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47 賊軍討伐

「さて、どこへ行こうか?」

 昇る朝日を眺めながら、赤兎に声をかける。隣で鼻を鳴らす赤兎は、「知らん」とでも言いたげだ。


 涼州を出た呂布一行は、郿城脱出時の縁と馬騰の口添えもあって、北の匈奴の領内を東へ移動していた。道は荒く、その速度は遅い。しかし人数が少なく餞別に貰った食料は豊富にあるため、異民族と恐れられる匈奴の領内とは思えないような、平穏な旅路である。


「殿、高順殿が戻られましたよ」

「『殿』は勘弁してくれ」

 馬上で歯を見せて笑う曹性。

 候成こうせいのような元徐栄(じょえい)騎馬隊の面々など新しい部下達は、大将である呂布のことを「殿」と呼んだ。それを面白がって真似ているのだ。その証拠に、『殿』相手に馬から降りもしない。

「若、戻りました」

 追って現れた副官は、相変わらずの『若』呼ばわりだが近くで停まると馬から降りた。それに合わせて、曹性も下馬する。

「ご苦労さん。で、長安はどうだった?」

「残党軍が完全に優勢です。今頃はもう、陥落しているかと」

 残党軍――元董卓配下、李傕りかく郭汜かくしの率いる洛陽方面軍のことだ。呂布達「元董卓軍」は、これを元董卓軍とは呼ばない。主犯格の牛輔ぎゅうほが既に討たれているとはいえ、その手先となって徐栄を闇討ちにした連中である。特に張遼・曹性の両名は短期間とはいえ直接下に付いており、闇討ちの際も現場にいたのだ。許せるわけが無い。兵力さえあれば攻め上がりたいところを、こらえているのだ。我慢のし過ぎか、このところ張遼は口数が極端に減っていた。

「長安、荒れるだろうな」

 嫌な記憶が焼きついた都ではあるが、同時に董卓の支配の下、美しく繁栄していた自由な都でもあった。残念な思いもある。

「食堂のおばちゃん、大丈夫かなあ…」




 食堂の安否はともかく、長安を襲った災禍は予想以上だった。

 董卓も持て余し気味だった荒くれ集団である残党軍には、「都を治める」という頭が無かったのだ。長安を占領した残党軍は王允おういん以下官僚の大多数を殺害、財産を略奪した彼らがその狙いを民間人に向けるまでに、さほど時間はかからなかった。都は瞬く間に荒廃、民は飢え、血が染み付き、病が流行り、数年の後には「親が子を食う」とまで言われるようになってしまうのである。



 一方で都の動乱は、各地へ影響を与えていた。

 反董卓連合の解散以降、互いの領土の奪い合いに終始していた諸勢力が、絶対的暴君の退場を契機に再び天下を狙い動き始めたのである。同時に、官軍の消えた今、現状の領主に不満のある民衆・元賊軍などは、ここぞとばかりに各地で反乱を起こし始めていた。


 中でも動きがあったのは、華北。董卓の仲裁により停戦していた、袁紹えんしょう公孫瓉こうそんさんである。

 界橋《界橋》において直接の戦いに敗れた公孫瓉は、停戦中、国力増強のため幽州ゆうしゅう北部で領地を隣接する皇族・劉虞りゅうぐの領土を狙っていた。また袁紹に対しては、その領内、冀州きしゅう南東・平原へいげんに友軍である劉備を派遣し、間接的にこれを奪うことに成功。挟撃態勢を整えつつあった。

 対して袁紹は、領内に残る賊軍の討伐を曹操に任せ、自身は東の青州せいしゅうに集まる黄巾の残党軍数十万をどうにか手に入れようと、自軍の半数以上を率いて威圧、降伏に持ち込もうとしていた。


 ここに『董卓暗殺』の報が舞い込んだのである。停戦の失効に備え、公孫瓉は急ぎ劉虞領へと進軍を開始、袁紹は青州から引き上げ、公孫瓉との開戦に備えるべく兵力を移動させていた。




