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28 対 関・張

 関羽、雲長。コイツが。

 心身煮え滾る中、僅かに残る冷静さをかき集めて呂布は華雄を討ったヒゲ長男を見据えた。

 張飛への一撃に割って入った腕力。その後の薙ぎ払いに対し、無理に馬上で受け止めるのではなく馬の背を捨て、難無く着地した判断。見掛け倒しの雑魚ではない。大刀を構えたその姿は、太く確かな戦意と達人の気配を纏っている。兄だから、というわけではないが、先程まで戦っていた張飛より上か。もっとも、あの華雄を討ったというのだ。張飛程度では困る。

 関羽の強さを推し測ることで、怒りに散っていた集中力が頭の芯に戻って来た。視界が鮮明になる。一息で届く距離だ。中心を、刺し貫く。

「いくぞ」

 呂布は地面を蹴った。

 地と足の接点から真っ直ぐ伸びるように猛進する突きが、目に霞むほどの速度で関羽の胸元へ撃ち出される。関羽はそれを両手で握った大刀ですくい上げるように打ち上げた。巻き上がる砂埃の中、凄まじい衝撃と共に突きの軌道が逸れる。が、構わず突き切ると即座に引き戻し、2段目。足で地面を噛み、身体ごと捻る。砂塵を撃ち抜く豪槍は今度は上からの衝撃で下に逸らされた。それも突き切り、引き抜くと、正面の気配が離れる。呂布は正面を睨んだ。砂煙が晴れる。


 一歩跳び退いた関羽は大刀を右手に構え直すと膝を曲げ、踏み込む体勢をとった。構えにも呼吸にも一分の乱れもないが、左肩と右太腿は浅く切り裂かれている。

 先手を取らねばならない。

 打ち払った突きが、身体を掠めた。大人一人を軽々と吹き飛ばす事のできるこの腕力をもって、軌道を逸らし切れなかったのだ。尋常ならざる重さと速度。あれを受け続ければ、いずれ間違いなく負ける。

 ただ力に頼って暴れる張飛と違い、同等の腕力を持ちながらも常日頃から己を鍛える事に余念の無い関羽は、この劣勢にも冷静であった。そして即座に判断を下す。

 勝機は攻撃にあり。こちらの、刀の間合いに持ち込むため、砂煙が晴れると同時に、踏み込む。


 猛牛のごとき突進からの関羽の斬撃に、呂布は右手一本で握った戟剣を思い切り叩きつけた。鉄の爆音と共に双方の得物が弾ける。そこから始まる空気が振動するほどの打ち合いを、張飛は歯噛みをして眺めていた。

 義兄・関羽は強い。その攻撃は厳しく激しく、それでいて態度は泰然自若。そこに隙というものは無い。実際、張飛は何度やっても勝てなかった。だから義弟になったと言ってもいい。しかし今、目の前で呂布と打ち合う義兄の顔には、余裕が見えなかった。表情自体は変わらないが、目の色が、この僅か10合足らずで流れる汗が、物語る。

 張飛は右手の槍を握り締めた。腕が張り、半分ほどしか力が入らない。それでも奥歯を食いしばり、構える。圧倒的な力に対する怒り、一方的に打ち込まれた屈辱、自らの不甲斐なさに対する憤懣。それら全てを力に換えて、張飛は今一度呂布へと駆け出した。


 関羽の斬撃は重く豪快でありながらどこか丁寧で、呂布はその大刀の手応えに華雄を思い出していた。

(なかなか凄い奴に殺られたもんだな、華雄の叔父貴)

 防ぎにくい場所、返しにくい角度を的確に狙うその攻撃は、反撃の隙を与えない。一撃毎に腕に響く威力にこの技量。そのどちらも、華雄を上回っているかもしれない。こんな猛者、そうはいない。数合守勢に回っていた呂布は、しかしハッキリと悟った。

(だが、叔父貴よりは弱い)

 見た目は髭がアレだが、まだ若いのだろう。落ち着いてはいるが余裕が無い。それはもちろん呂布の異常な武勇のせいでもあるのだが、呂布本人はそうは思わなかった。華雄は、劣勢でも常に余裕を持ち、こちらが嫌がる次の手を打ってきた。関羽には、それが無い。もしあるのなら、この数合で出していなければならなかった。

(それでは、勝てん)

 オレにも、華雄にも!

 至近距離からさらに一歩踏み込んでの呂布の一振りは、自らの胴に向かう関羽の大刀を迎撃するのではなく、一直線に関羽の首へと向かう。踏み込みを合わせた分、威力も速度もそれまでの比ではない。

 鈍い爆発音が響く。


 どうにか首元まで刀を上げて防いだ関羽は、大きく体勢を崩していた。

 一方呂布は、激突の反動を利用しその戟剣を大上段に振り上げている。

 そこから躊躇無く振り下ろされたその黒い刃は、


「ぅぉんどりゃああああああ!」

 

 獣じみた咆哮とともに弾き返された。

 今までに無い強烈な反動を握り潰し、呂布は打ち返した主を睨む。

 張飛。

 へばっていると思っていたがこの一撃、なかなか見事だ。その手の槍はこの激突で穂が折れ飛んでいたが、構わず棒を構えてこちらを睨みつけている。いい根性だ。

 そして関羽。

 先の攻防、初撃は防ぎきれずに首に裂傷ができ、二撃目は張飛が来なければ終わっていた。にもかかわらず、その堂々たる構え、気迫に満ちた眼光。動揺などなく、勝機を見定めている。尋常な胆力じゃない。

