第15話:王城の物理的リサイクルと、天空の巨大リゾート(タックス・ヘイブン)計画
「……というわけで、無事に旧・ローゼンバーグ王国領の全権利書の登記が完了したわ。金貨百枚で国家丸ごと買い叩けるなんて、歴史上でも類を見ない最高のM&A(企業買収)だったわね」
オーシャン・モールの最上階、CEO執務室。
ルミアは最高級のワイングラスを傾けながら、デスクの上に積まれた権利書の束を見下ろして優雅に微笑んだ。
「でもルミア社長、あの国ってもうインフラもボロボロだし、魔石の鉱山も崩落しちゃってるのよ? 土地だけ手に入れても、使い道なんてあるの?」
私はソファで『A&Lダイレクト・エクスプレス』の空間転送履歴のバグ取りをしながら首を傾げた。
「ふふっ、アリス。貴女は本当に不動産というものの価値を分かっていないわね」
ルミアはワイングラスを置き、背後の巨大な白板に帝国の地図と、その隣に隣接する旧・王国の地図を投影した。
「いい? 現在、我が魔導商会A&Lが展開する『A&Lペイ』や『仮想現実ダイブ』によって、帝国の富裕層は莫大な資産をゲームや娯楽に注ぎ込んでいるわ。でも、真の超大金持ち……他国の王族や、大陸規模の裏商人たちは、帝国の厳しい『税金』や『法律の目』を気にして、大っぴらに散財できないでいるのよ」
「まあ、大金持ちほど税金を払いたがらないわよね」
「そこでよ。私たちは、帝国の法律も、他国の干渉も一切受けない『完全に独立した超・特区』を作るの。誰も手を出せない、絶対的な治外法権のVIP専用リゾート空間……。その名も『A&Lスカイ・サンクチュアリ』よ!」
「スカイ……って、前言ってた『空に巨大な魔導都市を浮かべる』ってやつ!? 本気だったの!?」
「ええ、大本気よ。空の上なら、どこの国の領空法にも引っかからないスレスレの高度を維持できる。いわば物理的な『タックス・ヘイブン(租税回避地)』ね! そこでカジノや最高級オークションを開催すれば、世界中のブラックな資金が私たちの手元に合法的にマネーロンダリングされて落ちてくるというわけ!!」
ルミアの瞳が、狂気じみた三日月の形に歪む。
安全な空の上の無法地帯(ただしA&Lのルールだけが絶対)を作り上げ、世界中の超富裕層から莫大な資産を巻き上げる。まさに究極のVIPビジネスだ。
「でもルミア、空に都市を浮かべるって言っても、土台となる『巨大な岩盤』が必要よ。最初から空中に土や石を運んで組み上げるのは、いくら私の魔法でも魔力効率が悪すぎるわ。どこかから、街一つ分の強固な岩盤と、建物の基礎を丸ごと切り出して空に持ち上げないと……」
私が技術的な課題を口にすると、ルミアはニヤァ……と、悪魔のような笑みを浮かべて、先ほどの『旧・王国の権利書』を指でトントンと叩いた。
「あるじゃない。基礎魔法陣がしっかりしていて、大理石やミスリルがふんだんに使われている、最高に無駄にデカい『建物』が」
「……あ」
私は、ルミアの言わんとしていることを理解し、ゴクリと息を飲んだ。
「まさか……旧・王国の『王城』を?」
「ええ。せっかく金貨百枚で買い取った私たちの『私有地』なんだから、有効活用させてもらわないとね。アリス、あの無駄にデカい王城を、岩盤ごとくり抜いて空に飛ばしなさい!!」
無能な元婚約者が住んでいた、あの忌まわしくも豪華絢爛な城。
それを物理的に根こそぎ引っこ抜いて、私たちの新しいビジネスの土台(礎)にする。
なんというえげつない、そして最高にスカッとするリサイクル計画だろうか!
「上等よ!! 私の『超広域・反重力結界』の実験にはもってこいのサイズだわ! 明日、早速解体(打ち上げ)工事に行ってくる!」
◆◆◆
翌日。
かつて栄華を誇った、旧・ローゼンバーグ王国の王都。
活気にあふれていた街並みは見る影もなく、家々はゴーストタウンのように静まり返っている。国民はとっくに帝国へと移住し、残っているのは野盗か、行く当てもない一部の没落貴族だけだ。
その王都の中心にそびえる『王城』。
その正門の前に、私たちは帝国から『A&Lポータル』と飛竜を乗り継いで到着していた。
「さてと。まずは結界の基点となるアンカーを、城の東西南北の地中深くに打ち込むわよ」
私は作業用のカーゴパンツ姿で、数十体の巨大なアース・ゴーレムたちに指示を飛ばした。
ゴーレムたちが地響きを立てながら、城を囲むように巨大な魔力杭を打ち込んでいく。
「あ、アリス……! アリスじゃないか!!」
ふいに、城の裏手にある使用人用のボロボロの小屋から、一人の男が転がり出るように駆け寄ってきた。
泥だらけの服を着て、頬がこけ、髪もボサボサになったその男は――かつて私を見下し、国を滅ぼした元凶であるギルバート元王子だった。
彼は懲罰房でのハムスター労働から解放され(というより、国ごと買収されたため放り出され)、今は売却された王城の敷地の隅で、父親である元国王と共に惨めな小屋暮らしをしていたのだ。
「おお、アリス! やはり俺を迎えに来てくれたのだな! 帝国で大成功していると聞いたぞ! さあ、俺を貴女の会社の役員にしてくれ! もう一度、貴女を愛してやってもいいぞ!」
ギルバートは完全に現実が見えていない目で、よだれを垂らしながら私に手を伸ばそうとした。
しかし、彼の手が私に触れるより早く。
ガンッ!!