 ――2ヶ月後。

 呂布達は匈奴領内をひたすらに東進し、丁原ていげん時代にいた并州へいしゅうの南隣、司州ししゅうに入っていた。国境から3、4日進めば川沿いの大街道があり、そこから南に行けば平陽へいようの町がある。前都・洛陽らくようがあり大街道が集まる司州において、平陽は北の端にあるとはいえ街道沿いの町であり、住民は万を越えていた。ハズなのだが。


「…1000くらいはいる、か?」

 町民の数ではない。木々に身を隠した呂布の視界に映るのは、手や腰に物騒な刃を光らせた男達。不揃いの武装に野蛮な空気、どう見ても正規の軍ではない。黄巾崩れか敗軍の逃走兵か、いわゆる『賊』の類である。町外れの木陰に騎馬を隠し、木々に身を潜めながら一回りして見て来たところ、半壊した平陽の町はどうやら賊に支配されているらしい。建物の多く残っている北側に賊が居座り、崩壊が酷い南側に住民が追いやられていた。

 ゆっくり進んでいたとはいえ、野営続きで貂蝉をはじめ兵ではない者達には疲労の色が見える。久しぶりに町で休ませてやりたかったのだが、そのためにはコレを片付ける他ないようだ。

「もっといるかもなあ…」

 平陽の町は周囲の壁が2、3mと低いが、それでも当然奥の建物やその中は見えない。正確な数が判らないのは嫌な感じだ。しかし、少し離れた空き集落を(勝手に)借りて寝床に決めた呂布一行は100人ほど、生活すれば煙も上がり、気配は隠せない。そして気付かれてしまえばまず間違いなく襲われるだろう。

「…どうする、やるか?」

 茂みの中を静かに寄ってきた張遼の短い問いに、呂布は頷いた。ここは先手必勝、夜を待たずに動く。共に斥候に出たのは自分を入れて10人、内1人は援軍を呼びに戻らせ、9人。張遼以下、かの最強騎馬隊の精鋭である。仕掛けるには十分だ。呂布は小さな手招きで残りの7人を集めた。

「オレが櫓の見張りを射る。その間に根元に近付き侵入、行けるとこまで行くぞ。鳴り物は無いから声が頼りだ、突っ込み過ぎるなよ?」

 無言で頷き返すと、部下達は2人1組でそれぞれ距離を取った。思わず顔がにやける。さすが、動きがいい。呂布はその場で弓を引いた。茂みの向こう、木の葉の陰の奥、小さな人影。やる気が無いのか、こちらに背を向けてしゃがみこんでいる。軋む剛弓を目一杯引き絞り、狙いを定めた。夏の強い日差しに照らされた木々が風に揺れ、光が踊る。そして、止まった瞬間。

 聞き慣れない鈍い音と振動を残して、見張りの賊兵は吹き飛んだ。落下した音に気付いた者は振り向き、その内2、3人が櫓の下に近付く。櫓の上は無人。一人だけだったか。呂布は頭上の枝に弓矢をかけると、体勢を下げたまま駆け出した。


 張遼達は既に櫓付近の外壁に張り付き、呼吸を合わせている。門にあたる壁の切れ目に扉は無く、一人だけの番兵は内側の物音に釣られて背を向けていた。張遼が動く。壁から躍り出て勢いよく踏み込み抜いた刀で流れるように突きを放つと一撃で見張りを仕留め、同時にその横を通って3人が突入する。残る2組4人は左右の壁を手早く乗り越え、側面へ回る動きだ。呂布が追って町へと入った時には、櫓の下にいた賊兵は全て屍と化していた。

(声も上がらない、か)

