第25話:超巨大・人工魔導月(アストラル・ルナ)の打ち上げと、夜空を支配する絶対の眼
「……アリス。この広大な大海原を越えて、クシャーン黄金帝国をはじめとする東の大陸を完全に我が社の経済圏に飲み込んだのは良いのだけれど。……まだ一つ、どうしても見過ごせない『致命的な欠陥』が存在しているわ」
超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』。
クラーケンの一件で無尽蔵の超高級食材と魔力結晶を手に入れ、再び優雅に航海を続けるこの船の最上階、CEO執務室にて。
ルミアは、窓の外に広がる果てしない水平線と、海面に沈みゆく夕日を見つめながら、その完璧な美貌に冷徹な影を落としていた。
「欠陥? 私の作った『A&Lペイ』も『空間転送』の魔法陣も、一ミリの狂いもなく稼働しているわよ? クシャーン帝国の貴族たちなんて、今も狂ったようにガチャを回して、秒速で我が社に資産を献上し続けているじゃない」
私は、執務室のフカフカなソファに寝転がりながら、空間転送で取り寄せたばかりの『帝都限定・濃厚マナ・チョコレートパフェ』を頬張りつつ首を傾げた。
「ええ、物理的なインフラと集金システムは完璧よ。でもね……『距離』が遠すぎるのよ」
ルミアはバサリと振り返り、手元のヒマ端末を操作して、空中に世界地図の巨大なホログラムを投影した。
「いい、アリス。私たちの商会がある帝国や旧王国の周辺なら問題ないわ。でも、海を越えた遥か遠方の国家……例えばこの大陸の裏側に位置する小国群では、私たちの『マナ・ウェーブ(通信)』が地球の丸みや大気中の魔力干渉によって減衰してしまい、取引の確定(決済)に【約三秒のラグ】が生じているの」
「三秒? たった三秒なら、別に日常生活に支障はないんじゃない?」
「素人はこれだから困るわね。いい? 私たちが相手にしているのは、世界中の海千山千の強欲な商人や国家の元首たちよ。この『三秒の情報の遅れ』を利用して、為替の価格差を悪用するアービトラージ(裁定取引)を仕掛けたり、私たちの監視の目を盗んで裏で不正規な魔石の取引を行おうとする羽虫どもが、すでに現れ始めているのよ」
ルミアは、ヒマ端末の画面に表示された不審な取引データを指先のネイルでコツコツと叩いた。
「我が魔導商会A&Lが目指すのは、世界を一つの巨大な市場にし、すべての富を私たちが完全に管理すること。そのためには、地球上のどこにいても『一ミリ秒の遅延もなく』、そして『私たちの監視から絶対に逃れられない』、完璧で絶対的なネットワーク網が必要なの。……たった一ゴールドの損失も、この私が許すはずがないわ」
ルミアの瞳が、強欲と支配欲でギラギラと輝く。
彼女の野望のスケールを理解した私は、パフェのスプーンを置き、ニヤリと不敵に笑って作業着の袖をまくり上げた。
「ルミア社長。地面や海に魔法陣のアンテナを敷き詰めるだけじゃ、地球の丸みや山脈が邪魔をして、どうしても電波の届かない『死角』が出てくるわ」
「ええ、だから物理的な中継塔の建設には限界があるのよ」
「だったら……もっと『高い場所』から、世界中に直接魔力を降らせればいいだけよ」
「高い場所? ……まさか、世界で一番高い山脈の頂上にでも、巨大なアンテナを建てる気かしら?」
「ううん。山よりも、雲よりも遥かに高い場所。……誰も手が届かない、神々の領域よ!!」
私は立ち上がり、白板に向かってガリガリと新たな魔法陣と、一つの巨大な球体の設計図を書き殴り始めた。
「いい、ルミア。私たちが造るのは、ただの中継塔じゃないわ。純度百パーセントのミスリルと、クラーケンから採れた極大魔力結晶(海神の涙)を核にして構成された、巨大な『魔力反射球体』よ! これを私の【超広域・反重力魔法】と【慣性固定陣】を使って、地上から数百キロ上空の外気圏(宇宙空間の手前)に打ち上げるの!」
私が白板に描いたのは、星空に浮かぶ第二の月のような巨大な球体だった。
「名付けて、超高高度・人工魔導月……【A&L アストラル・ルナ】計画よ!!」
