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4.そしてギイは貴意に添う

これにて完結です。


グレイス・ルブランは絶世の美女である―――――と、名高い娘ではあるが、そんな彼女が偏執的に敬愛している従姉の存在は案外世間に知られていない。


グレイスにはたった一人だけ、血の繋がった従姉がいた。彼女の名前はミレーユ・ブランシュ。グレイスの父の妹(つまりは叔母にあたる女性)の子なので、ブランシュの家名を名乗ってはいるがルブランの血統で間違いない。

ミレーユ・ブランシュは生まれつき、体質的に身体が弱かった。それが原因で昔も今もいろいろなことが起こったのだが詳細については割愛しよう、幼少期から成人した今現在に至るまでのそれなりに濃いエピソードを語り出すとそちらが主軸になるので。


とにかく、グレイス・ルブランはミレーユ・ブランシュをこの世の誰よりも過激なまでに慕っている。

そんな彼女を見染めたのがオディロン・ブノワなのだけれど―――――ぽっと出の異性に大好きな従姉の好感度一位の座を笑顔であけ渡す程、グレイスは大人ではなかった。実際彼らの初邂逅はグレイスが八歳の時である。オディロンとミレーユは十二歳だったがそれでも全員まだ子供だった。


要するにグレイスはその頃の感覚のまま「ふざけろオディロン・ブノワ失せろ」の精神を保持し続けて生きている。


というか体質的な問題を抱えているミレーユを『貴族の嫡男の婚約者』なんて面倒極まるポジションに据えようとする神経がまず無理だったし駄目だった。家族会議関係者協議にオディロンとグレイスの小競り合い、本当にいろいろな紆余曲折を経て最終的に「大好きな従姉が不利益を被ることなく心穏やかに過ごせるならもうなんでもしてやるわ」とグレイスが腹を括った結果が今に至るというわけである。どういうことだと聞かれてもそういうことだとしか言えない。


そういうわけで、ミレーユ・ブランシュというグレイスの従姉である女性がオディロン・ブノワの溺愛する婚約者であるという事実はほぼ世に知られていなかった。

オディロン・ブノワには婚約者が居て、彼の家はルブラン家と縁を結んだ―――――何も間違ってはいない。敢えて誤認させるような発表は確かにしたけれども。

世間的にはオディロンの婚約者だと思われていたグレイスは、忌々しそうに腹立たげに眉間に皺を寄せて低く呻く。


「今思えば本当に、当時の私が馬鹿だったわ………貴族のお坊ちゃんとの顔合わせなんてとっとと終わらせて一秒でも早く我が家からオディロンを追い出しておけばこんなことにはならなかったのに………行きたくないと駄々を捏ねてミレーユ姉さんとアイツのエンカウントを許してしまうだなんて一生の不覚よ本当に」

「執拗なまでに張り巡らされたレディ・ルブランの妨害工作にもめげることなく求婚し続けてとうとう婚約を勝ち取ったブノワ家ご嫡男の執念を思えば遅かれ早かれ同じ結果になっていたような気もしますが」

「思った以上にあの男が本気だったことは認めるわ………それでもミレーユ姉さんがアイツとの婚約を受け入れた理由が『婚約すれば大人しくなるなら野放しのままよりマシだと思って』だったのは本当に本当に納得出来ない………社会的に野放しにしちゃいけないスペックを持った外面詐欺の似非紳士に姉さんの人生を委ねて堪るか………!」

「発想を転換してみましょう、社会的にどうかと思うハイスペックを極めた人材がレディ・ブランシュの幸せのために生涯尽力するのだと思えば少しは気分が紛れるのでは?」

「前から思っていたのだけれど、あなたは少しオディロン・ブノワに厚意的過ぎる気がするわ。だいたい、姉さんがオディロンの婚約者になったからって『貴族の家に嫁入り予定のご令嬢と同じ邸で養子とはいえ異性の自分が過ごすのは問題があるのでは?』とかそこまで気を遣わなくて良かったのに」

「いえいえ。侯爵家との婚姻が調ったことで発生するであろう面倒事その他、お身体が強くないレディ・ブランシュにかかる負担を極力減らす方向でと貴女がお決めになったのであれば、僕もそのくらいはしませんと」


