第四章 すれ違う心 (2)
「ねぇねぇ、きのう、どうだった?」
悦子の言葉に、あおいはやっぱりね、と思った。
「どうって別に、食事して帰ったわよ。」
「それだけ~?何か進展ないの~?」
悦子が残念そうに言う。
でも彼女は今日は、いつにもまして妙に明るい。
「進展って・・・私、こないだ谷口さんと別れたばっかりだよ。今すぐどうこうなんて考えてないもん。」
「ふ~ん。」
「それに、その事は近藤さんにもちゃんと伝えたし。」
「え~、そーなんだぁ・・・な~んか近藤さん、ちょっとかわいそう・・・」
悦子の言葉に胸が痛む。
やっぱそうだよね・・・
「やっぱもう会うの、やめようかな~。」
あおいは誰も人が通ってないのをいいことに、大きく伸びをした。
「ダメよ!そんなの。近藤さん、もっとかわいそうじゃん。」
悦子が妙に慌てている。
ダメよ、そんなの・・・こっちは散々三上さんから近藤さんがずっとあおいの事想ってたって聞かされてんだから・・・
悦子は思った。
「それよりさぁ、悦子、あんた三上さんと付き合ってんでしょ~?」
あおいは冷やかしながら言った。
「えっ、うん・・・まあ・・・」
悦子がポッと頬を染めてうつむく。その姿を少し意外だとあおいは思った。
「ふ~ん、そうか~。さすらいのハンターだった悦子も、とうとう一匹に獲物をしぼって、そしてゲットしたってことか~。」
悦子の姿が愛らしくって、あおいはわざとイジわるっぽくいってやった。
「そーんな言い方しないでよ・・・彼と居ると、すごく落ち着くんだ・・・。
なんかすごく自然で居られるの・・・」
「悦子も大人になったねぇ・・・」
あおいはわざとオバサン口調で涙をぬぐうフリをした。
でも、そんな言葉が口をついて出る彼女を、羨ましいとも思った。
よかったね、悦子。
「Kビル、ここか・・・」
隼人は柱の影からそっと中の様子をうかがった。
ほんとに居るのかな・・・そう思って見ていると、それは、確かにあおいだった。
何か物を尋ねる人にさわやかな笑顔を浮かべて対応している。
隼人はそれを見て、ドキリとした。
あやまんなきゃな・・・
隼人はあの夜の事を、自分のやってしまった行為自体を、ずっと後悔していた。
とりあえずあやまって、自分の自己嫌悪と罪悪感にケリをつけたかった。
何度も電話をかけようとも思った。でも、あの勢いじゃ、絶対話を聞いてはくれまいと思った。だけどどうしても、この言いようのない自分の落ち込みを、何とかしたかった。
早く、誰かを傷付けてしまったという自分の罪から、解放されたかった。
だから今日、思い切って来てみたのだった。
「あ~五時半か・・・」
悦子が時計を見ている。
「いいよ、もう上がっちゃって。どうせ今日、デートなんでしょ?後は私がやっとくから。」
「そう?悪いわね・・・。じゃ、お言葉に甘えて、そうしちゃおっかな~。」
はずむような声で言う悦子は、とっても嬉しそうだ。
「じゃ、おつかれ~。」
「うん。おつかれ。」
あおいが片付けを終えて出てくるのを、隼人はずっと待っていた。
彼女が出てきた。薄いブルーの品のいい形のワンピースを着ている。
何か緊張するな・・・
あおいという名の女性は、今日も綺麗だ。でも、気の強さも相当だ。
あおいが、自分が待っていたのと別の方に歩き出したので、隼人は慌てて追いかけた。
「あ、あの・・・ちょっとっ・・・」
なんて切り出していいか解らず、隼人は追いかけながら声を掛ける。
でも、その声は街の雑踏にかき消されてしまう。
「ちょっと、あおいさん。」
隼人はあおいの腕をつかまえてそう言った。
彼女はビックリした様に振り向いた。
「えっ?」
じっと見ている。
「あの・・・俺・・・」
「ヤーッ!!!何であんたがここに居るのよ?!」
彼女はやっぱり怒っている。
当然だよな・・・
「あのさ、俺今日は・・」
「私、あなたと話すこと、もう何もないですから!失礼します!!」
あおいは焦った。
何でこの人が呼び止めるの?また私に何か言うつもり?
もう嫌よ!これ以上、傷付けられたくない。それにコイツ・・・許せない!!
あおいはとにかくこの場から、早く立ち去りたかった。
「ちょっと待ってって!」
隼人が声を荒げた。
「何よ!あんたみたいな人と、もう関わりたくないんだから!!ほっといてよ!」
つかまれた腕を振り払いながらあおいは言った。
また傷付けられると思うと怖くて、その前に一方的に強く出てしまった
あおいだった。でもこんな時、ほんとは自分て気が強いのか弱いのか、自分でも解らないなとあおいは思った。
「今日は謝りに来たんだから・・・ちょっと話聞いてくれよ。」
隼人は出来る限り穏やかな口調でそう言った。
「謝るって、あなたが?」
あおいの動きが止まった。
「うん。とにかく晩飯まだでしょ?俺、ご馳走するから一緒に食おうよ。」
あの夜の隼人の顔だった。優しく、穏やかな表情を浮かべている。
この間の冷たい態度は微塵も感じられない。
あおいは少し躊躇したが何となく断れなかった。
自分につらく当たった人間に優しくされると、嬉しくなってしまう。
さんざん人に傷つけられたあおいだから、和解できる人とはそうしたかった。
人に嫌われる事が、何より怖かったから。何より傷つく事だったから。
そしてその傷は、傷つけられた本人にしか、癒して貰えないものだから・・・
「割り勘だったら、いいよ・・・」
そう言った。
「ほんと?じゃあ、行こうよ。」
隼人の顔がパッと明るくなった。




