残された者と準備
闘技場を出てからアキト達はエリスを探しに行った。
ヴィルツは剣闘試合の前にエリスを縁のある教会に預けていた。教会まで近づくとエリザの遺体が敷地に運び込まれ、葬儀の準備がされていた。
ゼクスも僕も入り難い空気を感じ足も重かった。僕より先にゼクスは一歩踏み出した。そこでエリスがこちらに気付き歩いてきた。
ゼクスの傍まで歩きその場に止まった。目にはたくさん泣き腫らした後がある
「・・・すまない」
アキトは何も言葉が出ず、最初に言葉を口にしたのはゼクスだった。声には怯えるような声色も含まれていた。
「お兄ちゃんありがとう、パパとママのために頑張ってくれたんだよね」
エリスはしがみつくようにゼクスに抱き着いた。
「俺は・・・」
耳を澄ますとエリスの嗚咽が聞こえてくる。
「・・・エリスが望むのなら俺はいつか必ず向かいに来る」
「うん」
二人が泣いているのを見てアキトは何も言えず黙っていた。ただその姿を見つめていた。
教会はエリスをしっかり預かってくれるようだった。費用もヴィルツの家の財産で賄われており、十分足りる。葬儀なども全部教会で済まされ、僕達に出来ることは何もなかった。
アキトとゼクスはそれぞれ宿に戻り眠ることにした。宿に戻るとアキトは丁寧に装備の汚れを落とし、汚れない身体も丁寧に洗った。
(心が重たい・・・)
濃い疲労感と虚脱感、身体は深くベッドに沈み込む。いつの間にか深い眠りについた。
起きると丸一日たっているようだった。既に日が昇り切り、昼を迎えていることがわかった。少しの空腹感から重い体を動かし、立ち上がる。
「そのまま動かなくなるんじゃないかと思った」
エルがそんなことを言って来た。
「まさかこんなに眠るとは思わなかったよ」
そう言いながら装備を確認する、外套だけ羽織り水桶を貰ってから再度部屋に戻って体を洗う。水桶を受け取った時に昼食が必要か聞かれ必要と答えた。丸一日食事をすっぽかしたのだから当然と言えば当然だった。代金はあらかじめ数日分払っており、特に文句を言われたわけではなかった。
身支度を済ませて宿で食事を取り、宿から出る。向かう先は南門の門番のところだった。
(何の用事だろうか・・・)
アキトは律儀に門番が言っていた。必ずここを寄れという言葉に従って会いに行っていた。
(街に入る手続きを省略しすぎたとかそういうことだろうか)
南門につくとあの時の門番が僕を見て詰め所に連れて行った。どうやら非番だったようだが、僕を待っていたようだ。もう顔はニタニタしていない。
「・・・約束通り来たんだな、こいつを返そうと思ってな」
そういって門番は小銀貨などを僕の前に置いた。それが何かよく意味もわからず、返すとは?と疑問のまま声を出していた。
「お前がエルザさんの情報を俺から聞いた時に渡したもんだよ」
「いらないですけど?」
まあそうだろうなと門番は口にする。
どうやらこの門番はあの時自分が門番としての仕事を果たしていれば、もっと違う結末があった事を反省しているようだった。
(この人は思慮が浅いけど、悪人ではないんだ。常に気を張って見張るのが門番の仕事とはいえ、きっちり仕事をこなすというのは難しい。人は皆、弱いから適当でずるく流されるそれは僕にも言える。常に最善を尽くすという事を人に求めるのは違う、僕は説教出来る立場じゃない)
「この金は本来であれば必要のなかった金だ。受取るのも間違っている、だから俺はあらためることにする」
門番はあの後エルザさんの遺体の手続きやその他の仕事を全て丁寧に行った。それは当たり前ではある。だが、素直に自分の間違いを認めたのだ。
「わかりました。お金は娘のエリスさんを預かっている教会に寄付しておいてください。話はこれで終わりです。僕が貴方の事をどう思っているかなど関係ないと思いますが、貴方は思ったよりフェアな人だった。では、さようなら」
