第四話 ヨメキリダニ
やはりホラー?
山歩きは好きというものでもなくて、ただ毎日健康のために歩いている。私の住むA地区から山を登っていくと、いつも立ち止まって下界を見下ろす場所がある。それは山の中腹から舗装道路をはずれ、木々の間を伸びる細い道をしばらく歩き、ふいに視界が開ける山肌にある。そこから見える手前には木々が茂り、その先にはY地区が見える。昔の炭坑の面影は残ってはいなくて、東西に伸びる旧国道を挟むように建つ家々やお店はごく普通の地方の町そのものだ。
そのY地区へ何本かの山道で繋がっているという話を聞いて、行ってみたいという気持ちはあり、毎日行くうちに二本ほどそれらしき道を発見していて、それはいつか行こうと思っている。
前日の夜に雪が降り、普段歩きなれた山道も日々違うものだけど、雪が降ったせいで新鮮さを覚えて、ウキウキしながら歩いていた。雪はあまり降らない土地だけど、朝起きて障子を開けると外が雪景色に変わっているときがあり、今日はそんな日だった。といっても、雪国ではなくて、積もってもせいぜい一〇センチで、多少足元がスベるが苦にならなかった。
歩きなれた山道は薄く雪でコーティングされていて、その上に自分の足跡を付けて行く心地よさを感じていた。
その日は雪が降らないと気がつかなかった山に生息する獣の呼吸に触れられた。雪の上に動物たちの足跡が残っているのだ。普段は落ち葉やらで痕跡が消されている。イノシシ、タヌキ、イタチ、リスなどいるらしいとは聞いていたが、大小様々な大きさの足跡が山道の上を歩いたり、横切ったりと、それを発見するたびにどんな動物が通ったのかと興味をかきたてる。
ゆっくりと歩いていたのだけど、ふと唐突に人の足跡が現れた。ちょうどその時歩いていた場所は山の峰沿いのところで、山道は左右に緩やかな谷がある。奇妙に思いながら立ち止まり、視線で足跡を確認した。一瞬こんなところに道あったかなと思い、Y地区に抜ける道かもしれない、とうれしくなった。
右手の谷から歩いてきて、しばらく山道に沿って歩き、やがて左手に逸れている。左右の谷は切り立った深いものではないので、歩く気になれば歩ける。人が歩いて行ったとしても不思議はない。現に自分も歩いているのだから。時折猟師が獣を鉄砲で撃ちにくるので、その人たちかなと思いつつ何か釈然としない気持ちで、ふと足跡を辿った。
左手に逸れていく足跡を追いながら、ふと昔聞いた話を思い出していた。
それはもう亡くなったひょうきんなおじさんの話だった。そのおじさんは居候している家の叔母と親しく、よく叔母のところで茶を飲みに来ていた。いろいろ経験していて面白おかしく話すものだから、叔母はいつも笑っていた。幼かった私は挨拶するくらいだったが、どういった経緯だったか忘れてしまったが、そのおじさんに怖い話をされたことがあった。
その内容はヨメキリダニという場所が、A地区から山に入りY地区に抜けるところにあるらしいそうだ。どうも昔、A地区だったかY地区だったか定かではないが、仲の悪い嫁と姑がいて、毎晩姑は嫁をそこに連れて行ってイビっていたそうだ。その後、その嫁と姑がどうなったかは忘れてしまったが、子供心に行ってはいけないところがあるのだなと記憶に留めていて、白い息を吐きながら歩いている私は、急にそのことを思い出したのだ。
数年後、そのヨメキリダニを思い出して、そのおじさんもすでに亡くなっていたため、叔母に「そんな話したよね」と聞いたが覚えていなくて、そんなところがあるというのも聞いたことがないと言っていた。
でも、叔母は昔あった話をしてくれた。親戚の人がY地区の知人の家で夜、酒を飲み、夜遅くこの山を経由して、A地区へ帰ろうとしたらしい。その方が山を回り込んでY地区と繋がる広い道よりも早いのだ。
親戚の人は炭坑夫だけあって身体は頑強で、幽霊なども信じない性質だったらしく、しかも何度か酒を飲んでは山を歩いてY地区から帰ってきたというから、その日知人も心配はしたが無理には止めなかったそうだ。
ところが、その親戚の人は翌朝になってもA地区の自宅に帰ってこないので、家のものが心配して電話もない時代だったから、山を回ってY地区の家に出向いて確認に行った。そしたらそういう話なので、みんなで「山でなんかあったんだべ」とみんなで探したそうだ。ところがここを通ったんだろうという道を探したのだが見つからない。時間ばかりが過ぎていく。そうして探し回るうちにやっと発見されたのだが、呻き声らしきものを微かに聞いた人が道から外れて斜面を下ったところで見つけたらしい。その時、もう瀕死の状態でその後担がれて自宅に戻ったがすぐ亡くなったということだった。
そんな事を思い出しながら歩いていく。
ぼんやりと思った。
追跡しているものは靴跡ではなくて、実際見たことはないけど、草履で踏んだ後だと思った。
足元はゆっくりと傾斜していきます。戻ろうか、進むべきか、そんなことを思いながら谷の下へ降りようとしています。




