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こんな世界で再出発なんて  作者: 作者の友人氏
第一章 絶滅群島·カスタロフ
6/12

第六話 魔術結界と敗北

 日が上る時刻になった。しかし、依然空は暗いまま。


 路地裏を抜け、大通りらしき場所にへと出たヴァイロフとペトナは二つの意味で迷っていた。

 

 一つは、何処へ行くべきか。

 無論、目的は一つ。夕凪とアーバの捜索と保護である。しかし、二人は現在行方不明。その為、何処から探すべきか迷っている。


 もう一つは、道に迷っている。

 長年この街で過ごしてきたヴァイロフとペトナは、酷く困惑している。何故なら、見覚えの無い道に見覚えの無い建物が視野に入るから。正確に言えば、現在二人は見当のつかない場所に居る。

 通り抜けられる建物に透けている看板、道の真ん中に一つだけあるドア。木箱は宙に浮き、マンホールの蓋は意味不明な言葉を喋る。

 

 夢の中のような世界に二人は翻弄され続け、ヴァイロフの苛立ちは頂点を迎える。

 

「だっあ!くっそ!何なんだよコレ!!」


「これ程の規模……恐らく………」


 怒り狂うヴァイロフを尻目に、ペトナは冷静にこの世界を分析を始めるべく、魔法で魔導書を生成し、広げる。

 彼女の幼いながらに鋭い視線が、魔導書の小さな文字を正確に捉え、神経を伝い脳に送る。

 

「成る程……つまりは――――」


 彼女の膨大な知識と豊富な経験がある一つの答えを導きだす。

 

「ヴァイロフ!解ったわ!この結界の弱点が!!」


 ペトナは、仰向けになって暗い空を見つめるヴァイロフの元に駆け寄り、おぞましい真実を明かす。

 

 聞き覚えのある名と魔術式が彼の脳内に流れ込む。




※※※

 



 午前7時 日の入り


 カスタロフ首都 スモスク


 曇天


 息が苦しくなるような重圧的な雰囲気が街全体に蔓延し、街行く人は、ある一つの出来事に関心を示す。


 それは国家の上層部も同じ。


 広い会議室には無数の人影が密集し、街よりも遥かに重い雰囲気が形成される。

 内訳は軍に警察、魔導管理局の職員。そして総統。

 国家の心臓部が一堂に会している。


 その先頭、正面に立つ軍上層部の老齢な男性が、若く恰幅の良い男性に先刻発生した事態を説明している。


 老齢男性の声は歳不相応に力強く、一切の衰えを見せない。魔法ではなく素の声である。


「先程アヴァノフ、ゴルベノノヴァ、メルググラード、ナグノレフにて大規模な魔術結界の展開が確認されました。結界内には侵入出来ず、通信も繋がりません。その為、結界内部の状況は何一つとして判明していません」


「………」


 長い沈黙、熟考の後、若く恰幅の良い男性の重い口が開く。彼の低い声は、広い会議室全体に響き、要人らの身体を震わす。


「わかった。偵察大隊をメルググラードとナグノレフに派遣。まずは、そこからだ」


 比較的近いメルググラードとナグノレフに部隊を展開し、状況を探らせる。攻略はその後。無闇に軍を投入し、事態を悪化は避けたい。

 彼はそう考えた。


 彼の判断を聴いて、老齢男性は先程と同じ声色で返答する。


「承知致しました。パフノフ総統。続きまして――――」


 終わりの見えない会議に、パフノフ総統は神妙な面持ちで臨み、的確に指示を下していく。

 

 会議の終了を告げる言葉が部屋に響いたのは、開始から4時間が経過してすぐだった。

 

 パフノフ総統は、黒服に身を包む無数の警護に囲まれながら部屋を後にする。


 外では既に人壁が築かれていた。世界中の記者が待ち構え、パフノフの一挙手一投足全てを事細かに観察し、紙や魔導具に記していく。


 彼には見慣れた光景だ。

 普段通りに歩き、屋外へと進む。

 曇り空が頭を覗かせると同時に、彼を囲う警護の内の一人、整った顔立ちの若い女がパフノフ総統に近付き、彼の耳元で誰にも聞かれぬよう囁く。

 

