深詠子戻る3
親父から引き継いだ此の店は、五年も経てば客の名前と顔は一致する。年金の額が足らずにまだ働いてる山崎のじいさん以外は、何をやってる人かサッパリ判らない。その古株の源さんと呼ばれるじいさんが来た。
カウンター席に座るなり、暑くてたまらんとビールを注文するなり、枝豆を肴に呑みだした。
「此の前から此の枝豆、いつも忙しい言うてそのまま出していたのに、最近、ほんまに最近や、塩を掛けんでも丁度ええ具合の塩加減になったけど、どないしたんや」
オッ! 南蛮漬けか。あれは骨まで囓れるように柔らかくなるまで酢に漬けとかなあかんのに。昨日一日頑張ったんかと言われた。そこへ八十に手が届く長老がやって来た。
「じいさん、今日はあんたの歯でも食べられるメニューを拵えよった」
「あんな手間の掛かるもんを、どないしたんや」
「どないもこないもない。昨日の日曜日、余っ程ひまやったんやろう」
最近では一番忙しい日曜やった。なんせ深詠子のお通夜と葬式を三時間前まで関わり、今まで市場で仕込んだのが、初めてスーパーであり合わせの物を買っだけの話や。それが結構受けて、藤波の遣り方に限界が来た。店を畳むか続けるか、二階で寝てる真苗を背負い込んだ以上は、店は閉められない。その内に地下鉄に乗って来るやっさんが来た。
「オッ、来たか。今日はいつもと違て変わったメニューを出しとるでぃ」
どれどれ、と先ずは瓶ビールを手尺で呑みながら、壁に貼り出したお品書きに目を通した。
「なるほどなあ。お袋の味っちゅうやっちゃなあ。一皿もらおか」
藤波は可奈子が用意してくれた鍋から皿に移して出した。やっさんはさっそく咀嚼した。
「ほうー、ちょっとまだ煮たらんけど、ええ味出してる。何でもっとせえへんのや。此の場所なら先代から来てるわしら以外にも客来るでぃ」
何で今まで手抜きしてたんやと叩かれた。




