第六章‐2
そのとき、突然、ポーンと場違いなほど軽い音を立てて、エレベーターの扉が開いた。中には、二十人ほどの陸軍隊員が乗っている。
「第五小隊、突入なさい! 五人一組で一体を拘束して、近接攻撃か近接狙撃で眉間の紅い石を破壊するのですわ!」
アマーリア=ウィルナー=クァトロロッソ=ロスロレンツィ少尉が、右手に握った指揮杖を前方に振り下ろして命じた。彼女が指揮する第一首星防衛師団第一連隊第一大隊第五小隊の隊員たちは、命令通り五人一組になって散開する。そして、四組の分隊がそれぞれ魔人兵たちに攻撃を仕掛け始めた。それによって、攻撃目標を彼らに変更する魔人兵が出てきた為に、アッシュとエリカに向かう光弾の弾幕が、少し薄くなる。多少、戦闘機動に余裕が出来た二人は、エレベーターのほうへ視線を向けた。
「アマーリア!?」
意外な援軍に、エリカが驚きの声を上げる。アマーリアは、コツコツコツとヒールが床を叩く音を立ててエレベーターから歩み出ると、腕を大きな胸の下で組み、指揮杖の先端を形のいい顎に当てるお得意のポーズを取って、にんまりと意地の悪い、しかし、どこか優雅な笑みを浮かべた。
「まぁ、首席サマ。なんてお姿ですの? 優雅ではなくてよ」
その言葉にエリカは思わず、汗で額や頬に貼り付いた、乱れた黄金色の髪を手櫛で整えてしまう。
「おサルさんも、きちんとご主人様を守っていたようですわね。偉いですわ。褒めて差し上げましょう」
アマーリアは、今度はアッシュに向き直るとそんなことを言った。昨日の食堂のときのように無視されないだけ、扱いがよくなったと言えるのかもしれない。
「……今頃来ておいて、偉そうな口叩くんじゃねぇや」
アッシュは毒付く。しかし、この援軍は助かったのも事実だ。
「アマーリア、爆発物の解体のほうは!?」
尋ねるエリカに、アマーリアはお得意のポーズを崩さずに答える。
「私の小隊以外の全ての隊が、セントラルピラー外部の魔人兵と戦っていますわ。それと平行して、隙を見て、爆発物処理班を爆発物の仕掛けられている箇所に送り届けているはずでしてよ。展望台周辺の魔人兵がいなくなってくれたおかげで、セントラルピラーの外の守りは薄くなっていますから、今頃は爆発物処理班が爆発物の解体に取り掛かることが出来ている頃だと思いますわ」
「そうですか。こちらは起爆を止める方法を聞き出すことが出来なかったので、頼りは、その爆発物処理班だけですね」
「貴女、その起爆を止める方法を聞き出す為に、たった二人でここのテロリストたちを制圧したんですの!? 相変わらず、無茶をしますわね」
呆れたような表情を作るアマーリアに、エリカは苦笑を返した。のんびり会話をしているように聞こえるが、エリカはその間にも戦闘機動を続けて、魔人兵の撃ち出す光弾をかわし続けている。一方のアマーリアは、魔人兵たちに攻撃を仕掛けていない為か、今のところ、その攻撃対象からは外されているようだ。腕を大きな胸の下で組み、指揮杖の先端を形のいい顎に当てるお得意のポーズを取ったままでエレベーターの前に立ち、部下たちの戦いぶりを見つめている。
エリカとアマーリアが会話をしている間にも、アマーリアの部下の四組の分隊は、それぞれ標的に定めた魔人兵を目掛けて、分隊の全員で拘束魔法を起動し、その動きを封じようとしていた。だが、一筋縄ではいかないようだ。まず、アッシュほど拘束魔法に習熟している人物など普通はいない。世間的には、拘束魔法はあまり使い勝手のよくない魔法系統だと認識されていて、所持していてもほとんど使用したことがないという者も多く、使用している者たちもあくまで補助としてしか、それを使ってはいないのだ。それ故、アッシュのように一人で拘束魔法を五重掛けする、などという真似が出来るような人物はこの場にはいなかった。その為、分隊の構成員五人で同時に一体の魔人兵に拘束魔法を仕掛けてその動きを封じようとしているのだが、分隊員五人の拘束魔法のタイミングが少しでもずれていると、魔人兵は順に一つ一つ拘束を引き千切ってしまうのだ。それによっても多少は動きを止めることが出来るが、『魔人血晶』を破壊出来るほどの隙にはならない。魔人兵の大量の光弾の弾幕を避ける為に戦闘機動を行いながら拘束魔法のタイミングを合わせるのは、なかなか容易ではないようだった。その戦闘の様子を横目で見ながら、アッシュは、この隙にエリカと合流するべく、魔人兵の集団を避けて飛行しようとする。
(ともあれ、彼らには悪いが、これで多少は攻撃目標が分散されるはず……!)
