怒りと虚無
「止まれ!止まれ止まれ!なんだお前は」
全力で走っていた僕を南門の兵が止める、止めたのはニタニタ顔をしていた門番だった。
「お前、昨日の奴か」
僕の顔を見て門番は思い出したようだった。
僕は麻袋を取り除いて布でくるんでいるエルザの遺体をニタニタ顔の門番に見せた。
「昨日連れ去られた者たちに殺されました。僕ではわからないので遺体は街の手続きに従って処理してください。彼女の教会はわかりませんが、娘がいます。」
「は?えっ?あ・・・」
混乱したようにニタニタ顔の門番が声を上げる。門番が静かにエルザの遺体を受け取る。
「・・・俺はこんな事になるなんて思ってなかった。望んでもいない」
僕はそんな言葉を聞く間もなく走り出し闘技場へ向かう。後ろから大きな声で門番が叫んだ。
「必ず後でここに寄れ!」
道行く人々をかき分け僕はとにかく走った。疲弊していたゼクスと今の僕の速度なら間に合うはずだ。そう願うように円形闘技場に向かって走り辿り着いた。
受付を通る余裕もない、外壁に向かって大きく飛び、足場になりそうな場所を見つけながら、外壁を乗り越えた。観客席に降り立つ。
「おぉ!?兄ちゃんどっから現れた」
降りてすぐの場所の観客が何かを言っているが無視して闘技場の中央を見る。
どうやらヴィルツを破った男が何やら勝利の演説をしているところのようだ。パフォーマンスで倒れているヴィルツの頭を踏もうとしたところに鎖が伸びてきて、男の体を強く押した。闘技場にどよめきの声が聞こえる。
僕はその瞬間にはエルを鞘から抜き放ち、エルに向かって言葉を発していた。守るために使う、全力を出せとエルはそれを聞き入れ闘技場一帯を覆うほどの濃霧を出現させていた。
「アキト、魔力瓶をすぐに交換して全然足りない」
エルから言われ、僕は魔力瓶を交換する。
「安定させるために2分に一回くらいのペースで交換して」
濃霧は1m先がギリギリ見えるかといったほどの濃さで完全に観客達の視界を奪っていた。
「会場の皆さん!落ち着いて下さい、慌てず動かずゆっくり避難してください。」
闘技場内に拡声器のような魔法で声が聞こえる、どうやら風魔法に乗って音が聞こえているようだ。エルが出した濃霧を払おうと会場の関係者や様々な人が風魔法で濃霧を流そうとするが、魔力瓶を大量に消費しながら濃霧を全力で維持するエルの力には追い付いていないようだった。
ゼクスの用事が済むまでに僕はこの闘技の支配人を殺しに行くことにした。闘技場で一番眺めがよく観客席とは違い、部屋として区切られている場所へ向かってゆっくり歩きだした。
「守るために使うって言ったのに、ついでに殺しに行くんだ?」
「・・・そうだね、ついでだね。でも今回の首謀者が生きているのが嫌なんだ。無関係ってことはないだろう?計画に関わってるのも一人じゃないだろうし責任を取らせるってのもちょっと違うかな、・・・・単純にむかつくんだよ」
僕は頭の中で考えていたことを言葉にしていた。エルは静かに僕の言葉を聞いていた。
そしてしばらくして喋り出した。
「アキトはさ、ゼクスに影響されてるね。多分だけど長く一緒にいないほうがいいよ、それを決めるのはアキト自身だから余計なお世話だと思うけど。アキトは殺そうと思えば時間をかければ必ず殺せるから、普通の人が手が届かないところまで手が届いてしまう。ゼクスが出来ないことも多分出来てしまうから、自分が持つ正しいと思う感情以外で動くと不幸になるよ」
「・・・うん」
全部わかってるんだろうけどと付け加えてエルが黙る。僕は部屋で区切られているVIP席のようなところまで来ていた。部屋にゆっくり音を立てないように入り込む、部屋の中は霧で覆われていなかった。外の様子を見ようと闘技場中央側のガラスを食入るように見ている男がいる。いかにも金持ちといった格好の男は不機嫌を隠すことなく独り言のように怒鳴り声をあげている。
