第四話 カスタロフ事変
カスタロフ·メルググラードの大聖堂
カスタロフの神·カミェータを信仰する宗教·救世の理が建築した聖堂。
派手なステンドグラスが、壁一面にはめ込まれ、幻想的な雰囲気を作り出す。
かの英雄、救世の魔術師、魔術の奇跡、神託を語る彗星。神カミェータの異名全てがステンドグラスに刻まれている。
真っ白で極太な魔鉱石で造られた柱には、神カミェータが扱ったとされる神器の数々が彫刻されている。
――――神託槍
――――黎明の鐘
――――万象の剣
――――新世界の弓矢
――――隻眼の囚人
それらはあくまで伝承に沿ったもの。必ずしも彫刻された通りではない。だが、事実はある。それは、神々を罰し誅する武器であること。
それ故、罪深き人々は力欲しさカミェータが遺した神器を求めて戦い殺し合った。
結果は、桜ノ神の下民が隻眼の囚人を手に入れただけとなった。その他の神器は行方不明となり、今も罪深き人々は、人生を賭けてそれらを手に入れようと惨めに足掻いている。
午前4時
この聖堂には現在、百近くの避難民でごった返している。
罵声と泣き声、我が子を呼ぶ母の声に全てを失った男の喚き声、それらを宥める神父の声。
耳に入る情報はそれだけ。
無意味かつ無駄に情を揺らすだけの汚声である。
そんな無駄な情報を聞かずに済む屋外に、夕凪とアーバの姿があった。
二人の背中は丸まり、不安と恐怖に震えている。しかし、同時に二人には闘気と熱意もある。
それは大切な仲間を傷付けた元凶を伐つ事に他ならない。だが解っている。二人の力では何もできないと。魔導軍や警察が対応すべき事案に、勝手に首を突っ込みより悪化させる事は、それこそテロリストの仲間入りだと。
夕凪とアーバは、そんな行き場の無い感情を震えに変える事しか出来なかった。
突如、そんな二人の元に助けを求める人が現れた。
「おっ、おい!助けてくれ!頼む!今、妻と子供が変なのに襲われているだ!俺じゃ、なにも出来なくて……頼む!金は幾らでも!」
30代の男。
服は開け、シワが全体に深く刻まれており、髪は見事なまでに乱れている。
彼は震える声で助けを求め、地に頭を擦り着ける。
彼の姿は、滑稽に思えると同時に勇ましくもあった。
「わかりました。どこです?」
夕凪は即決した。
彼女の口調は、決意に満ち溢れている。
「金は要りませんからね」
隣でアーバがそう付け加える。
「ありがとう、ありがとう……ありがとう」
男は、数える事すら面倒な程に感謝を述べる。
今の彼に出来ることは、それぐらいしかなかったのだから。
「こちらです!」
男は、二人の先頭に立ち、入り組む住宅街を突き進む。
住宅街からは無数の煙が立ち込め、街灯の悉くは役目を放棄し、街は暗闇に包まれている。しかし、静寂はそこには無く、聖堂と同じく汚声に溢れ返っている。だが、違う事もある。壁や道には夥しい血痕の数々。痛みに悶える声に助けを乞う声が木霊する。明らかに尋常じゃない何かが起きている。
「あ、ああ。ボルキフの家が……そんな」
男が涙ぐみ、情けない声を漏らす。
それでも歩みは止めなかった。
ボルキフの家。
それは家だったもの。
原型はなく、あるのは瓦礫だけ。
夕凪とアーバの鼻に、その原因が吸い込まれていく。
「火薬の臭い……爆破されたのか?」
「……」
夕凪は、沈黙を続ける。
「――――もうすぐ……です」
男は、泣いている。
妻と子供、親友が一夜にして旅立つ。そんな恐怖と絶望が現実味を帯びて、彼の心を蝕み、破壊しようと包み込む。
そんな彼は、見つけてしまった。
「つき…………あ、ドゥーニャ!!!」
男――父の前に倒れ伏せるのは、まだ年端も行かぬ愛娘。
「あああ、ウソだ、ウソ。ウソに決まってるウソだ!!!」
父は、愛娘ドゥーニャの元へ駆け寄る。
幸いか、ドゥーニャの胸は上下しているように見える。けれど、弱々しく今にも事切れそうだ。
