第22話:魔導マッチングアプリの結婚革命と、絶対防塞の極甘ウェディングドレス
「……人は生まれてから死ぬまで、いつ一番お金を使うか知っているかしら?」
超巨大・魔導豪華客船『A&Lグランド・リヴァイアサン』。
大海原を優雅に進むその船の最上階、CEO執務室にて。ルミアは、ヒマ端末の画面に表示された『帝国市民の生涯消費データ』のグラフを指し示し、極上に邪悪な笑みを浮かべた。
「そりゃあ、家を買う時じゃないの? だから私たち、A&Lスマート・ユートピアを作ったわけだし」
私は空間転送で取り寄せた帝都の最新スイーツ『とろけるマナ・プリン』を頬張りながら答えた。
「ええ。でも、その『家を買う』というイベントを発生させるための、もっと根本的で、人間にとって最も感情と財布の紐が緩む一大イベントがあるわ」
ルミアはバインダーを机に叩きつけた。
「冠婚葬祭……特に、『結婚』よ」
「結婚……」
その言葉に、私は思わずスプーンを口に咥えたまま固まった。
「いい、アリス。貴族の政略結婚は別として、平民や中流階級の若者たちは、常に出会いに飢えているわ。でも、仕事が忙しくて出会いがない、相手の身元が分からない……そんなリスクのせいで、結婚適齢期を逃している層が山ほどいるの」
「まあ、確かに。ギルドの酒場くらいしか出会いの場がないものね」
「そこでよ! 我が社が展開する『ヒマ端末』の次なる超大型アップデート! 帝国中の男女を完璧な相性で結びつける、完全自動・運命の出会いシステム……名付けて『A&Lマリッジ(魔導マッチングアプリ)』のサービス開始よ!!」
ルミアが高らかに宣言し、空中にハートマークが飛び交う派手なホログラムを投影した。
「マ、マッチングアプリ……!?」
「そうよ! アリス、貴女の技術で、ヒマ端末から利用者の『魔力波長』『生活リズム』『A&Lペイの購買データ』、さらには『DNAに刻まれた遺伝情報』までを完全に解析しなさい。そして、絶対に離婚しない、相性百パーセントのパートナーをAIで瞬時に見つけ出すのよ!」
ルミアの口から飛び出したのは、人間の恋愛感情すらもデータ化し、アルゴリズムで完全にコントロールするという、恐るべき計画だった。
「なるほどね……! 単なる趣味や顔の好みだけじゃなくて、無意識下の生体リズムや、怒りを感じるポイント(ストレス係数)が一致する相手を、数千万人のデータから光の速さで抽出する『運命の赤い糸・アルゴリズム』ね! 任せて、私の数式なら一秒で完璧なペアを弾き出せるわ!」
私は技術者としての血が騒ぎ、即座に白板に魔法陣のコードを書き殴り始めた。
「素晴らしいわ。……そして、ここからが私のビジネスよ」
ルミアは、ハートマークのホログラムの横に、巨大な『ゴールド($)』のマークをいくつも追加した。
「このマッチングサービス自体は『完全無料』とするわ。若者たちを大量に登録させるの。でもね、彼らがマッチングして『結婚』を決めた瞬間、我が商会が用意した極上のパッケージプランを売りつけるのよ」
「パッケージプラン?」
「ええ! 出会った二人には、まず『A&Lスカイ・サンクチュアリ(天空の浮遊島)』での豪華絢爛な結婚式を提案するわ。指輪は我が社の『A&Lジュエリー』で購入させ、新婚旅行はこの『豪華客船』のチケットを売りつける。そして新居は当然、『A&Lスマート・ユートピア』のサブスクリプション契約よ!!」
ルミアは両手を広げ、狂気じみた高笑いを上げた。
「あはははは!! 分かるかしらアリス! 出会い、結婚式、旅行、住宅……人間の人生における最大のライフイベントのすべてを、我が商会の経済圏の中に完全にロックイン(囲い込み)するのよ! まさに『ゆりかごから墓場まで』! 帝国の市民は、一生涯かけて我が社に資産を吸い尽くされる働き蜂になるのよ!!」
相変わらず、人の幸せを限界まで現金に変換する天才だ。
私は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。この女、結婚の祝福すらも完璧な集金システムに組み込んでいる。
「さあ、アリス! 今すぐその『運命の赤い糸アルゴリズム』のテストを――」
「――私の許可なく、君の『運命』を勝手に計算するなど、許されると思っているのか?」
ふいに、執務室の温度が氷点下にまで下がったような、絶対零度の声が響いた。
重厚な扉が静かに開き、漆黒の軍服に身を包んだ帝国の影の皇帝、ユリウス大公が姿を現した。
「ゆ、ユリウス様! お疲れ様です!」
「大公閣下。またしても無音で背後を取るとは、心臓に悪いですわよ」
ユリウスはスタスタと歩み寄り、私が白板に書いていた『相性計算アルゴリズム』の数式を、アメジストの瞳で鋭く睨みつけた。
「アリス。君はまさか、自分のデータをこのシステムに入力して、私以外の『相性の良い男』を探そうとしたわけではあるまいな?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! これはあくまで一般市民向けのシステムで……!」
「証明してみせろ。今すぐ、君と私のデータをそのシステムに入力しろ」
ユリウスは有無を言わさぬ口調で断言した。
彼の瞳の奥には、「もし万が一、相性が百パーセント以下と出たら、この船ごとシステムを海の底に沈める」という、極大の殺意と独占欲が渦巻いている。
「わ、わかりました……っ。じゃあ、テスト稼働してみますね」
私は冷や汗をかきながら、ヒマ端末のマスターコンソールに、私とユリウス様の魔力波長データを入力した。
『データ解析開始。相性度を計算中……』
ピロピロピロ……と電子音が鳴り、画面上のパーセンテージが急速に上がっていく。
50%……80%……99%……100%。
よし、百パーセントだ! と思ったのも束の間。
パーセンテージの数字はさらに上がり続け、150%、500%、1000%……と、あり得ない数値を叩き出し始めた。
『ピガッ……! エラー! エラー! 測定限界値を突破! 相性度【∞(無限大)】!! 運命の赤い糸が太すぎて、システムが物理的に絡まりました!!』
ボンッ!