 関心しながら隣を駆けぬけ、剣を抜き放つ。張遼達は散開し後に続く。正面の民家から一人、顔を覗かせた。目が合う。しまった弓持って来りゃよかった。

「何だてめェら!」

 大声を上げて剣を抜き、わざわざ出て来る賊兵。本気で踏み込み直線で向かう。剣を振り上げた賊を右から真横に斬り裂き、勢いそのまま屋内に突っ込んだ。すぐ真横にいた男を蹴飛ばし突き殺すと一瞥で左が無人なことを確認、奥の部屋へと進む。誰もいない。そのまま裏口を抜け、次の民家へ。両隣から喚き声が聞こえる。

「敵だァ!」

 叫びが上がり、すぐ途切れた。そこかしこから扉の開く音が聞こえ、野蛮な気配が湧き出す。さてここからだ。

「どこだぁ!?」

「ぶっ殺せ!」

「いねえぞ!隠れてやがんのか!?」

「家だ!家ん中を探せ!」

「ご名答」

 裏口前で叫ぶ男の胴を両断し、呂布は路地に出た。剣を振り回すには少々狭い路地の両側から視線が向けられる。

「てめェか!」

「いたぞ!こっちだ!」

 呂布は剣を引き、力を貯めて身体を縮めた。


 刺し貫いた賊兵の身体と一緒に通りに飛び出した呂布は、着地前に周囲を確認する。2、30、弓は無し。右足が地に着くと同時に剣を引き抜くとそのまま脚に力を込めて正面へ大きく踏み出し不運な賊を斬り上げる。血飛沫と共に宙に浮く賊の影から飛び出し次の獲物へ突進すると、左から横薙ぎに斬りつけその勢いで大きく半回転し背後を牽制、別の路地へと飛び跳ねた。路地に敵の姿は無い。集まりが遅いのは、所詮賊軍か。後を追って来た賊兵が放った突きを左手の手甲で外に流しながら踏み込むと、その手を開いて頭を掴み右の壁に叩きつける。家ごと揺れる衝撃。そのまま右手の剣を捨てて腰を掴み、賊の身体を通りへと投げ飛ばした。宙を舞い落下した賊の頭の潰れた無残な姿に、全員がおののく。賊が落とした刀を拾いながら、呂布は思った。賊にしても、まとめる者もいないのか?

(こりゃ援軍無しでもいけたかな)

 遠くでようやく、敵襲を告げる鐘が響き始めた。




「賊軍など、一息に揉み潰すぞ!」

 呂布たちが侵入したのとは逆の、平陽・南側入口。

 人の背丈ほどある長剣を高々と掲げ号令をかける巨躯の騎兵を先頭に、数十の騎兵と1000を越す歩兵が雄叫びを上げて進軍する。鮮やかな青の衣に鉄鎧を身に付けた長剣の将に対し、配下の兵たちは衣が白い。

「賊以外の者は町を出よ!我らは正義の軍、邪魔をするでない!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく住民には目もくれず突き進む一軍の、掲げた青い旗に翻るのは『袁』の一文字。

 領内の賊軍討伐に南方に派遣された袁紹軍の将、文醜ぶんしゅうの部隊である。


 天下の名門・袁家の誇る猛将、文醜。元は文丑ぶんちゅうという名であった。

 代々袁家に使える武門の家の彼は、若い頃はその武芸の才と家柄を鼻にかけ、むやみに威を誇る性質の悪い青年だった。それが主君である袁家の頭首、正義の人・袁紹と出会い、頂点を極めた家柄でありながら地位を一切気にかけず人と接するその人柄に感銘を受け、同時に己の矮小さを痛感、改心したのである。情けない自分を戒めるため名を「醜」と改めた彼は、主君の正義を貫く刃の如き勇将へと成長、今では袁軍の一翼を任されるようになっていた。


「この田舎町は并州制圧の景気付けだ!小悪党共を血祭りに上げよ!」

 ここから北の并州は、今は黒山賊と名乗る大規模な賊軍が占拠していた。文醜に与えられた任務は南方制圧だが、この正義の勇将は黒山賊の討伐をその手土産にするつもりだった。