しかし、その目の前に、一体の魔人兵が高速移動してきた。放出される膨大な魔力で唸りすら発している巨大な光剣が、アッシュ目掛けて振り下ろされる。
「っ! 『銀の――」
高速移動で逃れようとするアッシュだったが、彼がコマンドを唱え終わるよりも早く、その魔人兵は眉間の紅い石を撃ち抜かれて頭を仰け反らせた。遅れて、ドンッという重い号砲が耳に届く。
「狙撃!?」
思わずアッシュは、割れたガラスの外を見た。
(颯爽登場ぅ!)
アリーセ=フィアリス軍曹の念話が、頭の中に響く。姿は見当たらない。かなり遠くから狙撃しているのだろう。
(登場していません)
間髪入れずに、サーニャ=ストラビニスカヤ伍長の突っ込みも聞こえてきた。アッシュは、そのやりとりに苦笑する。
「アリーセ、サーニャ、助かった。下のほうは片付いたのか?」
(残存の魔人兵七体と首星防衛隊が未だ戦闘中です。爆発物の解体作業のほうは先ほど開始されました)
(あたしたちは、展望台に魔人兵が飛び込んでいくのに気付いたから、先にエリカとアッシュを助けに来たのぉ)
下の戦闘の様子を尋ねるアッシュに、サーニャとアリーセが口々に答えた。アッシュがそれに応じて礼を言う。
「そうか。サンキュな。じゃあ、続けて頼むぜ」
(いえす、さぁー!)
(了解)
二人から頼もしい返事が届いた。
アリーセとサーニャは、セントラルピラーから一キロほど離れたところで、展望台と同じ高度に浮かんでいる。足場のない飛行状態でこれだけ正確な狙撃が行うことが出来る辺り、この二人の連携は流石だと言えるだろう。
「次の標的を選定します」
「あいあい」
アリーセは長大な銃身を持つアンチマテリアルライフル型の魔装銃の銃床を肩に当てて構えたまま、照準用ディスプレイを注視している。足場のない空中で出来るだけ身体を固定する為に、サーニャがアリーセの身体を後ろから抱きかかえるようにして浮かんでいた。観測魔法の為の一対の青白い魔力のアンテナをこめかみの左右から生やしたサーニャは、テロリストの魔法使いが倒れたおかげで妨害魔法が解除されたセントラルピラー展望台内部を広域探査して、次の標的を選定する作業に入る。アリーセは、サーニャから次の標的のデータが送られてくるのを、その姿勢を維持したままで、じっと待っていた。
一方、アッシュは今度こそ、エリカと合流する。エリカが微笑んで声を掛けてきた。
「アリーセとサーニャが援護に来てくれたようですね」
「ああ。正直、助かる」
エリカの言葉に頷いて、アッシュは気合を入れ直す。
「さぁ、こっちも残りを一気に片付けちまおう!」
「はい!」
アッシュの言葉に、エリカも表情を引き締めて頷いた。二人は、魔人兵に対して、連携攻撃を再開する。
「『藤花の宴』! ……『天使の抱擁』!」
アッシュの右手から伸びる影色の魔力の鞭が魔人兵を縛り上げ、そこにさらに影色の光輪が投げ付けられてその魔人兵を拘束した。
「『茨の冠』、五重!!」
そして、本命の五重掛けの拘束魔法が魔人兵をがんじがらめに拘束する。
「『ライトニング・スラスト』!」
すかさずエリカの渾身の魔力を込めた光剣による突きが炸裂し、その眉間の紅い石を粉々に砕いた。それと前後して、アマーリアの部下の四組の分隊が、ようやくそれぞれ相手にしていた魔人兵を倒している。これで、残りは八体。
「エリカ! 続けていくぜ!」
アッシュが、祈りの仕草を行うエリカに、負傷した左腕を押さえながら言う。その辛そうな様子を見て、エリカはなにか言いたげだったが、結局はなにも言わなかった。男の子には格好を付けなければならないときがあるのだろう、と思ったのだ。
「はい! やって下さい!」
「OK! 『藤花の宴』! ……『天使の抱擁』!」
アッシュの続けざまの拘束魔法が魔人兵を拘束した。しかし、そこへ別の魔人兵の巨大な光剣が迫る。高速移動魔法を起動している余裕はなかった。アッシュは回避運動を取りながら、本命の五重掛けの拘束魔法を起動する。
「『茨の冠』、五重!!」
光剣を避けられるかどうかは、ほとんど賭けだった。だが、アッシュがコマンドを唱えるのと同時に、光剣を手にして迫ってきていた魔人兵は眉間の紅い石を撃ち抜かれて倒れ伏す。遅れて、ドンッという重い号砲が轟いた。
「アリーセ、サーニャ、サンキュ! 帰ったら、またケーキ買ってやる!」
(ほんとぉ? わぁい!)
(約束です)
「『ライトニング・スラスト』!」
アッシュが二人とやりとりしている間に、エリカの突きがアッシュの拘束した魔人兵の『魔人血晶』を貫いている。これで、残りは六体。アマーリアの部下の四組の分隊も交戦中だ。大勢は決したと言っていいだろう。
だがそのとき、ズズンッという地響きと共に、展望台全体が大きく揺れた。地震、のわけはない。
「時限爆弾か!?」
「解体が間に合わなかったのですか!?」
アッシュとエリカが口々に声を上げた。ゆっくりと展望台が傾き始める。




