エフェメラルとオリビア
グシオンでアキトと別れてからエフェメラルは妖精教会でお世話になっていた。あれから丁度一月ほどの時間が流れた。別れる前にアキトに言われていた旅について来るのであれば、預けられた先で身を護れるように勉強をするという事を忠実に守っていた。
早朝から身の回りの支度を全て終えてオリビアの元で妖精教会の手伝いをする。妖精教会に預けられた時にアキトが支払った大銀貨は消費されることなく、エフェメラルが仕事をこなすことで生活費を稼ぎながら妖精教会にお金を入れる状態になっていた。
「おはよう、君は本当に手がかからない子だね。もう少し甘えてくれてもいいんだよ?」
オリビアが教会の自室から出てきてエフェメラルに挨拶する。すぐにオリビアに対して挨拶を返す。
「いいえ、オリビアさんは様々なことで私の面倒を見てくださっています」
「かたいな、もっと友達に話すように振舞ってほしいよ」
優しい手つきでオリビアがエフェメラルの頭を撫でている。エフェメラルはオリビアを全面的に信頼していた。最初はアキトが信じて預けた人だからと考えていたが、何度も話をしてその信頼は絶対の物になっていた。そして自分がアキトの旅についていくためにはどうすればいいか的確なアドバイスをくれる。
「昨日は近隣の野生動物の狩猟、一週間前は作物被害があった村の魔物討伐の仕事と見事なものだよ妖精魔法もしっかりと制御して、生活に活用出来ている。短期間の旅でも特に問題点は見当たらなかった」
(オリビアさんのおかげで私は一月前より成長していることを実感している。神様の旅についていくためにもっと努力をしなければ・・・)
「もう大丈夫なんじゃないかな?アキトが来たらついていけば?」
「へ?」
オリビアからそんなに早くその言葉が出るとは思っていなかったエフェメラルは驚きを隠せなかった。
「実を言うとね、エフェメラルにやらせていた事って私がアキトについていくのに必要だと思って自分がやっていたことの後追いなんだ。実際に完璧にこなすことなんて出来なかったし、もっと時間をかけていたけど。アキト本人からついてきていいなんて許可は基本的に出ないんだよ。勝手についていくしかない、私も追いかけてたからね。」
「神様の優しさに付け込む事にならないでしょうか?」
「うん、僕に期待するなとか色々言われたと思うけどね。何だかんだ助けてもらうことになると思うよ。というかそうじゃないとついていけない、足を引っ張るのが嫌なら最初から同行してはいけないんだ。自分の身を守れるのは大切だけどね、アキトは本来一人で完成しているんだ。他の誰かと一緒にいるっていうのは彼にとっては紛れ以外の何物でもなくて、いるだけで迷いや影響を受けてしまう。元々傍に人を置きたがらないんだよ」
「・・・では私はどうすれば」
オリビアの話を聞いてエフェメラルは茫然とする。
「重要なのは結局そこで、自分がどうしたいかだけなんだよ。嫌われても一緒にいたいなら勝手についていくしかない。アキトも自分がどうしたいかしか考えてなくて、相手が同じ行動原理で動くと意を汲んでくれるんだ。アキトは子供みたいな精神構造をしてるけど何千年も生きていてあれだからね、彼の言葉で言うとやばい奴だね。」
オリビアの言葉を聞く限り、あの日ここで別れたときに我儘を言って無理矢理ついていけばアキトは自分を受け入れてくれていたと言われているに等しい。ただ足手まといになれば嫌われるということであればオリビアから様々なことを教わったのは間違いではない。
エフェメラルは自らの神であるアキトに嫌われることは避けたかった。ただ、今はついていきたいという気持ちがより強くなっていた。それは教わったことで自分に自信がついたからかもしれない。
オリビアから預かっている腰のレイピアに手を触れる。
(教わった事を基礎にして努力を続けよう、たった一か月のことで永遠を生きている神様に追いつけるはずがなかった。でも決して無駄なことではない、ついていってもいいとオリビアさんからも言われる程度にはなったのだから)
「アキトはね酷いんだよ、面倒みなくても大丈夫なくらい自立してるとね機会を見計らって早朝とかに宿から姿をくらますんだ。大丈夫な相手には心に負荷がないからね、そうやって置き去りにしてくる・・・だから私はここで待つことにしたんだよ。追いかけると逃げるから、待つんだけど・・・不思議なことにね彼から来るようになるんだ」