怒涛の如くに内輪の話を二人だけで交わすギイとグレイスの速度には誰一人として付いて行けない。さりげなく『グレイスがギイをルブラン家の本邸に立ち入らせない』とかいう誤解についても触れながら、あくまで身内に関わる雑談をしているだけの美女と美少年を誰もがぽかんと眺めていた。

もう見世物とかいうレベルにすらない。ルブラン家の独壇場である。


「まぁ、頼もしいわねギイ・ルブラン。我が家に迎え入れたのがあなたで本当に良かったわ―――――ところで事前に伝えておいた外泊届の準備はしてきた?」

「提出済みです、レディ・ルブラン―――――決戦という解釈でよろしいでしょうか」

「ええ。ここ最近では私が学校に居る時間帯を狙って訪ねて来るという暇人オディロンを追い返すべく毎日運転手に無理を言って法定速度ギリギリのラインを攻めて帰宅している私だけれど、今日はあなたという味方を連れてあの男の企みを粉砕します………具体的には晩餐にやって来るオディロンをもてなしてやってちょうだい。私はミレーユ姉さんと二人でお部屋ディナーします」

「なるほど。囮の大役、拝命しました」

「理解が早くて大変結構………さぁ、そろそろ運転手が玄関に着く頃合いね。付いてらっしゃい、ギイ・ルブラン。私たちのミレーユ姉さんは、まだお嫁になんてやらないわ―――――いよいよ正式に結婚の発表するからって浮かれたあの男の顔面を盛大に歪めてやりましょう」


カッコいい感じでそう宣言して立ち上がるグレイスではあるが、口にしている内容は従姉を男に取られたくないという子供じみた独占欲である。微笑ましいといえば微笑ましいが、過去ルブラン邸で繰り広げられたミレーユ・ブランシュ争奪戦改め『彼女に一番好かれているのは自分だ』選手権を伝え聞いているギイとしては傍観してばかりもいられない。

なにせ、彼は『ギイ・ルブラン』―――――ルブラン家の養子にしてグレイス・ルブランの婚約者であり、そして彼女が敬愛しているミレーユ・ブランシュの親戚になることが既に決まっている身なので。


「かしこまりました、レディ・ルブラン。未来の御身内の幸せのため、尽力させていただきます」


未来じゃなくて既に身内じゃない、と呆れたように呟いて、快活な笑顔を浮かべたグレイスは意気揚々と一歩を踏み出す。そんな彼女の頼もしい背中に影が如く添うように、ギイは穏やかな表情でカフェテリアの面々に背を向けた。

くだらない噂も悪意の類も彼女にとっては些末なことで、そんなことに振り回されている時間は一秒でも惜しむ人だ。それでもギイを伴ってこんな公衆の面前で見世物のように振舞って雑談に興じてみせたのは、きっと『身内』になった彼を慮ってのことだろう。


―――――実際は違うかもだけれど。


本当のところは分からないけれど、そう思いたかったという理由でギイはそう思うことにした。だから、グレイスが大好きな従姉とその婚約者の逢瀬の邪魔を、快く手伝うがために彼は彼女の背中を追う。


「………ギイはルブラン家でつらい目に遭っているわけじゃなかったんだなぁ」


良かった、と小さくこぼしたポールのささやかな安堵の声は、誰が悪いかを擦り付け合うお喋り女子の醜い争いに成す術なく掻き消されたけれど。

今日のところは実兄以外概ね平和に過ごせそうなのでまぁいいか、で済ませることにした。


お付き合いありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 一番の加害者ではなく、被害者は誰?の方が、話は盛り上がりやすいと思いますけど、いかがでしょうか? 姦しい淑女(笑)のお姉様方?
[一言] 作者様 さらっと読めました。 1話あたりの文字数がいつものように?と期待(恐怖?)していましたが、あっさり風味で、これはこれでありですね。 ザックリまとめると、姉を取られたくないシスコン(…
[良い点] お姉ちゃん大好きっ子がお姉ちゃんを盗られまいと頑張っているのは微笑ましいですね。 最終的にほっこりするオチでほのぼのしました。 [気になる点] >婚約すれば大人しくなるなら野放しのままより…
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