「総統。魔術保障機関経由からの通信です」


「………」


 女は沈黙するパフノフを見て小さく頷き、手に持っている小さな魔導具を彼の耳に装着する。


 魔導具からは、息を荒げる聞き馴染みの声が放たれる。


 懐かしい友の声。

 パフノフは、友からのとあるお願いを聞き入れ、一言で快諾する。

 通信を終えたパフノフは、出迎えの車に乗り込み、魔導具を耳から取り外す。彼は一時の懐かしさに身を委ねて、


「そうか……待っていろ。必ずや果たしてみせる………今度こそ」


 総統を乗せた車は、遥か東へと向かう。




※※※




 スモスク時間 同刻   

 

 極東要塞都市ゴルベノノヴァ


 かつて軍拡を続ける隣国·桜ノ神に対抗して造られた海軍要塞都市。 

 気候、立地共にカスタロフ最悪と称されたゴルベノノヴァの街は、文字通り壊滅した。


 結界内の街を焼き尽くす業火は海から絶えず吹き荒れる暴風に乗り、周囲の環境を無情にも地獄へと塗り替えていく。

 石造りの建造物と教会は辛うじて残ったが、それ以外のモノは灰に還るまで燃えた。

 

 そんな地上の地獄には、まだ生き残りが居た。


 全身が酷く爛れた全裸の子供。

 年齢も性別も判らない。


 (かのじょ)は、黒焦げになった何かを爛れた手で掬い上げ、同じく爛れた顔に擦り付ける。それでも飽き足らずに爛れた腕に腹、脚にも擦る。しかし、それらはほろほろと崩れて死の風に吹かれ散っていく。


 彼は散り行くそれらを、只ひたすらに眺める。追いかけることも、悲しがることもせずに只、眺める。


 それらが何だったのか彼は、知っていた。解っていた。理解していた。


 それは、ついさっきまで一緒に過ごしていた愛玩魔物。

 小さくて可愛らしいくて人懐っこい魔物。彼の愛したペット。愛し合った家族。

 彼の目の前で業火に呑まれ、呆気なく逝った家族。

 両親と兄と姉も彼の目の前で業火に呑まれ、風に散っていった。


 彼は、声も涙も出ない。

 出せない。

 声帯も喉も眼球も爛れた。

 彼は、瞬く間にも家族の元へと逝く事になる。

 

 一段と強い死の風が彼の背後から迫り来る。

 火焔を纏った暴風は、黒焦げの何かを拐っては吹き飛ばす。


 彼は、最期のその時まで無抵抗を貫いた。

 



 それを最初から最期まで見届けているのは、一人の好青年。


 純白の短髪に、極限まで細める目。

 漆黒のロングコートに身を包み、竹傘を差している。


「………」


 無言を貫く青年は、(かのじょ)を目の前で見送った。

 青年は助けることも、介錯もしなかった。

 只苦しむ彼を見た。


「………」


 青年は、業火に染まった空を見上げる。


「………」


 死の風が青年のコートを靡かせる。


「………」


 青年は、終始何もせずに傍観していた。

 人の、白エルフの、ペットの悲惨で凄惨な最期を見届けた。

 

 青年は、何も言わずに地獄と化したゴルベノノヴァから立ち去る。


 青年の次の目的地は、メルググラードだ。

 



※※※




 午前7時

 

 メルググラード北部地区


 ここは西部地区とは打って変わり、街そのものに異変は見られない。しかし、感染者の数が桁違い多い。それ故、建物の窓から身を出して落下する者も居れば、共食いをする者まで個性的な感染者も存在している。


 夕凪とアーバの二人は、噂でヴァンフ百貨店から感染者が溢れ出ていると聞き、対処に向かっている。

 

 道中、数百もの感染者と鉢合わせたものの誰一人と襲っては来なかった。その為、二人りも攻撃はせずに放置する事に決めた。感染者も元々は同じ人間。殺すことは最低限に留めておきたい。そう考えたのだ。


 そんな二人の前を、蒼い長髪の青年が立ち塞がる。


 青年は刀を握り締め、こちらを鋭い眼光で威嚇する。

 青年の放つ殺気は、骨の髄をも揺らす。

 

 青年の握る刀には微かに、朱色が残って見える。

 それが何なのか。夕凪とアーバは瞬時に察して戦闘か逃走かが頭を過る。


 刹那、二人の思考がその二つの選択肢に占拠される。

 

 その一瞬の隙を、青年は逃さない。


 強烈な踏み込みで瞬時に距離を詰め、攻勢に出る。


 無論、二人はそれに反応できなかった。


 気付けば敵は目と鼻の先。


「――――ッ!!」


 夕凪は内心驚きつつも、声には出さず即座に構える。

 アーバも若干の遅れを取りつつも、魔導書を開き魔法陣を展開する。


 選択権など二人には無かった。


 青年の突き刺すような視線は、夕凪の姿をしっかりと捉え、外さない。

 

