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ポメラから流し込んでそのまま投稿してしまい、読みづらい文章になってしまいました。
修正いたしましたので、再び読んでくださると嬉しいです。
渇き。かつてないほどの。体の内側から干からびていく感覚。
「まずいな。家にたどり着いたところでアレのストック切らしてるし……」
夕暮れ時。人通りのない路地裏。透けるような白い肌に癖のない黒髪。海外にルーツがあるのだろうとわかる彫りの深い端正な顔をした男、尾白雪加は行き倒れ寸前であった。
この世界には所謂「人外」と呼ばれるものたちが人権を得て、人間とともに生活している。尾白もその一人。吸血鬼である。だが、吸血鬼と言っても基本的に人間から直接吸血することは少ない。普段食事として摂取する血液のほとんどは牛や豚、鶏などの家畜のものか、人工血液である。偏食な者たちの中には、パートナーである人間から定期的に吸血するタイプもいる。ここ最近は、倫理的な観点から、不特定多数の人間からの吸血は慎むべきであるという風潮がある。
恋人もいなければ「渇かなければ何でもよい」というものぐさな独身男性である尾白は人工血液を定期購入しているのだが。ここ数日の大型台風の影響で今月分がまだ届いていない。コンビニもスーパーマーケットも品不足ときた。正真正銘の死活問題である。
――あ、やばい。
ぼやけていた視界が一気に狭くなり、プツンと真っ暗になった。
「……か。……ですか」
誰かの声がする。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
重いまぶたを薄ら開くと、女性がのぞき込んでいるのが見えた。
「あ、起きた。大丈夫ですか? 話せますか?」
「血……」
「ち? あ、血ですか。吸血鬼の方ですね」 無意識に出た言葉。女性は納得といった顔で尾白から離れた。
――そりゃそうだ。
いくら人間と同等の権利を認められたからといって、差別がない訳ではない。確かに大多数の人間が人外の存在を受け入れる世の中になってきた。人間と人外の結婚も当たり前である。だが、当然否定的な者も居るわけで。人外と人間の居住区域を分けろだの、権利を剥奪しろだのという運動は、今もなお行われているのもまた現実。
それでなくとも、人気のない場所で血に飢えた吸血鬼というのは恐怖でしかないだろう。
――どうしたものか。
尾白がぼんやり思考していると、何やら甘い香りが漂ってくる。いつもの人工血液とは比べものにならないほど、食欲を刺激する香り。血の匂い。
その香りに気づいて間もなく、尾白の口の中に流れ込んでくる。待ち望んでいたもの。いや、それより遙かに美味な血の味。
流れ込んでくるままに飲み続けていると、意識がはっきりしてきた。そうして焦る。この血の出所は一体。
「あ、体起こせそうですか? よかったぁ」
のほほんとしたこの声には聞き覚えがある。先ほど声をかけてきた女性のもの。てっきり逃げられたと思っていたのだが。
「大変申し訳ない。その、血は一体どうやって……まさか私が? 無意識のうちに大変なことを……!」
尾白が文字通り顔面蒼白で頭を下げるも、帰ってきた言葉はやはり、この場にそぐわないのんびりしたものであった。
「いえいえ~。何もされてませんよ。血はそこにあった石でスパッと。私が自分で」
「……は?」
驚きのあまり顔を上げ女性を凝視してみれば、声の印象そのままに柔らかく微笑んでいて。手首からは血が流れ、すぐそばに血の付いた石が転がっている。
「いやいやいや。ないだろ普通。しないだろここまで」
「お困りの様でしたので」
女性は変わらずへらりと笑っている。
「手、少々お借りします」
尾白はそう断って女性の血まみれの左手を口元に運ぶ。
「どうぞお好きな分だけ」
また吸血が再開されると思っているであろう女性をちらりと見、傷口に唇を寄せちろりと舐める。女性がびくりと動いたのがわかった。
数秒もしないうちに、手首の傷がすーっと消えていき、白く綺麗な腕に戻った。
「凄い。傷が消えました」
自分の手首をまじまじと見つめ、女性は子どものように好奇心に満ちた瞳で尾白を見上げた。
――何だ。ちょっと可愛いな。
「吸血鬼の唾液には麻酔のような効果と傷の治りを促進する効果があるんです。それよりあなた」
「はい?」
「助けてもらった分際で言えたことではないですが、こんな危険なこと……」
「あ!」
「何です」
急に焦りだした女性を尾白は怪訝な目で見つめる。
「あの、私服薬してるんです。睡眠薬と抗精神病薬。それで献血も断られてて……あぁどうしよう……病院! 病院行きましょう!」
先ほどの尾白と同じように顔を青くした女性が、震える指でスマホをタップしている。 尾白はそっとその手を掴んで制止した。
「全く……とんだお人好しですねあなた。私は大丈夫です。それよりあなたの方が心配だ。意識がなかったので私がどれだけ血を飲んだのか、把握できていません。体調に違和感は? 頭痛や吐き気などはありませんか?」
問いかけに女性はこてんと小首をかしげる。先ほどから仕草の端々にあどけなさを感じ、危うさが際立って仕方がない。
「そういえば……」
「やはりどこか悪いんですね?」
「いえ。気持ち悪いとかではなくて。薬飲んだ後みたいにふわふわしてちょっと眠くなってきました……。おかしいな。薬飲まないと眠気来ないのに」
そう言い終わるやいなや、女性はあくびを一つ。
「それを先に言いなさい……!」
今にも寝落ちそうな女性の肩を叩いて起こしながら、尾白の脳には疑問が浮かぶ。
相性が良すぎる相手からの吸血で酔っ払うという話はよくあることだ。だがそれは「吸血鬼側」の話。
吸血された人間が酔ったなんて話は聞いたことがない。
もしやと思って女性の首筋に鼻を近づけ香りを確かめたが、やはり人間である。他の人外というわけでもないようだ。
「寝ないでください……!」
ひとまず寝落ち寸前のこの女性を、安全な場所へ連れて行かなければならない。さすがに部屋まで送り届けるというのは憚られる。
「とりあえず交番かな」
女性を支えながら近くの交番へ向かうことにする。
「どうされました?」
ようやくたどり着いた交番で、駆け寄ってきた警察官に事情を説明する。
「お姉さん、起きてください。お名前言えますか?」
「田島響子です」
「ご自宅に帰れそうですか?」
「おうち? かえれます」
――本当か?
女性はかろうじて目は開いているけれど、明らかに呂律が回っていない。
「これは帰れないだろうねぇ。田島さん、送っていくので住所言えますか?」
――私は今ここにいていいのだろうか。流石に住所を聞いちゃいけないと思うのだが。
「××町三丁目二番地ニュートパレス208号室です」
躊躇う素振りもなくつらつらと住所を口にする女性の危機感のなさに、放っておけない雰囲気を感じる。妙な庇護欲が湧いてしまう。「わかりました。尾白さん、田島さんはこちらでお送りしますので。ありがとうございました」
「いえ。ではよろしくお願いします」
尾白は機嫌が良さそうにニコニコしている女性――田島をちらりと見て交番を後にした。