ヒマ端末から煙が上がり、相性計算回路がショートしてしまった。
「……当然だ」
ユリウスは満足げに微笑み、私の腰をグッと引き寄せて、至近距離から私を見下ろした。
「私と君の相性などというものを、チンケな数字で測れるはずがないだろう。私たちは魂のレベルで、最初から一つになるべくして生まれた番なのだからな」
「ゆ、ユリウス様……っ」
「(……はいはい、ごちそうさま。システムのバグは後で直しといてね、CTO)」
ルミアが呆れたようにヒマ端末の予備機を取り出し、事業計画書の作成に戻る。
ユリウスは私の髪を優しく撫でながら、低く甘い声で囁いた。
「しかし、ルミアの言う通り『結婚式』というイベントは、最大の幸福を形にするものだな。……アリス。そういえば、私はまだ君に『正式な衣装』を贈っていなかった」
「正式な衣装……?」
「ああ。君のウェディングドレスだ」
その言葉に、私の心臓がドクンッ!と爆発しそうなくらい跳ねた。
「うぇ、ウェディングドレスっ!?」
「ついてこい。……君のために、世界中の最高の職人と魔導師を集めて、極秘裏に仕立てさせていたものがある」
ユリウスは私の手を取り、そのまま執務室の外へと私を連れ出した。
◆◆◆
グランド・リヴァイアサンの深部。
ユリウスの生体認証(魔力波長)でしか開かない、絶対防護の隠し金庫室。
その中央に、一体のトルソー(マネキン)が飾られていた。
「こ、これは……!!」
私は、そのドレスを見た瞬間、息を呑んで言葉を失った。
純白のドレス。
しかし、ただの布ではない。私が開発した『超高密度・流体ミスリル』をベースに、雲のように柔らかい『天空竜の絹糸』が何層にも重ねられている。
胸元から裾にかけては、ユリウスの瞳と同じアメジスト色の『極大魔力結晶(国宝級)』が、星空のように無数に散りばめられていた。
「美しい……! でもこれ、ただのドレスじゃないわよね? この魔力回路の密度……信じられないレベルで編み込まれてる!」
「君なら分かるだろう」
ユリウスはドレスの裾を愛おしそうに撫でた。
「このドレスには、私の魔力の九割を注ぎ込んだ『絶対不可侵・次元断絶結界』が常時展開されるように設定してある。さらに、散りばめられたアメジストの魔石には、この船の海流マナエンジン十年分に相当するエネルギーが圧縮保存されている」
「じゅ、十年分!?」
「ああ。万が一、この船に隕石が直撃しようが、他国の軍隊が核レベルの禁呪を撃ち込んでこようが……このドレスを着ている限り、君の身体にはチリ一つ、傷一つ付かない。世界が滅びても、君だけは絶対に生き残る仕様だ」
……重い。
文字通りの物理的な重さではなく、そこに込められた愛情と防衛本能が、果てしなく重い。
結婚式という神聖な儀式の衣装に、国家を滅ぼせるレベルの戦略防衛兵器を仕込んでいるのだ。
「さあ、着てみてくれ。私の最愛」
ユリウスの熱を帯びた瞳に見つめられ、私は顔を真っ赤にしながら、隣の着替えスペースへと入った。
数分後。
「あの……どう、でしょうか……?」
私が着替えを終えて姿を現すと。
ユリウスは、完全に動きを止めた。
純白とアメジストの輝きが、私の銀髪と溶け合い、幻想的な美しさを放っている。
流体ミスリルが私の身体のラインに完璧にフィットし、それでいて天空竜の絹糸が歩くたびにふわりと舞い踊る。まさに、世界に舞い降りた絶対無敵の女神(物理)の姿だった。
「…………ッ」
ユリウスは無言のままスタスタと私に歩み寄り、私を壊れ物を扱うように、そっと、しかし力強く抱きしめた。
「ユ、ユリウス様……?」
「……ダメだ。やはり、結婚式に客を呼ぶなど、絶対に不可能だ」
彼の声は、かつてないほど低く、そしてドロドロに煮詰まった独占欲に震えていた。
「こんな……こんなにも圧倒的に美しく、愛おしい君の姿を。他の羽虫どもの目に一秒たりとも晒すことなど、私の理性が許容できるはずがない。……もし君がこの姿でバージンロードを歩けば、私は参列者を全員その場で消し炭にしてしまう自信がある」
「そ、それじゃ結婚式になりませんよっ!」
「だから、式は私と君の二人だけでいい」
