前編
俺が好きになる女の子は、いつだって他の誰かのものだ。
たとえば、幼馴染で、ずっとずっとお互いに好きあってきた奴ら。
たとえば、叶わないと分かっているくせに、一途に教師を思っている彼女。
たとえば、遠距離恋愛の辛さに顔を歪め、そのくせ想うことはやめないあの子。
だから、俺の恋は実ったためしがない。それこそ、幼稚園のころから、一度も。
「樹ーっ!」
弁当を食べ終えて、廊下を歩いていた樹は、後ろからかけられた声に振り返った。
「奈津」
「ちょうど良かった! ちょっと用事があって……どこか行くとこだった?」
「いや、別に。図書室に行こうかとは思ってたけど」
「じゃあ歩きながらでいいや、行こ」
別にいいのに、と内心苦笑。しかしいつものことなので気にしない。
「で、なんだよ? ……まあどうせ、今日のも悠人絡みなんだろうけど」
悠人は奈津の彼氏だ。付き合う前も、そのあとも、しょっちゅう彼に関する相談を受けている。最後は必ずのろけ話になるので、よほどの様子でなければ奈津の友達の方に投げている。
笑いながら、樹がそう茶化すと、奈津の頬が赤く色づいた。むっとこちらをにらむ瞳もきらきらと輝いて、一瞬で別人みたいに可愛くなる。
「――っ、毎日毎日みたいな言い方して! 相談するのはたまに、だよ!」
そういってばしばしと樹の腕をたたく手のひらも、心なしか、熱い。
ああもうなんて、こんなに綺麗で可愛いのだろう。樹はそんなことをしみじみと思い、おなじみとなった胸の痛みから目をそらす。同時に、自分の後ろ暗い感情からも。
とんでもなく不毛な片想いだ。なぜならこの恋は――叶うはずがないし、叶っちゃいけない。
「まったく、口を開けば茶化してくるんだから」
「はーいはい。バカップルつついたってノロケしか出てこないし、そんな不毛なコト、こっちだってお断りです―」
「えらっそうにー」
「そんなことを言ってる間に図書室なわけだけど、用って?」
「…………なんだっけ?」
「アホだ……! アホがここにいる……!」
「うるさーいっ!」
ぐいっとほっぺたをつままれそうになり慌てて回避する樹。
「ちっ。……しょーがないから、思い出したら、また来るね」
言うなりくるっと背を向けて、駆け出す道は来たとおり。
「――好きだ」
奈津の背中が見えなくなったころにやっと、蚊の鳴く声より小さな音で、伝えちゃいけない言葉を告げる。
報われない片想いには、こんな告白がお似合いだ。