「人工の……月、ですって!?」
ルミアが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「そうよ! 軌道上に打ち上げたこの巨大な『人工月』は、太陽の光と大気中のマナを永久機関として吸収し、それ自体が世界中を照らす強大な中継サーバーになるの! アストラル・ルナの光が届く範囲……つまり『夜空が見えるすべての場所』が、私たちのネットワークに直結するわ。地球の自転に合わせて軌道を固定すれば、遅延はゼロ。死角もゼロよ!!」
私の解説を聞いたルミアは、ワナワナと肩を震わせ、ついに両手で顔を覆って絶叫に近い高笑いを上げた。
「あははははは!! 素晴らしい! 素晴らしすぎるわアリス!! 山の裏側も、絶海の孤島も、砂漠のど真ん中も! 私たちが打ち上げた『月』が見下ろしている限り、世界中のどこにいても『A&Lペイ』の決済から逃れられないというわけね!!」
「それだけじゃないわよ、ルミア。この人工月には、私の【超解像・広域透視魔法】を搭載するわ。空の彼方から、地上のアリの動きすらも鮮明に映し出し、他国の軍隊の極秘演習や、隠された金鉱脈の場所、さらには他国の王族の密談の様子まで、すべてをリアルタイムで盗聴・監視できる『神の眼』として機能するのよ!!」
「完全なる情報の独占……! 地上の監視カメラなんて目じゃないわね! これで世界中の権力者たちは、夜空を見上げるたびに我が社の存在に震え上がり、私たちの顔色を伺わなければ息もできなくなるわ! さあ、今すぐその『月』を建造して打ち上げなさい! 夜空の覇権も、我が魔導商会A&Lが頂戴するわよ!!」
地上、海、空、そしてついに星空へ。
私たちの欲望と魔法は、ついに天体の領域にまでその手を伸ばそうとしていた。
「――天に偽りの月を浮かべ、世界を監視するか。相変わらず、私の最愛の発想は、私の独占欲を心地よく刺激して止まないな」
ふいに、執務室の空気が氷点下にまで張り詰め、極上の威圧感と清冽な香水の香りと共に、漆黒の軍服を纏ったユリウス大公が姿を現した。
「ユ、ユリウス様! お疲れ様です! どうですか、私たちの人工月計画!」
ユリウスはスタスタと長い脚で歩み寄り、私の背後から腰を強く引き寄せると、私の首筋に深く、熱い吐息を吹きかけた。
「ああ。地上のすべてを君の魔法で塗り替えた次は、天上の星々までも君の意のままに操るというのか。……素晴らしいな。これで、君が世界中のどこへ行こうと、宇宙の眼が君を完璧に見守り、君に危害を加えようとする不快な羽虫を、空から直接『極太のレーザー(神の裁き)』で焼き払うことができるようになるわけだ」
「ユ、ユリウス様、それだと私の通信衛星がただの大量破壊兵器になっちゃいます……っ! 平和的なインフラですからね!?」
「君の安全を脅かす世界など、存在意義がない。君の作った月は、私が君を守るための絶対的な防衛システムとして活用させてもらう」
ユリウス様は私の抗議を全く意に介さず、アメジストの瞳を細めて私を甘く見下ろした。
「……さて、アリス。その途方もない質量の球体を重力圏から振り切り、空の果てへと打ち上げるためには、想像を絶するほどの『爆発的な推力』が必要になるはずだな? 私の魔力をすべて注ぎ込めば不可能ではないが、君は私に無理をさせないだろう?」
ユリウス様はすべてを見通している。
私が設計した『アストラル・ルナ』は、軌道に乗ってしまえば永久機関で稼働するが、最初の打ち上げの瞬間だけは、数千人の熟練魔導師が一斉に最大火力の爆裂魔法を放つほどの、凄まじい物理的・魔力的なエネルギーが必要なのだ。
「ええ……。そのための『使い捨ての莫大な動力源』をどうやって調達しようか、少し頭を悩ませていたところなんです。船のエンジンを全開にしても足りないし……」
「安心しろ。……私とルミアで、すでに極上の『燃料』を用意してある」
ユリウス様とルミアが、同時に最高に邪悪な、しかし完璧に息の合った微笑みを浮かべた。