そんなことを言いながらオリビアはエフェメラルの分のお茶を入れてテーブルに置いて椅子に座る。アキトの事をもっと詳しく知りたいエフェメラルは今日の予定の時間までオリビアの話を聞くことにした。向かいの椅子に座りお茶をゆっくり飲む。
「だから、今くらいが君は丁度いいと思うよ。計算高い女じゃないけどね・・・ああそうだ後、神様って呼ぶのはやめてと本人に言われていると思うけど本人の前では絶対にやめたほうが良いよ、多分真顔になって一人の時にゴリラの物真似とかするようになると思うからね」
オリビアの話を予定時間ギリギリまで聞いていたエフェメラルは酒場に向かっていた。酒場に近隣の森で採取した山菜を今日届けることになっていたのだ。
「おお、エフェメラルちゃん助かるよ」
酒場の女主人が依頼報酬をエフェメラルに渡す。こういった日雇いのような仕事依頼は街の掲示板や酒場に張り出されていて、そこから自分に出来そうなものを受けて妖精教会への生活費と旅についていくための貯金としていた。この仕事を始めたときは依頼の内容を全部覚えて一度オリビアに確認してもらい選んでもらっていた。
今は、自分に出来る物や身になるものが判断できるようになり。迷うものがあったら受けずにオリビアに相談していた。掲示板を眺めながら、張り出された紙を頭の中で整理していく。いくつか受けようと思っていたところ最後の一枚を目にして考えを改めた。
(山賊退治・・・規模も何も情報が無さすぎる・・・これは駄目、グシオンの衛兵で対応出来ないところまで来ているのかな・・山や街道に近づかないほうが良いけどこれでは他の仕事も出来ない。どうしよう、街の中の雑用をするのならオリビアさんに他系統の妖精魔法を詳しく教わったほうが・・・)
少し考えていたところ横から手が伸びてきて、山賊退治の依頼の張り紙をはがした。手の先を目で追うと金髪碧眼に美形の男性がいた。黒いインナーの上から白銀の鎧を着ており紋章入りの青いマントに腰の左右にそれぞれ長剣を帯びている。
「おや?君は随分強い物に護られているね?妖精か何かの加護かな?」
(・・・この人、魔力量がとても多い・・・それに腰の剣・・・似てる)
エフェメラルの訝しむような目線を受けて、騎士風の装いの男は調子を整え再度言葉を発した。
「失礼、私は賢王教会の神殿騎士ジークハルトです。妖精教会の方ですか?」
「はい、妖精教会に保護されているエフェメラルといいます」
「そうでしたか、実は妖精教会のオリビアさんという方が以前に魔力を持たない人というのを探していたと聞きこちらには何度かお邪魔させていただいているのですが、そのような事実はないと言われ何かご存じですか?」
(・・・?)
「いえ何も知りません、何かあったのですか?」
エフェメラルはオリビアが嘘をついたのであろうという違和感を感じ、ジークハルトと名乗るこの男性に少し警戒を強めた。
「私も魔力を持たない人を探しているのです。知っていることがあれば情報提供を願おうと思ったのです。ですが、どうやら根拠のない噂だったようですね。その話が出たのも遠い昔のようですし」
「折角ここまで足を運んだので、街の困りごとを解決しようと思い。こちらの依頼を受けようと考えたのですがもしかしてエフェメラルさんが受けようとしていましたか?」
「私では手に負えないと考えていたので、ジークさんが解決していただけるなら助かります」
ジークがニッコリと笑いかけ、山賊退治の依頼を持って去っていった。張り紙の依頼主の元へ向かったのだろう。
エフェメラルは掲示板の依頼を受けるのをやめてオリビアの元へ戻った。妖精教会でくつろいでいるオリビアにジークの話をする。
「何百年も前の話でいまだに神殿騎士がここに来ることがあってね、賢王教っていうのはちょっと厄介だね。私も迂闊だったよ、アキトの役に立とうと思ったけど考えなしだった。アキトに聞いてもわからないと言われたけど賢王教っていうのは多分、アキトの目的の邪魔になる教会だと思う。だからしらばっくれるようにしているのさ」
オリビアが過去にアキトの目的について信頼できる人づてに協力を得ようとした時に漏れた情報からしつこく話を聞こうとしてきているのだとエフェメラルに説明する。しかししつこいと言っても何十年に1回とかそういうペースなため、もはや忘れられているレベルのようだった。
「しかし神殿騎士か、十二人しかいない賢王教の最高戦力だね。山賊退治に来たなら放っておけばいいさ」
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