 士気も高く、半壊した町の南部を駆け抜ける文醜隊。堂々と大通りを行くその姿は当然北部の賊軍に気付かれ、敵襲の銅鑼が平陽の町に響き渡る。その銅鑼の音すらも、悪を討たんとする文醜の意気を高揚させていた。




 鐘の響きも静まる中、どうしたわけか喚声は遠い。周囲の雑兵をあらかた片付けた呂布が路地から通りに出た、ところに剣閃が走る。刃がぶつかる音。

「…止めろよ」

「…どうせ止めるだろうが」

 ジト目で言った苦情をニヤリと返す張遼。止めなきゃ斬られるのかよ?と聞く気は失せた。敵の気配は完全に無い。

「皆、無事か!?」

 声を上げると、路地裏や家の門から残りの部下達が現れる。全部で7人、欠員は無し。軽く負傷している者もいるが、

「よし、ご苦労さん」

本当に、さすがである。呂布は笑った。

「さて、あっちが騒がしいワケだが…」

 敵は消え、喚声と剣戟が町の南から聞こえてくる、この状況。攻めて来た者がいるのは間違いない。

「この辺りは統治者不在のはず。討伐の軍勢ならいいが、賊同士の争いかも知れんぞ」

 張遼が冷静に指摘する。

「自分が行きます!」

 部下の1人が勢い良く手を挙げた。若い兵だ。張遼が選んだ以上、腕は確かなんだろうが、

「いや全員で行こう、どうせ近いし」

呂布は軽い調子で否定した。届く剣戟は大きく、だが数が減っている。この分だと、向こうから来るかもしれない。1人先行するのは危険だ。

成廉せいれん、気が逸りすぎだ。この距離で偵察に出ても、戻る頃には戦場がここに届いているかもしれんだろう?」

「ハッ!出過ぎました!勉強になります!」

 張遼が丁寧に説明するあたり、この成廉、期待の若手なのだろう。返事もいい。

「いやー、オレは好きだぞ、そういうやる気」

「ありがとうございます!」

「…いらんことを言うな。調子に乗る」

 褒めたら張遼に怒られてしまった。その張遼の視線が、通りの奥を射る。剣戟の音は雄叫びと進軍の響きに変わり、近付いて来ていた。これまた随分勢いが良さそうだが、さて、敵か味方か。

「皆、家の中へ」

 指示して剣を納める。つもりが、途中で拾った賊の刀は剣の鞘に入らなかった。呆れて首を振る張遼。仕方無しに抜き身の刀を右手に下げたままで、向かい来る集団を通りの中央で待ち受ける。少数の騎馬隊。その先頭は、明らかに将の風格を持った青い衣の大男だ。続く騎兵も揃いの防具である。賊ではなさそうだ。呂布は左手を挙げた。

「おおーい…」

「今一度言う!町の者であれば外に出よ!」

 馬蹄にかき消されて聞こえづらいが、「外に出ろ」と言ったか?呂布は張遼を見た。張遼は軽く首をかしげる。まあ、オレ達は『町の者』ではないな。呂布はもう一度声を上げた。

「オレ達は、賊を追っ払いに来た者だ!そちらはどこの軍勢だ!?」


 少し待つが、返事は無い。見る間に距離が縮まる。速度は落ちない。最悪に備え、力を巡らせる。顔が見える距離で青い衣の将と目が合った。鬼の形相。

「賊将!死すべし!」

「!?」

 今度はハッキリ聞こえた。騎馬隊は速度を緩めるどころか加速して突っ込んでくる。先頭の将がバカ長い剣を振りかぶった。

「賊じゃねえ!ちょっと話を」

「馬鹿避けろ!」

 張遼に引っ張られて左に避けた呂布に、異様な長剣が振り下ろされた。長大な刃が鋭く風を斬り裂く。呂布が迎撃に振り上げた賊の刀は、斬撃の前に砕け散った。



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