私はその笑顔を見て、背筋に一筋の冷たい汗が流れるのを感じた。ああ、またあの『地下の住人たち』の労働環境が、とんでもないブラックにアップデートされるのだと。
◆◆◆
その頃。
グランド・リヴァイアサンの地下最下層、魔力自家発電プラント(懲罰房)。
「ぜぇ……はぁ……!! ぎ、ギルバート先輩!! なんですか、今日から俺たちの回し車の前に設置された、この『天を衝くほど巨大な大砲の筒』はぁぁぁ!!」
薄暗い地下室で、巨大な鉄の回し車の中で。
全身に『高圧マナ吸引用パッチ』を無数に貼り付けられた王国の元王子ギルバートと、西の国のイカサマ元王子ザイードは、恐怖に顔を歪めながらペダルを回していた。
彼らの回し車の魔力伝導軸は、いつもの船の空調や冷蔵庫ではなく、部屋の中央を貫いて上層階へと伸びる、巨大なクリスタル製の筒――『魔導ロケット射出機』の動力部へと直結されていたのだ。
「知るかぁぁぁ!! それより足元を見ろ!! いつもの熱板の温度設定が、なんか【摂氏一万度】という見たこともない赤いランプで点滅しているぞぉぉぉ!!」
ギルバートの絶叫と共に、懲罰房のスピーカーから、ルミアのひときわ冷酷で、楽しげなアナウンスが響き渡った。
『あらあら、元・殿下たち。今日は我が魔導商会A&Lの記念すべき【宇宙開拓の日】よ。貴方たちのこれまでの無駄な人生、高いだけのプライド、そして有り余る労働力を、この一瞬の「推力」に変えてもらうわ』
「推力だと……!? 一体何を飛ばす気だ!!」
『いい? アリスが造り上げた巨大な人工月を大気圏外へ飛ばすために、貴方たちにはこれから、一秒間に一万回転……つまり【音速を超えて】走ってもらう必要があるの』
「音速だとぉぉ!? ふざけるな! 人間にそんな速度で走れるわけがないだろうがぁぁぁ!! 足がちぎれるわ!!」
ザイードが泣き叫ぶ。
『大丈夫よ、安心して。アリスが貴方たちの全身に【強制肉体活性化・リミッター解除魔法陣】を貼り付けておいたから。脳の痛覚信号を遮断して、筋肉が断裂する一歩手前まで身体能力が強制的に引き上げられるはずだわ。死ぬことはないから、心置きなく限界を突破してちょうだい』
「ひ、ひぃぃぃっ!! 悪魔だ!! 悪魔の所業だぁぁぁ!!」
「俺は走りたくない! 宇宙なんて行きたくないんだぁぁぁ!!」
『無駄口を叩いている暇はないわよ。さあ、歴史的な打ち上げまでカウントダウンを開始するわ。……十、九、八……』
「や、やめろぉぉぉ!!」
「アリスぅぅぅ! 俺が悪かった! 本当に俺が悪かったから許してくれぇぇぇ!!」
『三、二、一……イグニッション(点火)!!』
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
ルミアの無慈悲な宣告と共に、回し車の床の熱板が、太陽の表面のごとく白く燃え上がった。
ギルバートとザイードは、半狂乱になりながら、いや、強制的な魔法の力で反射的に足を動かした。リミッターを完全に解除された彼らの脚力は、凄まじい魔力火花を散らし、巨大な鉄の回し車は文字通り【光り輝く円盤】となって猛烈な速度で回転し始めた。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
「足が! 俺の足が光速を超えているぅぅぅ!!」
二人の無能な元王子から搾り取られた、命を削るような天文学的な魔力エネルギーが、極太のケーブルを伝って巨大なマスドライバーへと凝縮されていく。
そのエネルギーは限界点を超え、船体を震わせるほどのパワーとなった。
ズドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
グランド・リヴァイアサンの甲板が開き、純度百パーセントのミスリルと極大魔力結晶で構築された巨大な球体――『アストラル・ルナ』が、目にも止まらぬ速度で青空を突き抜け、天空の彼方へと射出された。
その凄まじい衝撃波で海が割れ、空の雲が巨大なドーナツ状に吹き飛ばされる。
