第32話 毒見役の弟子志願
午後、検品札の整理をしていると、ノーラがまっすぐこちらを見て言った。
「私に、毒見役の仕事を教えてください」
思わず手を止める。
「簡単な仕事ではありませんよ」
「だからです。誰か一人に押しつける仕事のままなら、また同じことが起きる」
二十六歳の彼女は、年若い娘というより、現場で叱られ慣れた大人の顔をしていた。私は少し考え、それから塩と酢と苦草の小皿を机へ並べる。
「では最初の授業です」
ノーラが居住まいを正した。私は塩を摘まんで舌へ乗せる。
「毒見役は、最初に自分の体調を知ること。疲れている日は塩気すら鈍る」
「自分から、ですか」
「ええ。自分を守れない人は、食卓も守れません」
次に酢、最後に苦草。どこで酸が跳ね、どこで苦みが尾を引くかを言葉にさせる。ノーラは真面目に繰り返し、間違えるたびに素直に眉をしかめた。
しばらくしてヘレナが覗き込み、意外そうに言う。
「弟子を取るのですね」
「一人で全部見るのは、もう終わりにしたいので」
ノーラが顔を上げる。
「終わりにできるんですか」
「少しずつなら」
王宮で欲しかったのは、完璧な味覚より、こういう引き継ぎだったのかもしれない。守る技術が人から人へ渡れば、誰かが壊れるまで黙って耐えなくていい。
ノーラは苦草の皿を見つめ、覚悟を決めたように頷いた。
「続けます」
「では、明日も」
食卓を守る仕事に、やっと未来の形が見え始めていた。




