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第7話 恋と馬鹿に効く薬はない(ユーリマン編②)




 朝食の時間が終わり、ヴィオレッタがパンケーキと花の蜜の味を十分に堪能した後。



「お嬢様、クロイツ伯爵令嬢がお見えです」


「お通しして」



 この日は珍しく、五公女以外の令嬢がヴィオレッタを訪ねていた。



 ユーリマンに連れて来られた濃紺の髪の少女・アニータ・クロイツは緊張の面持ちで黙ったままソファーに腰掛けている。


 彼女の大きな黒い瞳は、所在無さげにゆらゆらと揺れていた。



 ヴィオレッタとはまったく面識がないわけではないが、特段親しい仲というわけでもなく、一週間ほど前に届いた訪問の御伺いにヴィオレッタが首を傾げながらも了承したというのが本日までの経緯だ。


 公爵家という立場上、クロウディア家への来客そのものは多いがヴィオレッタを訪ねてくる者はそう多くはない。五公女のうちの誰かか、ハイラス王子くらいのものだった。


 そんなわけで、部屋の中には奇妙な緊張感と、紅茶のスモーキーな香りが立ち込めている。



「実は、折り入ってヴィオレッタ様にお願いがございまして……」



 アニータが重い口を開いたのは、ユーリマンが淹れた紅茶がだいぶ温くなってからのことだった。



「ヴィオレッタ様は薬学に詳しいと聞きました。そこで、ヴィオレッタ様に媚薬を作っていただきたいのです!」


「媚薬……ですって?」



 意を決してアニータが口にした願いに、ヴィオレッタは静かに問い返しながら片眉を僅かに吊り上げる。


 するとヴィオレッタの視線にたじろいだようにアニータはびくりと身を震わせた。



「いえ、あの媚薬と言ってもその……男性を興奮させる類いのものではなくて……」


「……というと?」


「お、お慕いしている方がいらっしゃるんです。でもその方は私には全く関心を持って下さらなくて……」


「つまり、惚れ薬が欲しいということかしら?」



 もじもじと気恥しげにしながら遠回しに言うばかりのアニータに、ついに焦れたようにヴィオレッタが核心を突くと、アニータは壊れたようにブンブンと頭を振る。肯定の意だ。


 頭の動きに合わせて、彼女の髪の両サイドを結わえている赤と黄色のストライプのリボンがゆらゆらと揺れていた。


 ヴィオレッタの後ろに立って控えていたユーリマンはまた面倒なことをと、内心で頭を抱える。



 恋に効く薬。媚薬や惚れ薬といった人の心を操る薬を年頃の令嬢が欲するのは、非常によくある事だった。



 しかし、それらの薬は禁忌に指定されている。製造法に関する記録も、国と国が定めた機関により厳重に管理されている。


 巷に出回っているようなものは、それらしく着色と香り付けされただけで実際には全く効果のないものだったり、発汗作用がある薬を媚薬と偽って販売しているものだったりする。


 それでも巷で安価で買った惚れ薬が効いたなどという声が絶えないのは、たまたま上手く事が運んだ人間が薬のおかげだと思い込んでいるに過ぎない。ある種のまじないのようなものだ。




「残念だけれど、そのお願いは聞いてあげられないわ」


「どうして!?」



 アニータが勢いよく立ち上がった振動でガチャンと音がして、ティーカップの水面が揺れる。



「惚れ薬は禁忌に指定されている薬だからよ。現在、その製造と使用は固く禁止されているの」


「でも……!」


「薬で好きになってもらったからと言って、何になるというのかしら? 本当にお慕いしているのなら、薬に頼るよりも、もっと好かれるように努力なさるべきよ」


「……様は……から……いんですよ……」


「えっ……?」


「いいえ、何でもありません。無理を言って申し訳ございませんでした」



 下を向いて呟いた言葉が聞き取れず、ヴィオレッタは聞き返したが、パッと顔を上げたアニータは笑みを浮かべている。



 この時、ユーリマンは確かにアニータの様子に違和感を覚えていた。



「分かってくれたのならいいのよ」


「ですが、代わりに他のお願いを聞いて下さいませんか?」


「あら、何かしら?」


「ヴィオレッタ様の研究室を見学させていただきたいんです。実は以前から、薬学に興味がございまして。せっかくお邪魔したんですもの」


「それくらいなら、お易い御用よ。……ユーリマン。悪いのだけれど、お茶が冷めてしまったから、淹れ直してもらえるかしら?」


「かしこまりました、お嬢様」



 ユーリマンは一礼してから、テーブルの上の茶器を片付けていく。



「アニータさん。私の研究室はこっちよ」


「ありがとうございます、ヴィオレッタ様」



 部屋を出ていく直前に聞こえた令嬢二人の会話と、随分と食い下がっていたはずなのに急に態度を変えたアニータ。それに、下を向いていた時の彼女の暗く淀んだ表情。


 引っかかりを覚えながら退室したユーリマンだったが、彼はあの時自分も部屋に残っていれば良かったと後悔することになる。




*****



 ――三日後の朝。



【クロイツ伯爵令嬢が禁忌の薬品を王子に盛る!】



 その日の朝刊の一面には、アニータがハイラス殿下に最近新たに禁忌指定された薬品・老け薬を盛ったという記事が大きく掲載されていた。




挿絵(By みてみん)

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