ユリウスは私の首筋に顔を埋め、甘い吐息を吹きかけた。
「誰もいない、この船の最上階のペントハウスで。神になど誓う必要はない、君は私のものだ。……私だけが、君のすべてをこの瞳に焼き付ける。それでいいだろう?」
極上の低音で囁かれる、逃げ場のない独占宣言。
私は彼からの甘すぎる、そして重すぎる愛情の猛攻に脳髄を溶かされながら、彼の手のひらの中で完全に降伏するしかなかった。
「……はい。私も、ユリウス様だけに見てもらえれば、それで十分です……っ」
私が顔から火が出るほどの恥ずかしさに耐えながら答えると、彼は満足げに微笑み、私の唇を深く、熱く塞いだ。
世界最高の防弾・防刃・対消滅結界付きのウェディングドレスは、ただ一人、最強の魔王の愛の前にだけ、その絶対防御を解き放つのだった。
◆◆◆
――その頃。
グランド・リヴァイアサンの地下最下層、魔力自家発電プラント(懲罰房)。
「ぜぇ……はぁ……! ぎ、ギルバート先輩!! 上の階から、なんだか恐ろしいほどの魔力の波動(イチャイチャ空間)が伝わってきますぅぅぅ!!」
「知るかぁぁぁ!! それより足元を見ろ! 俺たちの回し車の前に、なんか変なモニターが追加されたぞ!!」
巨大な鉄の回し車の中で。
全身タイツ姿のギルバートとザイードは、白目を剥きながらペダルを回し続けていた。
彼らの目の前に設置されたモニターには、『A&Lマリッジ(魔導マッチングアプリ)』のロゴが表示されていた。
『あらあら、元・殿下たち。随分と汗臭いわね』
頭上のスピーカーから、ルミアの冷酷な声が響く。
『今、我が社で開発中の最新マッチングアプリのテストを行っているの。貴方たちも一応【未婚の男性】だから、特別にデータを入力して、運命の相手を探してあげたわ』
「な、なんだと!?」
ギルバートの顔に、一瞬だけ希望の光が差した。
「そ、そうか! 俺は元・王族だ! いくらこんな地下に落とされたとはいえ、俺の高貴な血筋と端正な顔立ちをシステムが評価すれば、帝国の美しい貴族の令嬢とマッチングするはず……!」
「俺もだ! 西の国では数多の美女をはべらせていたんだ! 早く結果を見せろ!!」
二人の無能な元王子が、回し車の中でモニターを食い入るように見つめる。
画面の『相性計算中……』のゲージが満タンになり、結果がバーン!と表示された。
『マッチング結果:該当者なし(0件)』
「…………は?」
『あら残念。帝国内の数千万人の女性データと照合した結果、貴方たちのような【無能・借金まみれ・プライドだけ高い・現在ハムスター労働中】という条件にマッチする女性は、物理的に一人も存在しなかったわ』
「う、嘘だろぉぉぉ!!?」
ギルバートとザイードが、絶望のあまり回し車の中で崩れ落ちそうになる。
『AIからの総合評価メッセージを読み上げるわね。【貴方たちの相性百パーセントの相手は、永遠の孤独と労働です。一生独身で、その車輪と結婚して社会に魔力を還元しなさい。それが貴方たちに残された唯一の価値です】……だそうよ。素晴らしいわね、AIは残酷なまでに正確だわ』
「ア、アリスぅぅぅ……! ルミアぁぁぁ!! 頼む、俺にも……俺にも愛をくれぇぇぇ!!」
かつて私を婚約破棄し、自分の価値を過信していた愚かな王子。
彼は今、私の開発した冷徹なアルゴリズムによって「人間としての市場価値ゼロ」の烙印を押され、一生独身でハムスターを続けることが確定したのだ。
『さあ、泣いている暇はないわよ。失恋のエネルギーも、魔力変換効率が良さそうね。……熱板の温度、五段階アップ!!』
「ぎゃあああああああ!! 熱いぃぃぃ!! 燃えるぅぅぅ!!」
「俺の……俺の青春が……車輪と共に回っていくぅぅぅ!!」
完全なる因果応報のザマァ。
彼らの流す絶望の失恋の涙は、最強のエンタメ帝国を支えるための極上のスパイスとして、今日も一滴残らず吸い尽くされていくのであった。
ビジネスによる世界の支配と、大公閣下の重すぎる溺愛。
魔導商会A&Lのえげつなくも痛快なハネムーンの旅は、いよいよ結婚式(二人きりの極秘裏)という最大のイベントに向けて、甘く激しく加速していくのだった。
(第22話 終わり)




