第四章 すれ違う心 (1)
あおいはあまりに心が重かったので、カノンに電話して会う約束を取り付けた。
一連の出来事を、全てカノンに話して聞かせた。
「ふーん。」
カノンは何やら考え込んでいる。
「ひどい話ね・・・。でも、何でそんな急に豹変しちゃったかね。その男も。」
「うん、解んない。バチが当たったのかも・・・谷口さんの事、傷付けちゃったから。
私って昔っからそうじゃん。人になんかやっちゃうと、全部ダイレクトに自分に返って来る。」
あおいは軽く微笑んだ。
「ま~ね~。それが人生の縮図って、ヤツですか?」
カノンがわざと明るく言った。
私はいつも、この明るさに救われてきたんだ・・・私という人間を理解して、側にいてくれるこの友に。
「サンキューカノン!こんな私の友達で居てくれて。」
「またそんな事言う~。あおいは本当にいいヤツじゃん。心根は優しいし。
あたしはあんたのイイとこいっぱい知ってんだから、そんなあんたの事何も知らないヤツに言われた事なんか、気にするな~!そんな男、あたしがぶっ飛ばしてくれる~!!」
そう言ってくれたカノンを、本当に大切だと、あおいは思っていた。
カノンの温かさに、今更ながらに深く感動しながら。
いつも私に元気をくれる、このかけがえのない親友・・・。
「あおい~、今日って何か予定入ってるぅ?」
意味ありげな笑みを浮かべて悦子が言ってきた。
「べっ別に何も無いよ・・・」
引きつった笑みを返す。
「ほんと?よし!やったー!!今日さ、三上さんと近藤さんと4人で食事しようよ。お誘い掛かってるんだ。
ね、いいでしょ?」
すでに断れない位の勢いだ。
あおいは近藤の事を思い出した。
あの、安心感のある柔らかい口調・・・隼人に傷つけられたあおいは、何となくあの柔らかい口調が恋しくなった。
「いいよ。」
「OK~!決まりね。じゃあ私、連絡とっとく。あ~お化粧気合入れなくちゃ!」
私ズルイかな・・・結婚とか考えられないくせに、自分の落ち込みを何とかしたいだけで相手に気を持たせるようなことするの・・・あおいは思った。
仕事が終わり、待ち合わせ場所へ行ってみるとなんて事は無い、悦子は三上と二人で食事に行くと言い出した。
あおい意外はみんな知っていたらしい。
「じゃ、そういう事で、あおい、あとよろしくね!」
悦子と三上は行ってしまった。二人はかなり親密な感じだ。
あおいは二人を唖然と見送っていた。
「っていう事なんだけど、俺と二人で食事するの、やっぱ・・・嫌かな?」
近藤はうつむきながら照れくさそうに言った。
不器用な人なんだな・・・とあおいは思った。そして、何だかすごく微笑ましい気持ちになった。
「いいですよ。一緒に行きましょう。」
そう言って微笑むあおいの姿に、またしても近藤は心を奪われた。
ずっとずっと見て居たのだ。もう、随分前から。しかし、あおいには彼が居た。
スラリと背の高い、スマートな印象の男。自分なんかと違って気の利くセリフをスラスラと言えてしまいそうな、自信に満ちたその男。
一緒に居るところを何度か目撃した事がある。
あおいはとても幸せそうに、はにかんでいた。
自分の出る幕なんかないか・・・そう、あきらめかけていた時、あおいが別れたらしいと三上に聞いたのだ。
俺だって別にモテない訳じゃない。俺の経歴に、女は寄ってくる。
来るもの拒まずで付き合ったりもしたけど、俺が気になっていたのはいつもこの人だった。気になって気になって・・・あの笑顔に魅せられて・・・
そしてようやく、チャンスが廻って来たんだ。
二人は小洒落た雰囲気の居酒屋に来ていた。
「ごめんね、こんな所しか知らなくて。」
あえてこういう場所を選んだ近藤だったが、それを隠してはにかんで見せた。
あんな気の利いたような男と付き合っていたあおいを落とすには、全然違った路線で責める方がいいだろうと近藤は思っていた。
「いいえ、こういう雰囲気の方が、かえって落ち着いたりするよね。」
あおいはそう言っている。反応は上々だ・・・近藤は思った。
「とりあえず、ビール?」
「あ、私飲めないんでウーロン茶。」
彼女が笑う。
「えっ、飲めないの?ごめん、気がつかなかった。じゃあ、こんなとこに来ても意味なかったね。」
近藤はバツが悪そうだ。その姿にあおいは和んでしまう。
「いいえ、いいんですよ。私、こういうとこって嫌いじゃないし。それにこういうとこって食べ物おいしいでしょ?私は飲まないけど、友達ともよく行くんです、居酒屋。」
あおいの言葉に、近藤は感動していた。
なんて気の利くコなんだろう・・・こんな風に切り返してくるなんて・・・
一見冷たそうにも見えるけど、ほんとはすごく思いやりのあるコなんだな・・・。
やっぱ俺の見る目に、間違いはなかったな。
二人はいろいろな話をした。何の変哲もない、日常の会話だった。
それでも近藤は、あおいの気さくさに、彼女の見た目とのギャップに、何より彼女と一緒にいる事に舞い上がってクラクラしていた。
このコは受付なんかしてて一見とんでもないわがままで気位の高い女に見えるけど、本質は明るくてほんとにいい子なんだな・・・
しみじみとあおいを見つめ、近藤は恋をしている自分に酔っていた。
食事が終わり、二人は駅までの道のりを歩いていた。
街は行き交う人でまだまだ賑わっている。
「今日は本当に楽しかったよ。」
近藤はあおいを見つめた。
「私こそ。すっかりご馳走になっちゃって・・・すいません。」
「また、誘っても・・・いいかな?」
彼のその口調に、一瞬あおいは躊躇した。彼が自分に気があることは十分に解った。だけど今のあおいは、谷口と別れたばかりという事もあって誰かと付き合うとか、そういう事はあまり考えたくなかった。
確かに谷口と別れ、寂しい気持ちは十分ある。それにこの間の隼人との一件・・・あれがあったから、今日は来たようなものだ。
だけど、今は答えを急がずに、友達としてからお互いをじっくり知り合いその上で考えたい、その方が気が楽だし・・・それがあおいの本音だった。
それに、この歳で結婚を考えたくない自分が、誰かと付き合ったりしてはいけないという思いも確かにあった。
「近藤さん、私、ハッキリ言っちゃうけどこの間彼と別れたばかりなんだ。
だから今は、特定の人作るとかあんまり思ってないの。だから友達としてならいくらでもご一緒させてもらうけど、そうじゃないのなら・・・」
「解った。いいよ、それで。」
近藤はあおいの言葉をさえぎって、明るく笑顔で言った。
でもその笑顔は少し寂しそうだとあおいは思った。
彼の気持ちを解ってるくせに、こんな事を言う自分はズルイな、とも思った。
だけど今は、とにかく時間が欲しい・・・自分の事を、人を本気で愛せない自分の事を、結婚に希望を持てない自分の事を、じっくり考えたかった。