「ぐぎゃっ!?」
私の背後から音もなく現れた、漆黒の軍服を着たユリウス大公が、容赦のない蹴りをギルバートの鳩尾に叩き込んだ。
ギルバートはカエルのような悲鳴を上げ、地面を数メートル転がって泥水に突っ込んだ。
「気安く私の最愛の名を呼ぶな、薄汚い羽虫が。その舌を引き抜いて、魔力炉の燃料にくべてやろうか」
ユリウスは靴の汚れを嫌悪感に満ちた目で払いながら、絶対零度の殺気をギルバートに放った。
「ゆ、ユリウス様! わざわざ護衛についてきてくれたんですか!?」
「当然だ。君がこの忌まわしい場所に赴くというのに、私一人で帝都に残っていられるはずがないだろう」
ユリウスは私の方を向くと、殺気を一瞬で消し去り、いつもの甘く過保護な瞳で私の頭を撫でた。
「ひぃぃぃっ……! て、帝国の……大公閣下……!」
泥水の中で震え上がるギルバート。
その時、騒ぎを聞きつけたのか、ピンク色の顔をした元・国王も小屋から這い出してきた。
「な、何事だ! 帝国の連中め、国を奪っただけでは飽き足らず、我々が住んでいるこの城まで奪う気か! ここはローゼンバーグ王家の歴史そのものなのだぞ!」
元・国王の悲痛な叫びに、同行していたルミアが、純白のパラソルを優雅に回しながら冷たく言い放った。
「勘違いしないでちょうだい。貴方たちが住んでいるのは、すでに『我が社の私有地』よ。不法占拠で訴えなかっただけありがたく思いなさい。それに、私たちは城を奪いに来たんじゃないわ」
「奪いに来たのではないだと……?」
「ええ。ただの『廃材回収』よ。歴史ある王城の大理石と岩盤、天空リゾートの土台としてリサイクルさせてもらうわ」
ルミアの言葉を合図に、私はヒマ端末の起動ボタンを力強くタップした。
「さあ、いくわよ! 『超広域・反重力結界』、最大出力で起動!!」
ズゴゴゴゴゴォォォォォッ!!!
私の詠唱と共に、王城を囲む四本の魔力杭から、青白い光の柱が天を衝くように立ち上がった。
大気が震え、凄まじい轟音が響き渡る。
そして、信じられない光景が元・王族たちの目の前で展開された。
メキメキメキッ!! バキィィィィッ!!
王城を支えていた広大な岩盤が、まるで巨大なスプーンでくり抜かれるように、丸ごと地面から剥がれ始めたのだ。
巨大な城が、庭園や城壁、地下の土台の岩盤ごと、ゆっくりと、しかし確実に『空』へと浮上していく。
「あ……あああぁぁぁ……!!」
「我々の……我々の栄光の王城が……空へ……!!」
ギルバートと元・国王は、泥水に這いつくばったまま、ポカンと口を開けて、天へと昇っていく自分たちの城を見上げるしかなかった。
彼らがかつて私を断罪し、追い出したその権力の象徴は、今や私が創り出す新しいビジネスの『ただの土台(石ころ)』として物理的に持ち去られていくのだ。
「ふはははは! 見なさいアリス! これぞ究極の居抜き物件よ! あとは空の上で、この古臭い城を最高級のVIPカジノに改装するだけね!」
空に浮かび上がる巨大な城を見上げながら、ルミアが悪役そのものの高笑いを上げる。
「城の下水管とか配線は全部やり直さないとダメね。まあ、太陽光マナ発電のパネルを屋根に敷き詰めれば、空中でも動力は完全に自給自足できるわ!」
私は次なる設計図を脳内に描きながら、空高く舞い上がっていく巨大な岩盤に向けて、推進用の魔法陣を追加で撃ち込んだ。
「あっ、おい待て! アリス! ルミア! 城を持っていくなら、せめて俺たちも空に連れて行ってくれ!! ここには何もない! 食べるものもないんだぁぁ!!」
ギルバートが泣き叫びながら手を伸ばすが、私たちの耳にはもはやそんな羽虫の羽音など届いていなかった。
無能な者からすべてを奪い、新たな価値を創造する。
旧王城は、私たちの魔法によって完全に「過去」から切り離され、空の彼方へと消えていったのである。
◆◆◆
数日後。
高度三千メートル。雲海の上にぽっかりと浮かぶ、巨大な浮遊島。
かつての王城は、無数のゴーレムたちによる超スピードの突貫工事により、その外観を完全に作り変えられていた。
外壁は眩い白亜に塗り直され、庭園は世界中の珍しい魔生植物が咲き乱れる極上のリラクゼーション空間へ。
