだろう。答えを見つけきれなかったらユウジ・キムラと戦闘になるというリスクは、考えただけで危険過ぎるのはわかった。


「いや、やってみようよ」

「え?」

「確かにリスクはあると思う。でも、だからこそ試す価値はあると思うんだ。ユウジ・キムラなら、世界の頂点にいた人なら、呪いを解く方法も僕の属性を変える方法も知っているかもしない。だから、やってみようよ」


 ダンジョンに残された強さの秘密が何かはわからないけど、その謎を解きさえすれば、ユウジ・キムラから答えを聞けるかもしれない。


 その想いを伝えると、神崎は一瞬だけ表情を強ばらせたけど、すぐにどきっとするような笑顔を見せた。


「岡本をバディに選んでよかった。でも、無理だと思ったらすぐに引き返す。それでもいい?」

「それでいいと思うよ。もちろん、早瀬もついてきてくれるんだよね?」


 神崎の言葉に浮かれそうになった僕は、動揺をさとられないように早瀬に目を向けた。


「ええ!? でも幽霊が出るんでしょ?」

「その点は問題ないよ。亡霊系の魔物は、光属性なら倒すことができる。だから、早瀬がおとりになって神崎の詠唱時間を稼いでくれたら大丈夫だ」

「全然問題解決になってないんだけど!」


 むくれる早瀬に、神崎と鈴木さんが同時に笑い声をもらしたところで、今後の話は決まっていった。

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