 どっちも、やる気だ。

 優勢だったとは言え、一つ間違えば一撃で負ける、そういう相手である。それが、2対1。この窮地に、しかし呂布には今まで以上の余裕を感じていた。頭に血を上らせたままで勝てる状況ではない。だからこそ意識は冴え渡り、無駄の無い力が改めて全身を駆ける。

 いい準備運動だった。ここから、本気でいく。

 怒りを払い、強者と戦う喜びに染まりゆく呂布の脳裏には、師の姿が浮かんでいた。2対1で、自分と高順を相手に戦う、師の姿。あのとき得た感覚、それを生かす絶好の場面だ。

 

 呂布は左横の張飛に顔を向けると気迫を込めて睨みつけた。受けて張飛が身構える。瞬時の隙を見て正面の関羽が踏み込んで来る。


 ――師匠は、相手の次の動きを知っているかのように動いていた。あれがどういう技なのか、真実を知る術は無い。高順なら、あるいは何かを掴んでいるかもしれない。だが、自分にはとても真似できそうにない。できそうにないながらも自分なりに日々考え、実戦と修錬の中で閃いたことがある。


 呂布は顔を戻す前に腕に力を込めた。左から払い、右に弾く。そこから戻して、左。そう決めて、顔を正面にを戻すと同時に剣として構えた得物を動かし始める。関羽の動きは、左下からの斬り上げ。問題ない、返せる。見てから返すより一拍早く勢いに乗った呂布の戟剣は、先手を取った関羽の斬撃を全く遅れることなく弾き返した。その威力に関羽が半歩圧される。


 ――いくら師匠が超人的に強くても、本当に先が見えるわけがない。それでも先の動きを知るために、どうするか。


 そのまま繋げて右に振った戟剣を振りかぶりとして利用し、右から左に振り抜く。顔より何より先に身体と腕を動かし、左に旋回する。視界に入った張飛は突きの構えだが、遅い。関羽が攻撃を弾かれたのを見てから動いた者と、弾く前から動作に入っていた者の差だ。張飛はやむなく突きを中断して槍を立て、受ける。不十分な体制ではその強撃を抑え切れず、一歩押し出された。


 ――先の動きがわからないのは、相手が自由に動くからだ。


 左に得物を振り抜いた呂布は、刃を右側に移しつつ張飛の方へ半歩、距離を詰める。張飛は守りの構えを取ろうと、右足を退き、槍を斜めに構えようと動く。これで。


 ――ならば、自由を無くせばいい。こちらに都合のいい動きを、押し付けてやればいいのだ。


 呂布は距離を詰めると同時に関羽の方へ向き直った。これでどうだ!


 関羽は左上に大刀を振りかぶり、踏み込んで来ていた。

 そして、呂布はそれを知っていた。

 大刀を左上に弾かれ、一歩離れたところで張飛が危機に陥っている。当然、最短で踏み込みながら最速の斬撃を放つ。それしかない。上手くいくかは半信半疑だったが、そう仕向けたのだ。


 これが、呂布流に考えた、師の技に対する解であった。

 師匠のような『受け』の技術があればもっと別な形になるのだろうが、呂布には無い。代わりに、呂布にはその非常識な腕力があった。それをもって、相手の攻撃の種類に関わらず、弾きたい方へ弾き、押したい方へ押す。予め受け方を決めておけば、動作の先手も取れる。そうやって、相手の行動を自分の予想と一致させられれば。

 師匠の洗練された動きとは比べるべくも無いが、これがあの恐るべき戦い方への、最初の一歩である。呂布はそういう手応えを感じていた。


 そして、仕上げである。

 もっとも、あの関羽が踏み込みの勢いを乗せて放つ一撃である。知っていても防ぐには相当の力と気迫を要し、しかもそれで隙ができれば背後には張飛がいる。

 だが、この場合は。距離も角度も知っていた呂布が余裕を持って迎え撃つこの場合に限っては、その威力さえも望んでいたものだった。

 呂布の戟剣は関羽の斬撃を打ち返すのではなく、合わせるように下から弧を描いた。黒い刃が高速で描く半月は、猛然と振り下ろされる大刀の軌道を外に反らすと同時にその力を奪い、さらに重みを加えて加速する。

 師の、黄家武術の真髄、力の利用。呂布は苦手とするところだが、元の威力が尋常ではないためその半分も乗せられれば十二分、まして奪う前の斬撃自体も、呂布のそれである。その一振りはまさに必殺の一撃となって、瞬時に張飛のいた位置を振り抜けた。大気が裂かれる唸り声と共に、再び砂塵が舞い上がる。



 手応えは、無かった。


 砂埃が収まるまでの僅かな間、静かな時が流れる。

 誰も、動かなかった。

 やがて砂煙が晴れると、張飛の姿はそこにはなく、代わりに張飛がいたであろう空間に背を向けた、奇妙に腰を落とした姿勢の男が現れた。

「いや~、こりゃまたとんでもないなあ」

 頭の後ろで束ねた髪を長い尻尾のように垂らしたその男――劉備は、いかにも楽しそうな笑顔を呂布に向けて、明るい声でそう言った。


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