まるで天地を貫く光の柱のように、人工月はまっすぐに大気圏を突破していった。
「あ、あああ……っ、俺の足が……俺の魂が、空に吸い込まれるぅぅぅ……!!!」
ギルバートが白目を剥いて泡を吹き、意識が遠のく中。
彼の流す絶望の涙と極限の汗は、魔導商会A&Lが『世界の夜空を支配する』という神話的な偉業を達成するための、最高級の点火剤として一滴残らず吸い尽くされたのであった。
◆◆◆
数時間後。
世界が、夜の闇に包まれた頃。
高度数百キロ、静寂に包まれた外気圏の宇宙空間。
漆黒の闇の中、地球の重力軌道に完璧に乗った巨大な球体『アストラル・ルナ』は、その表面のミスリル装甲をパージし、内側に秘められたアメジスト色の巨大な魔力結晶を露わにした。
太陽の光と、地球から立ち昇るマナを吸収したその結晶は、まるで本物の月のように、いや、それ以上に美しく幻想的な青紫色の光を放ち始めた。
『……メインシステム、オールグリーン。重力アンカー固定完了。魔力反射パネル、全開展開。……これより、アストラル・ルナ、全世界へのマナ・ウェーブの照射を開始します』
ペントハウスのバルコニーで、私はヒマ端末のモニターに表示されたステータス画面を見ながら、会心の笑みを浮かべた。
「ふふふ……。完璧だわ。一ミリの軌道のズレもない。これでこの星に、私たちの『経済の眼』から逃れられる場所は一箇所も存在しなくなったわね」
私たちが夜空を見上げると、そこには元々ある白い月に並んで、もう一つの『青紫色の月』が神々しく輝いていた。
その瞬間、世界中のすべてのヒマ端末が『ピロロンッ!』と一斉に鳴り響き、これまで圏外だった秘境の村や絶海の孤島にまで、A&Lのネットワークが完全に開通したのである。
「素晴らしいわ、アリス!」
ルミアがバルコニーの手すりに身を乗り出し、夜空に輝く第二の月を見上げて歓喜の声を上げた。
「これでもう、一ミリ秒の遅延もないわ! クシャーン帝国の残党も、西の果ての未開の国も、世界中のすべての人間が、あの月を見上げるたびに私たちが支配するネットワークの傘下にいることを実感するのよ! まさに世界経済の完全掌握ね!!」
ルミアの手元の端末には、世界中から秒間数億ゴールド単位で流れ込んでくる『通信利用料』と『ガチャの売上』の通知が、滝のように流れ続けている。
もはや国家の概念すら超越した、星そのものを一つの企業に作り変える神々のビジネス。
「さあ、アリス! 地上も、海も、空も、そして星空も手に入れたわ! 私たちの覇道は、この世界に存在するすべての富を吸い尽くすまで、絶対に止まらないわよ!!」
「ええ! 私の魔法で、世界中の常識を毎日塗り替えてあげるわ!」
私がルミアと熱いハイタッチを交わすと。
背後から、ユリウス様の大きく逞しい腕が私の腰を包み込み、そのまま私を彼の広い胸の中へと引き寄せた。
「……世界を支配するのも結構だが。君自身は、永遠に私が支配させてもらうぞ」
ユリウス様は、夜空に輝く青紫色の月――彼のアメジストの瞳と同じ色をしたその月を見上げながら、私の耳元で極上に甘く囁いた。
「宇宙からも、地上のどこにいても……あの月が、私の代わりに君を見守る。そして、君に近づく不遜な輩がいれば、空から直接滅びの光を降らせよう。……私のアリス。君の創り出したこの『絶対の眼』で、私たちの甘い永遠のハネムーンを、神すらも邪魔できないよう監視させてもらう」
最強のパトロンの、狂おしいほど重すぎる独占愛の誓い。
私は顔を真っ赤にしながらも、彼に首に腕を回して、その熱い唇を受け入れた。
「はい……。私、どこにも行きませんから。ユリウス様の世界で、ずっと最高の魔法を作り続けます」
甘い口付けが交わされる中。
無能な元婚約者たちを打ち上げロケットの燃料にしながら、魔導商会A&Lのえげつなくも痛快な覇道は、ついに地球規模の神話へと到達した。
星空すらも手中に収めたアリスたちの、常識外れの世界征服と甘すぎる愛の生活は、いよいよクライマックスに向けて、さらに激しく、そして美しく加速していくのだった。
(第25話 終わり)