身体の至る所が朱色に染まり、右足は引きちぎられ、白くか細い骨が頭を覗かせる。生きていることが奇跡に近い。そんな状態だ。
「ドゥーニャ……ドゥーニャ!!あああ、頼む。神様……神様。かぁみさまぁぁ!」
父は、愛娘を抱き上げ、不出来な回復魔法を使う。
彼は解っていた。
これが無意味な事だと。
これが無駄な事だと。
それでも足掻いて足掻いて足掻いて足掻く。
彼は、今出来る全てを出し尽くす。
けれど、まだ、妻がいる。
全てを出し尽くし、絶望に溺れるにはまだ早い。
しかし、彼の頭の中は、今目の前に居る娘の事で埋め尽くされた。
そんな父を嘲笑うように、彼の腕の中で愛娘は、何も言わずに動きを止めた。
「あああ、すまない、すまない。ドゥーニャ。許してくれ。俺は、俺は……ダメな父親だ。ああああ、あああああああ!!!」
暗闇に包まれるメルググラードに、父の慟哭が鳴り響く。
地を揺らす事も、天を落とす事も、獄を宥める事も出来ない一人の人間の慟哭。
だが、人の心を揺らす事は出来た。
骸を抱く父親を、夕凪とアーバは後方で静かに涙を流す。
「グ……#@〒※※#!!!」
突如、街の奧から形容し難い悲鳴のような泣き声のようなものが聞こえてくる。
だが確実に言えるのは、これは人の声でも白エルフの声でも無い。別の何かの声であるという事。
夕凪は、目元を伝う涙を右腕で擦りとり、魔法で短剣を造り出す。
アーバは、分厚い魔導書を取り出し、構える。
骸を抱く父親は、その場を動こうとしない。声も上げない。
彼は壊れてしまった。
そんな父親を気にしつつ、夕凪とアーバは、声の鳴った方へ構える。
だが、声の主は二人の予想を越えた場所から現れた。
月光が遮られ、影が出来る。
「――――ッ!空か!!」
声の主は煉瓦造りの家屋の屋根から、現れた。
それは、女の形をした何か。
完全に理性と知性を失い、暴走している。
「ま、まさか、感染者か!?」
アーバから聞いたことの無い、驚愕に染まった声が漏れる。
「か、感染者?えぇい、どうでもいい!!」
夕凪は、知らない言葉に戸惑うも、気を取り戻し短剣を握り締める。
「※〒#※※〒!!!」
感染者は、そんな構える二人には目も呉れず、依然動かない父親へと跳び上がる。
高い。
身体強化の魔法でも精々4mが限界。
だが、それは違った。
軽く7mは越える高さまで跳び上がる。
「ク、クソ!夕凪!!」
アーバの攻撃魔法は、高威力だが射程が極端に短い。7mは射程外だ。
「――――おりゃぁぁあ!!」
夕凪は、短剣を感染者に向けて投げ飛ばす。
弾丸が如く放たれた刃は、感染者の頚を正確に捉え、突き刺さる。
体勢を崩した感染者は、父親の隣に墜落する。
その衝撃で、父親は無気力に倒れ込む。
感染者と重なる様に。
「はぁ、はぁ。様子が、おかしい」
夕凪は緊張を強め、様子のおかしい父親の元へ歩み寄る。
「――――え」
父親は、事切れていた。
愛娘の腕に胸を貫かれて。
そして、愛娘の骸は動き出す。
「※#〒※###!!!」
あの感染者と同じ奇声を上げて。
「――――ッ!すまない!」
夕凪は、新たに生成した短剣を愛娘だったものの頭に突き立てる。
愛娘から血は出なかった。
変わりに出るのは、父と母を想う虚しい独り言。
「パパ………マ、マ。そっ、ち……いくね」
愛娘の骸は、再び動きを止めて愛する父と母だったものに倒れ伏せる。
夕凪は、その場に崩れ落ちる。
「………」
アーバは、その一部始終を只静かに眺めて
、割座のまま微動だにしない夕凪の元へゆっくりと歩み出す。
「ねぇ、感染者って……何?」
夕凪からの不意な質問にアーバは、極めて冷静に答えた。
「魔恐病の感染者。かつて、世界中に蔓延した病。既に根絶された筈の病だ」
「……そう、ありがと」
夕凪は、己が手に掛けた名も知らない家族から目を離さない。離そうとしない。
夕凪からは、悲哀も慈悲も憤怒も感じ取れない。
