第20話 毎晩、同じ食卓で
事件の後始末には、それなりに時間がかかった。
サヴァラン商会は営業停止となり、港の納品経路は全面見直し。厨房ではヨナスがぶつぶつ文句を言いながらも、新しい封印棚を自慢して回るようになった。オーウェンは元気に復帰し、エマは罪を償う代わりに王都へ送られず、港の救護所で働き始めた。
私の仕事も変わった。
ただの毒見役ではない。食卓管理と港湾搬入監査の補佐。食べ物と帳簿の両方を見る、少し妙な役職だ。けれど今の私には、その妙さがちょうどよかった。
夕方、マルタがいつものように呼びに来る。
「伯爵様がお待ちです」
「はい、今行きます」
食堂へ向かう足取りは、王宮にいた頃よりずっと軽い。
長卓の端には、最初の頃にはなかった席が一つ、きちんと整えられている。私の席だ。
エイドリアンはすでに着いていて、今日の書類を閉じたところだった。
「遅い」
「五分です」
「体感では十分遅い」
そんな言い方をする人が、最初の頃は無愛想でしかなかったのだから面白い。
今夜の献立は、港で上がった白身魚の炭火焼き、香草を利かせた豆の温菜、それに薄いレモンのスープ。私はいつものように一通り確かめてから頷く。
「大丈夫です」
「なら食べよう」
ナイフとフォークの音が静かに重なる。
しばらくして、エイドリアンが言った。
「以前の話の続きだ」
「以前?」
「隣にいてほしい、と言った時の」
私は食事の手を止める。
彼は真っ直ぐこちらを見た。
「急がせるつもりはない。ただ、私は毎晩こうして同じ卓につく相手を、仕事だからではなく、君だから望んでいる」
胸が、驚くほど静かに熱くなる。
王都でなら、こんな告白を私は信じられなかっただろう。甘い言葉は、だいたい何かの前払いだったから。
でも今は違う。
この人は先に権限をくれて、選ぶ自由をくれて、食事を一緒に取ることを当たり前にしてくれた。その積み重ねの先にある言葉なら、受け取ってみたいと思える。
「私も」
少しだけ息を整える。
「毎晩、同じ食卓につきたいです」
エイドリアンの目が、珍しくはっきり柔らかくなった。
「それは承諾と受け取っていいのか」
「仮の、です」
「十分だ」
即答が早すぎて、思わず笑う。
「まだ条件があります」
「聞こう」
「食卓に毒を入れないこと」
「当然だ」
「隠し事をしないこと」
「努力する」
「あと、私の仕事を軽く見ないこと」
そこで彼は、わずかに口角を上げた。
「それだけは最初からしない」
窓の外では、夜の港へ灯りが一つずつともっていく。
私はスープ皿に映る揺れる光を見つめ、それから改めて顔を上げた。
王宮へは戻らない。
便利な盾にも戻らない。
これから先、食卓を見るのは義務だけではなく、自分で選んだ居場所を守るためだ。
銀の匙を置く。
「では伯爵様」
「何だ」
「明日も、夕食をご一緒します」
「約束だな」
「ええ」
今度は、誰のためでもない。
私自身の意思で、毎晩、同じ食卓で。




