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訳ありメイドは、ヴァンパイア名家へ潜入する〈前編〉

訳ありメイドは、ヴァンパイア名家へ潜入する〈前編〉


「今日からこちらのお屋敷でお世話になるアネットです。よろしくお願いいたします」


子猫を思わせる柔らかそうな栗色の髪に、ぱっちりとしたエメラルドアイ。

肌の色は抜けるように白く、手足は細く、こんな華奢な体で屋敷勤めが務まるのだろうか…カール・ゴットハルトは少なからず不安を感じた。


「おまえは何歳だ? まだ子どもではないのか?」

「私、18歳です。もうちゃんと働けます」


(18歳だと‥‥? いいとこ15~16歳に見えるが……)

カールはその琥珀色の瞳でためつすがめつ、遠慮のない視線でアネットを値踏みするかのように眺める。

(まあ、大変な美少女には違いないが)


ゴットハルト家の決まりである、白襟のついた黒のフレアワンピースに真っ白なフリルのついたエプロンという、クラシカルなメイドの衣装に身を包んだアネットとかいう少女は、一歩間違うと子どものようにすら見える。


「あわわ……間違いなく18歳です! ちゃんと書類も出してます!」

「確かに出生証明書は確認しております、カールぼっちゃま」

「うむ‥‥まあ、そうでなければうちで働けるわけはないしな。セドリック、おまえがいうのなら間違いはないのだろう。ところでアネットとやら、我が一族のことはむろん知ったうえでの奉公なんだろうな」

「は、はい! もちろんです!」

「では、詳しいことはこのまま執事のセドリックに。ディナーのときに家族のものに紹介しよう」

「かしこまりました、カールぼっちゃま」

「もう当主になったんだからな、いいかげんぼっちゃまはないだろ、セドリック」

「失礼いたしました。カールさま」


少しクセのある漆黒の髪をオールバックになでつけたカールは、くるりと長い脚をターンさせてホールから立ち去っていった。


「さて、アネット」

「はい!」

「おまえのことは仲介をしてくれた商工会の会長から詳しいことは聞いている。ゴットハルト家のこともひととおり教わっているのだな?」

「はい」

「では改めて言うが、まずはこの屋敷内で見聞きしたことはどんなに些細なことでも他言無用であること。奉公しているあいだは基本的にひとりでの外出は禁止となる。外との交流は電話と手紙となるが、これもすべて把握されていると思うこと。まだ若く、遊びたい盛りのおまえに務まるかが少々心配だ。天涯孤独の身だと聞いているが?」

「は、はい、そこはほんとに大丈夫です。本当の父母はもうこの世にはいません。育ての父と母がいますが、どちらとも血のつながりはないので。ゴットハルトのような名家に住み込みで奉公できることを喜んでくれてます」

「そうか。家事はひととおり出来るんだな?」

「はい。そこはいまの父母から仕込まれました」

「ふむ。わかった。で、実の両親はもういないとのことだが、おまえ自身はハーフ……ミックスで間違いないのだな?」

「……はい。私の実の両親はどちらかが人間だったそうです。だから私はミックスです。ゴットハルトのみなさまみたいなヴァンパイアと人間の」



(よかった……ちゃんと雇ってもらえて)


ディナーの支度が始まるまでは荷物の整理などをしていいと言われ、あてがわれた自室にこもったアネットは安堵のため息をついた。

小さなスーツケースを開いて衣類や細々したものを引き出しやクローゼットにしまっていく。屋敷にはなんでも揃っていると聞いていたので、さして整理するものも多くはない。

最後に写真立てを取り出し、ベッドサイドのテーブルに置くと、中の写真に心の中で話かけた。


(エルゼママ、待っててね。もう少しだけがまんしてね)

人のよい笑みを浮かべる男女……そしてその中央で屈託なく微笑むのはまぎれもない自分。


(必ず、ゴットハルトの秘薬を持ち帰るから……!)



「ちっ、また薔薇のワインかよ」


食前酒のシェリーのあと、ロゼのような薔薇色のワインのデキャンタをサーブしたとたん、不満の声が出た。


「たまには生きのいい血のカクテルでも飲みたいぜ」

「フリード、下品な言い方をするんじゃない。アネット、かまわず注いでやれ」


フリードと呼ばれた青年はフンと鼻を鳴らしながら、ワインを注ぐアネットに目をやる。


「あ? 新顔か?」

「はい、今日からお勤めするアネットと申します」


ギラリ、とこちらを見やる眼差しの瞳は、カールのそれと同じ上質な琥珀のように輝く金色で、その肌は男性にしては青白く、クルクルと暴れん坊の癖毛の黒髪が、端正な容貌に愛嬌を添えている。


「なんだよ、じーっと見やがって。早くも俺さまの魅力にやられたか?」


ニヤリと口角を上げて笑うさまは、くやしいけれど飛びきりのいい男だ。

兄のカールも相当な美形だが、弟のほうはそこに若さゆえのやんちゃな外連味が相まって、独特の魅力を醸し出していた。


「フリード、あまりアネットをからかうんじゃない。彼女はうちの事情をすべて知ったうえで、メイドとして入ってくれたのだ」

「へえ……そうなんだ。そいつはキトクなヤツだな」

「アネット、こちらへ」


厨房に戻ろうとしたアネットをカールが呼び止める。


「今日からメイドで入ったアネットだ。みな、よろしく頼む。アネット、こちらが弟のフリードだ。家族といってもこの屋敷には私とフリードのふたりだけだから、そんなにおまえの手間をかけることはないだろう……ああ、そしてあらかじめ伝えておくが、アネットはヴァンパイアと人間のミックスだ」


ざわ……とダイニングにいる使用人たちがどよめいた。


「へえ……ハンパものってわけか」

「フリード」

「ふん、どうせ人間でもショボい奴とのミックスなんだろ」

「フリード」

「なんだ、早くも兄貴をたらし込んだのか? チョーシにのんなよ、このチビが」

「フリード、いい加減にしないか。このご時世、ヴァンパイア一族のところで働いてくれる奇特なやつがどれだけいるか。おまえ自身がそういったばかりではないか」

「ちっ」


カールにたしなめられ、小さく舌打ちするとフリードは、苦々しげになおもいいつのった。


「どんな親に育てられたのか知らねーけど、ゴットハルトの恩恵にあずかろうとか、玉の輿狙えとか言われてきたんだろ。これだから……」


バシャ。

不穏な空気になんとなく目を伏せていた、みなが一斉に視線を物音のしたほうに上げた。

さっきまで文句たらたらだった薔薇のワインを頭からかぶり、ピンク色のしずくをポタポタと垂らしながら呆然とするフリードがそこにいた。


「私のことはチビでもブスでもなんとでも言えばいい! でもうちの家族のことをこれ以上侮辱したら絶対に許さない!」


アネットが瞳の中に炎を宿しながら叫ぶ。

小柄な全身からもピンクの炎が燃え立つようだ。


「フリードさま、大丈夫ですか? アネット、なんてことを!」

セドリックが血相を変えて、アネットを叱責する。


「はあ……まあ、いい。今回のことはフリードにも非がある。アネットはあとで私の部屋に来なさい」

カールは深々とため息をついた。


中編に続く

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