ただ無気力に座り込んでいる。
「戻ろうか」
アーバは言う。
「うん。そうだね。行こう。」
夕凪は、ゆっくりと立ち上がり、目の前にある三つの骸に別れを告げる。
骸は、互いを愛するように重なり、その場に眠る。理想の家族は、ここにあった。
「そうだ、これを」
アーバは、魔法で無色の花を一輪だけ造り出し、骸達の隣に捧げる。
花と骸は月光に照らせて、共に同じ色に染まる。
夕凪とアーバは、無言でその場を立ち去った。
※※※
同刻
ゴルコフ売店には、無数の人影がひしめき合っている。
聖堂と同じような状況に店主ゴルコフは、愚痴を漏らす。
「はぁあ。面倒なこった。こっちはペトナちゃんとテメェの世話で手一杯なのによ」
「すまんな、ゴルコフ。オレはもう大丈夫だ。ペトナ、お前さんは?」
ヴァイロフは、隣に座るペトナに問う。
「ええ。大丈夫よ。それよりも、夕凪様とアーバは?何処に居るの?」
「二人は大聖堂に行ったぞ。此処よりは遥かにマシだろう?」
ヴァイロフは、自身の腕にに巻かれた包帯を眺めながら答える。
「そ、そう。でも心配よ!」
「なんでだ?二人はオレよりもしっかりしてる。上手くやってるさ」
「そう言えばよぉ。お前さんらが言う夕凪とかアーバとかはどんな奴なんだよ?」
不意にゴルコフは、ヴァイロフに問う。
ヴァイロフは、親友であるゴルコフに正直に答える。
「そうだなぁ夕凪、夕凪明里は、魔法が殆ど使えない。これは出会ってすぐに解った。でも、オレよりもアレを感じやすい体質。これは使える!って思って仲間に引き入れた。案の定、事務所を見るだけで怯えていた。あれは予想外だったがな。それに可愛いからな、放っておくには勿体ないと思ったさ。
アーバは、良い奴だ。でも、常識とか人の心とかが無い。まぁ、すぐに直ったから良かったが、最初はまぁ酷かった。トウカならトウカなら、ってずっと言ってたからな。んで、トウカって誰だ?って聞いても答えない。だから諦めた」
ヴァイロフの答えにペトナは、異論を唱えなかった。
ゴルコフは、満足気に言う。
「そうか。ありがとな。にしても、夕凪明里。明里……どっかで聞いた事があるんだよなぁ。昔、明里って言うジジイに会った事があるんだよ。そん時に居たんだよ。白髪で茜色の瞳をした女の――――」
ゴルコフの語りを初老の女が遮る。
「大変だぁ!!!ゴルコフ、ちょっと来てくれ!!」
「なんだ?」
ゴルコフは不機嫌に答えて、女の話に渋々耳を傾ける。
お得意なお喋りを遮られてご立腹な様子のゴルコフを見て、ヴァイロフとペトナは笑い出す。
今の二人は、それしか笑う事が出来ない。
突如発生した爆発音と衝撃波、別行動の夕凪とアーバ。
不安と心配に事欠かない状況。そうなるのも仕方ない。
「すまんな、ヴァイロフ、ペトナちゃん。ちょっと出てくる。すぐに戻る」
女の話を聞いたゴルコフは、血相を変えて、店から飛び出す。
◇◇◇
ゴルコフは、今までにない程の焦りを覚えている。
(………まずい。速く速く速く!ポポフじいさん。生きていてくれ、頼む!)
ポポフじいさんは、ゴルコフの育ての親。血は繋がっていないものの、捨てられていたゴルコフを拾い、一人で育て上げた立派な父親である。しかし、ゴルコフは親に捨てられた為に、父と母という言葉を酷く嫌っている。その為、ポポフの事はじいさんと呼び、慕っている。
現在、ポポフは古本屋を一人で営んでいる。ある噂を聞き付けて盗人が侵入してくるが、自慢の魔法で追い払っている。
そんなポポフじいさんと連絡が取れないと、初老の女·ズヴィーナがゴルコフに伝えたのだ。
ズヴィーナは、ポポフの幼馴染みだ。
ゴルコフは、必死に走る。
どれ程走ったのかわからない。
ようやく、ポポフじいさんの店を視野に捉える。
「――――はあっ!?」
ゴルコフは己の目を、目の前に広がっている惨状を、信じられなかった。