 夕凪は威圧に負け、じりじりと後ろに下がる。下がるしかない。

 アーバは瞬時に青年の背後に回り込み、得意な水魔法の陣を展開し、鋭利な水の弾を五発放つ。

 

 しかし青年は、そんなことなど気にも留めない。

 既に、青年の勝利は揺るぎようの無いのだから。

 

 アーバの放った渾身の水弾は、青年の間合いに入る。


「――――ハッ!ウソだろ……」


 ――――はずだった。

 

 青年は、既に居なかった。


 アーバは、咄嗟に背後へと振り返る。


 青年は、居た。

 アーバの後ろ。

 握り拳一つ分の間合いに。


「――――え」

 

 アーバは、途端に崩れ落ちる。

 両膝から下の感覚が無い。

 

「アーバ!!」


 夕凪は、両足を切断され倒れ行くアーバを助けるべく脚に力を溜め込み、踏み出す。


 しかし、遅かった。


 青年は、再び夕凪の目と鼻の先に現れる。


 夕凪は、吸い寄せられるように青年と目が合う。

 青年の瞳は只ひたすらに虚ろを眺めている。


 夕凪は、それが怖かった。

 心の何処か深い場所で、恐れていた。

 あの瞳を。


「――――嗚呼。貴方でしたか」


 夕凪は、青年に呟く。


「………ああ」


 青年は、飛び掛かる姿勢の夕凪から距離を取り、彼女の腰辺りまで飛び上がる。

 すかさず繰り出されるのは、強烈な右回転の蹴り。

 青年の足背が、見事に夕凪の腰に突き刺さり、夕凪は勢い良く横方向に吹き飛ばされた。

 気付く間の無く夕凪は、白い石壁に叩き付けられ、地面に倒れ伏せる。

 夕凪には到底対処しきれないモノだった。


「うっ………はっ、うぐ………」


 夕凪は、辛うじて意識はあるものの全身が麻痺して動けない。


 青年の一撃は、夕凪の臓器を破裂させ、骨をも砕き、戦意を粉微塵に消し飛ばした。


「………」


 青年はゆっくりと、倒れ込み悶絶する夕凪に歩み寄る。その瞳には同情も憐れみも存在しない。あるのは一抹の興奮。


 青年は、決して女は殺しはしない。


 だからと言って傷付けない。とは限らない。

 青年は、目の前で踞り悶える女が大好物。

 今の夕凪の姿は、青年にとって何よりも替えがたい至福の卵。絶好のシチュエーション。

 青年の中で、徐々に興奮が膨れ上がる。


 その興奮が満たされる時は夕凪の死ではなく、痛みと絶望に歪む彼女の顔を瞳に焼き付ける時だ。

 青年は既に、夕凪の絶望に沈む顔が想像出来ている。


 後は実行に移すだけ。


 青年は何も言わずに切先を、酷く震える夕凪の真っ白な首筋にあてがう。

 

 ――――幸福

 ――――感激

 ――――感動


 青年は、夕凪の首筋から静かに流れ出る鮮血を、脳に焼き付ける。

 

「うぅ…………やめ、て……」


 夕凪は、微かな悲鳴を上げる。


 それは助けを乞うのではない。

 絶えず襲い来る恐怖と絶望から逃れるため。

 早くこの苦痛から解放されたいと言う逃げである。


 しかし、興奮の絶頂に達しつつある青年には、届かない。


 ――――もっと欲しい


 青年は、更なる興奮を求め、次は夕凪の歪んだ腹に狙いを定め、痛みに踞る彼女を仰向けにさせるべく、腹側に回り込む。


 その時だった。


「もう、ユキトたら何してるの?その娘はウチのだよ」


「あぁぁあ………」


 聞き覚えのある声が、更に夕凪を絶望へと誘う。

 派手なピンク髪をした淫魔·エクーネの声だった。


 エクーネは、相も変わらず悪趣味な耳飾りを弄い、地面に突っ伏す夕凪の前に立つ。


 ユキトと呼ばれた青年は、エクーネ後ろに下がり、無言のまま指示を待つ。


「あーそうだ。ユキト。そこに倒れてる子供君にトドメ、差しちゃって」


 エクーネは、空を眺めることしか出来なくなったアーバを指差す。


 アーバは、何も出来ずに敗北した悔しさと大切な仲間を痛め付けられているという事実に涙を流している。

 涙を流すしか出来ない。

 