そして城の内部は、超富裕層だけが足を踏み入れることを許される、巨大なカジノと高級オークションハウスへと変貌を遂げていた。
「気圧と酸素濃度の調整、完璧! 防風・防寒結界も異常なし!」
私は浮遊島の中央、かつての玉座の間に新設された『魔力制御コア・ルーム』で、ヒマ端末を見ながら歓声を上げた。
この天空の特区、『A&Lスカイ・サンクチュアリ』。
地上とのアクセスは、完全に私たちが管理する『A&Lポータル(VIP専用ゲート)』のみ。ここで動くお金はすべて『A&Lペイ』によって処理され、地上のどの国家の税務局も手出しできない、完璧な独立経済圏だ。
「……見事だ、アリス。空に都市を浮かべるなど、おとぎ話の中だけの妄想だと思っていたが」
コア・ルームの扉が開き、ユリウス大公が静かに足を踏み入れた。
今日は軍服ではなく、この天空リゾートのオーナー(共同代表)に相応しい、豪奢でありながら洗練された漆黒のテールコートを身に纏っている。
雲海を照らす夕陽の光が巨大な窓から差し込み、彼のアメジストの瞳を宝石のように輝かせていた。
「ユリウス様! 見てください、このコントロールパネル! 空の旅は快適でしたか?」
「ああ。地上の喧騒が一切届かない、完璧な静寂と隔絶された空間だ。……君と二人きりで過ごすには、これ以上ないほどの特等席だな」
ユリウスはゆっくりと私に歩み寄り、私の手からヒマ端末を優しく取り上げ、デスクの端に置いた。
そして、私の両手を彼自身の大きな手で包み込む。
「ユ、ユリウス様……?」
「アリス。君はこの天空の都市を、いかなる国家の干渉も受けない『絶対の特区』だと言ったな」
「は、はい。ルミアがそうしないと超大金持ちから税金逃れの資金を絞り取れないって……」
「それもあるだろう。だが、私にとっては別の意味がある」
ユリウスは真剣な眼差しで私を見つめ、静かに片膝をついた。
えっ……!? か、片膝!?
それって、貴族の男性が女性に対して行う、最も神聖で、最上級の……!
「この空の上は、帝国の法律も、皇帝陛下の権限も及ばない。つまり、ここでは私が君に対して『大公』として振る舞う必要も、君が『商会の責任者』として振る舞う必要もないということだ」
ユリウスは懐から、ベルベットの小さな箱を取り出した。
パカッ、と開かれた中には、彼のアメジストの瞳と同じ色をした、途方もない魔力を秘めた極上の結晶石があしらわれた『指輪』が輝いていた。
「ゆ、ユリウス様……これ……」
「この浮遊島の『マスター権限』をリンクさせた、特注の魔導リングだ。この島を動かすことも、落とすことも、すべてはこの指輪を持つ者の意思一つで決まる」
ユリウスは私の左手を取り、その薬指に、冷たくも熱を帯びた指輪をゆっくりとはめた。
「マスター権限……。でも、それならユリウス様が持っていた方が……」
「いいや、君が持つべきだ。……そして同時に、これは私からの『絶対の束縛』でもある」
彼の言葉に、私の心臓がドクンッ!と爆発しそうなくらい跳ねた。
顔から火が出るほど熱くなり、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。
「私の命も、帝国の影の権力も、そしてこの天空の都市も、すべては君のものだ。……だから君の生涯のすべて、その狂った頭脳も、その美しい笑顔も、余さず私だけに捧げてくれ。アリス」
指輪をはめられた左手の甲に、彼が深い、誓いの口付けを落とす。
「……っ、ユリウス、様……。そんなの、ずるいです。こんな空の上で、逃げ場もないところで……そんなこと言われたら……」
「逃がすつもりなど、出会ったその日から一秒たりともない」
ユリウスは立ち上がると、私の腰を強く引き寄せ、そのまま私の唇を塞いだ。
雲海の上に浮かぶ、二人だけの天空の城。
かつて私を不幸の底に突き落とした場所は、今や私が世界で一番幸せな契約(愛)を結ぶための、最高の舞台へと生まれ変わっていた。
最強のパトロンとの甘すぎる関係と、世界経済を牛耳る魔導商会A&Lの覇道は、地上を離れ、ついに空の彼方へとその支配領域を広げていくのだった。
(第15話 終わり)