別れを言って、ひとまずやることがなくなったアキトは鍛冶屋と隣接している武器屋に入っていった。武器だけでなく防具なども取り扱われている。今回の戦いで丁寧に武器を回収する時間もなく、また街の人から情報を集めるために路銀を結構消費した。手元にある武器はまだ、十分な数があるが出来る事なら補充を考えたかったからだ。
(予備の短槍を増やそう、後はカットラスの代わりになる曲刀の類だ。エルの言うように叩いたり突いたりするだけでは駄目な場面が今後もあるかもしれない、首をはねるのは存外有効だ。剣技はともかく手元には持っておきたい。)
慎重に武器の確認をして短槍を二本とシャムシールを小銀貨二枚で纏めて購入した。シャムシールはカットラスと比べると細いし、用途としてはカットラスとは異なる。技量が高くなければ首を切断するようなパワーは望めないと思われた。しかし、曲刀で探していたところ良さそうなものが他に見つからなかったのだった。
用事を済ませて、ハーゼの診療所に向かった。今回大量に消費したエル用の魔法薬の補充と納品していた薬草の代金を受け取るためである。
診療所に向かう途中でゼクスにあった。手を上げて軽い挨拶をするとゼクスが僕の隣にきた。
「診療所に向かうんだろ?場所がいまいちわかってないから連れて行ってくれ」
どうやらゼクスはエリスの薬を代わりに受取りに診療所に用事があるらしい。エリスは僕達が会った時には強く振舞っていたが、やはり重く沈んでいるようで気軽に外を歩ける様子でもないようだ。両親をいっぺんに失ってからまだ二日だ。そっとしておく以外に僕には対処方法が思いつかない。
二人で診療所に向かうと以前見たときにかかっていたクローズの札は外れており、ハーゼが帰ってきている事を示していた。中に入ると患者の数は以前見たときより多く、帰ってきた初日はそれはとてつもない人数だったと聞く。
立ったまま静かに順番を待つ。僕達は診察というわけではないのでまとめて入ることになった。
「ああ、アキト君よく来てくれたね」
僕の顔をみてハーゼが歓迎を示してくれる、すぐにゼクスにも気づき挨拶を交わした。ゼクスはエリスの代わりに来たことを伝えて、病気の状態や薬について話をすることになった。ゼクスとの話が終わると何も言わずに薬草の代金を持ってきてくれた。
「沢山の種類の薬草をありがとう、おかげで研究が続けられる」
僕は渡した薬草を思い出しながら用途が意外だったので聞き直した。
「研究用なんですね」
「そうだとも、より多くの事を知るにはより研究が必要なのさ」
そういいながらハーゼはしゃべりだす。僕はエルの空になった魔力薬瓶を全部机の上に置いてハーゼに魔力薬の補充を依頼する。棚に向かい魔力薬を持ってきて注ぎながら話を始める。
以前にもそうだったが、研究の事に熱心でしゃべりだすと止まらないようだった。しばらく研究のために診療所を再び閉じるらしく、患者達にもそう伝えているようだ。患者達からは当然不満がでたが、現状薬師でも対応できる状況まで殆どの患者が回復していることを丁寧に伝え、元々の人気から不満は抑え込まれたようだった。
「──それでね、瀉血という物を推す者達がいてね、とんでもないことだよと私は伝えたんだ。彼らの主張は体内にたまった不要物や有害物を血を抜くことで外に排出し、健康になるって話でねもう何年か前の話なんだけどね王国の奴らは何もわかっていない、何かがあったらとりあえず瀉血といった感じで未だに盛んに血を抜いてるらしい。私は特別な病気に限って有効だとは思うがね、王国の連中は万能療法のようにうたってる」
僕もゼクスもハーゼの話を聞き入っていたが、次の患者が待っているんじゃないかと思い、話を打ち切ることにした。最後にゼクスはエリスの病気が継続的に薬を使っていたならもう治る頃だとハーゼに言われて安心していた。一応飲み切りでエリス用の薬は出すが、心配はなくエリスにはタイミングをみて診療所に顔を見せに来てくれと言われた。
僕達は礼を言って診療所を後にした。
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