「………御意……※#〒※」


 ユキトは、ぶつぶつと小声で呟き、抵抗を諦めたアーバの胸に刃を突き刺す。その刃には躊躇いなど無い。


「………」


 アーバの最期は、沈黙だった。


 ユキトは、若干の違和感を覚えつつも素早く刀をアーバから抜き、エクーネの元に戻り、再び指示を待つ。

    

「ねぇ、ユキト。ウチ、言ったよね?この娘、夕凪ちゃんは、ウチの獲物って。なんでこんなにしちゃうかなぁぁ!ねぇなぁんんでぇぇ!!」


 エクーネは、突拍子も無くユキトに怒りを露にし、暴れまわる。悪趣味な耳飾りがエクーネと共に大きく揺れ、夕凪の視界に嫌でも入る。


「………うっ!やめて、みせ、ないで……」


 夕凪は、拒絶する。

 頭を地面に押し付け、目を力一杯閉じる。

 血が滲むまで唇を噛み、震える。

 夕凪にとってあの歪んだ耳飾りは恐怖の象徴だ。


 エクーネは、そんな彼女の姿を見て顔全体に笑みが広がる。口角は限界つり上がり、瞳は愉悦に沈む。エクーネもまた、他人の苦しむ姿を見て喜びを覚えるタイプだった。しかし、ユキトとは違う。エクーネは、絶望の末に迎える死様にこそ真なる愉悦を感じるのだ。

 

 二人の情緒の不安定な狂人に囲まれた夕凪には、なす術など無い。

 ユキトに満足するまで蹂躙され、エクーネに惨たらしく殺される。


 夕凪は、抵抗を諦めた。


 エクーネは、勝ち誇った様に耳飾りを夕凪に見せびらかす。しかし、夕凪は顔を上げようとはしなかった。

 

「ねぇ、夕凪ちゃん!!コレ、見てよぉ。ほらほらぁぁ!」


「――――ッ!」


 エクーネは、容赦なく夕凪の薄汚れた白髪を鷲掴みにし、無理矢理彼女の顔を上げさせる。彼女の首筋から朱色の体液が勢い良く吹き出て、痛みに顔を歪める。そんな夕凪の無様な姿をエクーネは、更なる愉悦へと変える。

 

「フフッ!!夕凪ちゃんには今死なれたら困るんだよねぇ。だからさぁぁ。コレ!見てよぉ!!」


 エクーネは、耳飾りを耳から躊躇いなく引きちぎる。彼女の耳は大きく裂け、血がポタポタと垂れ落ち、彼女の肩を濡らす。


 それでも夕凪は、目を開けない。

 開けたくない。


「はぁぁあ。ユキト」


 エクーネの怒り混じりの一声にユキトは察し、頑なに目を開けない夕凪に制裁を加えるべく歩み寄る。ユキトの顔も愉悦に歪む。

 

「わかっ、た……から………」


 ユキトの圧に負けた夕凪は、左目を少しずつ開ける。

 その瞬間、エクーネの顔はあからさまに愉悦から怒りへと染まり、聞いたことの無い甲高い声で発狂する。あまりの発狂具合にユキトですら後退り、耳を塞ぐ。


「ねぇぇぇえ!!!ふざけんなよぉぉ!!!おまえさぁぁ!!こっちはさぁあ!!しってんのッ!!」


 夕凪の心は、この発狂を前にして崩れ去った。


「ははっ、解ってるじゃん!じゃあ始めよっか!!」


 エクーネは上機嫌に戻り、涙を流す夕凪に歪なピアスを見せ付けて、厳かに呪文を唱え始める。


「ふふふっ!隻眼の囚人を以て汝に問う。貴女の欲するモノはなにか(かなわないねがいは)?」


「………」


 その問を聞いた夕凪の意識は、漆黒の深淵へと沈んで行く。足掻いても沈むだけの深淵へと。


 夕凪達は独り悟った。

 もう、戻っては来れないと。

 もう、日の光を浴びることが出来ないと。

 もう一度、あの中に入らなければならないと。

 また駄目だったと。


 意識を完全に失った夕凪を見てエクーネは、彼女の髪を放す。

 

 ――――ガコッ!


 夕凪の頭は力無く顎から地面に落ち、下顎骨が鈍い音と共に砕け散る。


 ユキトは、ボロボロな夕凪の身体を手荒く抱き抱え、エクーネの指示を待つ。

 

 エクーネは無言のまま歩き出し、ユキトはそれを追う。


 その光景をアーバの瞳は、静かに捉えていた。

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