第六話 あとの結末
好奇心というものは向ける方向によって厄介なものですね。
私の生い立ちはごく普通のもので、サラリーマンの父と専業主婦の母との間に長女として生まれています。その後、妹と弟がひとり生まれています。小学校、中学校、高校と無事過ごし、その後、高校で付き合っていた彼氏と結婚しまして、専業主婦として五年が経ちました。平凡ですが幸せな日々です。子供もがいないのはちょっと残念ですが、そのうち、授かるものと気長に過ごしていました。私たち夫婦の生活は楽ではありませんが、もっと苦労なさっている方もいますし。ただそうは言っても平凡でいささか退屈な気がします。でも、贅沢は言っていられませんし、家事をこなしながらドラマなど見てそれなりに楽しんでいました。そんな私の日常ではありますが、それなりに嬉しいときもあるものです。今日のお客様はそんな気分にさせていました。
実は低血圧で朝は調子悪いのですが、太陽が昇るとともに回復し、掃除、洗濯など家事全般をこなし終えて、後は旦那の帰りを待つばかりでした。そんなときお客様が訪れました。そのお客様と話して、きっと明日は気分よく目覚めるだろうと思いました。思いがけないお客様に遭遇し、こんな気分になったのは久しぶりです。
思いがけないお客様が来たことを夫にどう話そうか、そんなことばかり考えていました。ささやかな夫婦の会話も大切ですし、私にとってそれが幸せです。お客様の話は夫も喜んでくれると思います。私は流し台で皿を洗いながら、お客さまと楽しい会話をしていました。お客様は終始陽気に語りながら、後ろでビール飲んでいらっしゃいます。
「いやぁ、うまい!どうです」
私は食器を洗う手を止めて、振り向くとお客様は、いつの間にか食器棚からコップを取り出していて、ビールを注いでいました。
「私はいいです」
「そう言わず、なんか自分だけ、飲んでるのもいやだから」
「そうですか」
私は少しだけビールを飲みました。
「もっと飲んでくださいよ。ぱあっーと!」
私は普段おとなしいですが、酒に弱く、飲むと妙にテンションが上がってきます。乗せられてコップ一杯飲んでしまいました。
「いやー最高!」
私は喜んで言いました。
「いやー、奥さん、飲みっぷりがいいですね。いやー、実に旦那さんが羨ましい」
「いや、つい楽しくて」
「だれでもそれは同じ、一人が喜べばみんなにそれが伝わる。私もうれしい!」
「そんないい人間ではありませんよー!」
「その謙虚で陽気なところがまたいい。私も早く奥さんのようなお嫁さんをもらいたいですね」
「あら、独身でいらっしゃいますかー。てっきり結婚していると思いました」
「いやいや、残念ながら」
「刑事さんならいい人も見つかりますって!」
褒められているような言葉に私の心は躍っています。
「私は刑事ではなくて、下っ端の警察官です。わはは!でも、その言葉はうれしいな。なんか奥さんが言うと実現しそうで……おっ!こんな時間か?そろそろお暇しなければ」
警官は腕時計を見て、立ち上がりテーブルに置いてあった帽子をかぶります。
「ええー。旦那、帰ってくるまで居てくださいよー!旦那も喜びますってー!」
酔っ払って呂律が回っているのだか、回っていないのだか、私はじゃれるように言いました。
「いえいえ、旦那さんによろしく言ってください。一応私も男でして、変にとられたら嫌ですし」
「そうですかー。じゃあー、また近く寄ったら寄ってくださいねー。面白い話聞かせてもらいました。すいませんねー、なんか守秘義務ってあるんでしょうに?」
「なあに、誰もわかりませんよ」
警察官は人懐っこい笑みは崩さないで玄関のドアへ向かいました。私はついでだからと、靴を履き終わった警察官に聞きました。
「ダイイングメッセージの名前はなんて書いてあったんですか?」
「しょうがないな、奥さん。最後に教えましょう。ダイイングメッセージに書かれていたのは、鈴木たかお、という名前です。いやー、楽しかったー。ありがとうございました」
「鈴木たかおさんという方でしたか、刑事さんとの名前に似てたようなー!お仕事頑張ってーくださぁい!」
私は身体がしびれてきて、うずくまりながら言いました。そんな私に警察官は笑みを浮かべて優しげに言います。
「奥さん、酒に弱いな。ちゃんと私の名前書いてくださいよ」
そうして、普通にドアを閉めて、出て行きました。
なんだか、私は意識が遠のいてきました。
酔っているのかわからないのですが、朦朧とした意識の中で、どうやら私もダイイングメッセージを書かなければならないようで……視線は周囲を泳ぎ、玄関の靴棚に置いてあるメモ帳とペンを見つけ……私は腕を伸ばしたかと思いますが……。