「まだこの邪魔な霧は晴れんのか!!何をやっているんだ愚図どもが!新しい闘技場の偶像にケチがつくだろうが!ええい!どうなっているのだ!!クソ!そもそもヴィルツ・・・・あのおもちゃが儂の手から離れようとしたのが、いけないのだ。散々目をかけてやったのに恩知らずが、死んでせいせいしたわ!!エルザも儂の物にしようと、思っていたのに────」
喋り終える間もなく背後から近寄った僕は男の首をはねていた。使ったのは左手に持った処刑用の剣だった。この剣は首を落とすための剣で剣先が四角くなっており突くことが出来ないデザインになっていた。固定していない相手の首を綺麗に落とせるかは不安だったが、カットラスでやったときよりも綺麗だった。
剣を閉まって、エルの魔法瓶を交換する。ゼクスのほうもおそらくもう終わっているだろう。
────────
鎖で男を弾き飛ばした後、闘技場は濃霧で覆われていた。ゼクスはアキトとエルがこれをやったのだと直感でわかった。だからすぐに闘技場中央に飛び降り、ヴィルツがいた位置まで駆け寄った。
事切れる寸前といったところだった。どうあがいても絶対に助からないゼクスにはそれが分かった。回復魔法をヴィルツに使いながら、様子を見る。全身に細かい防御痕が見て取れる。それは毒が回る中、剣闘相手が盛り上げるためにいたぶっていたのかもしれないが、ヴィルツが時間を稼ぐために抗っていたことを物語っていた。地面に落ちている剣の刃はボロボロになっていた。
「・・・つ、まは・・」
まさかここに来て意識が戻るとは思っていなかったゼクスは言葉に詰まった。死ぬ寸前のヴィルツが掻き消えそうな声でしゃべった。
(・・・嘘をつく必要はねえ・・・。ダセえことをする必要は・・ないんだ)
自分の不甲斐なさと弱さを前にゼクスの目からは涙が自然とこぼれていた。
「・・無事だ」
「・・・そ、うか・・・エリスを・・頼む」
その言葉を最後にヴィルツは完全に動かなくなった。ゼクスの頭の中はぐちゃぐっちゃになっていた。弱い嘘をついた自分とそれを簡単に見破られ、心臓がバキッと音を立てて締め付けられているような感覚を味わっていた。ふらふらとなんとか立ち上がる。そこにうっすらと刃の光が反射して射す。
「おい、手前か?俺様の華々しい勝利演説の邪魔をしたのはよ?」
濃霧の中から男の声が聞こえてくる。
「無敗の剣闘士って期待してたけどよ、雑魚だったから盛り上げてやってたのに、この濃霧で台無しだ。その上手前だろ?鎖で俺の邪魔してくれたのは」
濃霧の中から男がゼクスに向かって切りかかって来た。ゆっくりとゼクスの体が動き左手の手甲で剣を流し、そのまま左手が男の顔面を捉える。気が抜けているようなゼクスの拳には普段の力が入っていなかった。
男はふらついたがゆっくりと態勢を立て直し、叫びながら再度ゼクスに攻撃をしかける。それをまた手甲で流し、殴りつける。
何度か繰り返した頃、ゼクスは小さく呟いていた。
「弱い・・・」
「あぁ!!?もういっぺんいってみろ!ふざけやがって!!」
剣による連撃を手甲で捌ききってゼクスは男に回し蹴りを入れた。
「せめて・・・お前がヴィルツに正々堂々戦って勝つくらいの強者なら、誇りくらいは守れた・・・。だが・・・だが手前は駄目だ。弱い・・・弱いんだ」
発狂したように男がゼクスに再度飛び掛かる。それを簡単に避けて力がこもったパンチが男の顎を砕き、気絶させた。
そこにアキトが来て、男の首を裂いていた。ゼクスは何も言わずにアキトに背を向けていた。
「ゼクス、もう行こう。ここにはもう何もないよ」
君の怒りも、あると思っていた誇りも何もないとアキトが言葉にした。
「何かがあったと、思いたかったんだ」
ゼクスとアキトは闘技場から離れ、その後しばらくして濃霧は消えた。しかし、その混乱は収まることがなかった。
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