表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんな世界で再出発なんて  作者: 作者の友人氏
第一章 絶滅群島·カスタロフ
12/12

第十二話 知った罪、覗いた罰

 カスタロフ北部コノトコフ州。北極圏にある小さな村。そこには伝説の魔術師達が住んでいる。中でも特一等魔術師であるトネルベルは有名だ。彼女は五人の弟子、魔女を従えて第四次魔術戦争を生き抜いた、生きた化石である。故に、悠久の時を生きる彼女を、人々は恐れ、畏敬の念を持って接した。少しでも違った選択を執れば、村を焼かれ、住人の皮を剥ぎ、殺される。そう言い伝えられている。

 

「へぇえ!これがあの魔女、ですか!」


 魔術師大百科(偽)を独り、黙々と読み漁る女記者·カレンが興奮を漏らす。そこは静かなスモスク国立図書館。彼女のとびきり大きい声が、建物内に木霊する。周りからの視線はとても冷たく、グサグサと彼女の意識を痛い程に刺す。だが、彼女のメンタルは良い意味でも悪い意味でも強靭なため、そんな事など気にも留めない。


「ほうほう。トネルベル。格好いいなぁ!」


 かつて、魔女トネルベルは存在しないと吐き捨てたカレン。しかし、そんな事など覚えていない。


「――へぇ。トネルベルに興味があるんだ。変わり者だねぇ」


 偽の本に気を取られている記者に、一人の青年が声を掛ける。男性にしては高い声。カレンは、異常なまでに反応する。


「あぁあ!そ、そうなんですよぉ!魔女トネルベル。いいですよねぇえ」


 カレンは、声の主を顔を見る。真っ先に目に入るのは、平均的な顔付きで特徴的な黒のストレートロング。決して美形とは言えないが、醜いとまでもいかない、なんとも中途半端な顔だ。だが、瞳は違う。意識を吸い込まれるような深い青。大海原、それが彼の瞳に広がっている。


「トネルベルは魔女だ。滅多に人里には降りない。五人の弟子を持っている。美貌の持ち主。そして、特一等魔術·歴曲(れききょく)の使い手」


 青年は、カレンに問う。


「なんで偉大で尊大な記者様が、そんなトネルベルに興味が?新聞もラジオも、こぞって魔女達を貶していたじゃないか」


 青年の声に深みが増す。深淵と言うべきか深海と言うべきか。どちらも冷たく、寂しいもの。だが、深淵には底がない。逆に深海には底がある。この青年から発せられる声には底があるともないとも捉えられる。並みの人が聞くと恐れ、逃げたしたくなるものだ。しかし、カレンは違った。


「何故って、売れるから、ですよぉ!それにわたしも興味、あるから」


 カレンは、そう答えると満面の笑みを浮かべる。青年には少なくともそう見えた。「そう」と、ぶっきらぼうに青年は言うと、近くにあった椅子を引き摺って、カレンの隣に掛ける。カレンは、そんな青年に興味の視線を向ける。青年は迷惑そうに、


「はぁ、こんなまじまじと視られるのは気分が悪いな」


「そう?記者ってそんなものよ。だって興味があったら、ね――」


「――ふふっ。あなた、名前は?見るからにカスタロフの人じゃなさそうだけど」


 カレンは、魔術師大百科(偽)を乱暴に閉じ、

乱雑に机に叩き付ける。大百科(偽)の他にも数多くの本が積み上げられている机。青年は気にも留めずに、


「……轡井 天音(くつわい あまね)だ」


 青年はそう名乗ると、魔法で掌に小さな魔物を召喚する。とにかく青く、小さく、可愛らしい丸っこい体に、小さな角の生えた魔物だ。カレンは、その魔物に目を奪われる。魔物のずんぐりとした黒い目。それに映るカレンの顔。


「ほほう。桜ノ神の民、ですね!へへっ、かわいいですね!何て言う魔物ですか?わたし、初めて見ましたよ!」


 魔物を好奇心に染まった人差し指でつつきながら、主である天音に訊く。相も変わらずの音量で。天音は少しの間考えに耽り、答える。


「こいつは、そうだな。コノコ、だ。コノコ。使い魔的なやつだ」


「使い魔………。と言うことは魔法はテイマー、ですか?珍しいでね!」


「…………」


 テイマー。天音にとって耳触りの良い言葉ではない。それを指し示す様に不快感を顔に表す。ポーカーフェイスとは程遠い様だ。しかし、カレンには関係のないこと。寧ろ、どうでもよい。己の好奇心さえ満たされれば善いのだ。


「はぁ、まったく。調子が狂うよ。あ……いや、俺はお前に用があって来た。俺の事などいちいち気にするな」


 天音は机に肘を突き、先程よりも深い声で、カレンに二度とないような提案を持ち掛ける。


「俺はな、この事件、いや、事変の真相を知っている。何故メルググラードやゴルベノノヴァが狙われたのか、主犯も共犯も、目的も、全てだ」


「うーん。それって数字になるかしら?」


 天音の提案は、カレンにとって差程どうでもよいものだった。今、興味があるのはトネルベルであってカスタロフ事変ではない。予想よりも冷たい返しに、天音は空かさず次の一手へと出る。


「そうか。じゃあ他のに頼むとしよう。あぁ、残念だ残念だ。トネルベルの、元、弟子が、中心、に巻き込まれているのにねぇえ。あぁ、残念」


 トネルベルの元弟子。この響きがカレンの好奇心を根底から覆す。元より、元弟子がメルググラードに居ると言う事は既に掴んでいたし、事変に巻き込まれている事も知っていた。しかし、結界内に入ることが出来ないと分かるとあっさりと身を引き、此処、国立図書館に引きこもった。トネルベルの元弟子の活躍はどうなのか、トネルベルに関係があるのか等々知りたいことばかり。


「元弟子………。ちょっとまったぁぁあ!今、弟子と言いましたね!トネルベルの弟子!元弟子は確か、えぇえと。パフノフと。えぇあぇ、誰でしたっけ?」


 トネルベルの弟子は現在時点では三人。元弟子は二人。その内の一人はパフノフ総統である。


「………サスネ·ペトロヴィーナ·ネーゾフだ。封印魔術の使い手であり、不運の女」


「そうそれ!サスネ。伝承によれば、権能を使った後行方不明になったとか!その後パフノフが離脱してましたよね!」


 カレンの声が一層勢いを増し、周りからの視線は呆れに変わる。天音もあまりの音量に顔をしかめて溜め息をつく。コノコは、無邪気に机の上を転がり回っている。


「はぁ、そのサスネの今を、俺は知っている………。どうだ?」


 天音は、最後のチャンスと言わんばかりに手を差し出す。その時、丁度正午を知らせる鐘の音が遠くから響いてくる。運命的な出逢い。まさにそんなシチュエーション。カレンには、断る理由がない。矛盾だらけのカレンには、断る理由がない。

 返事はひとつ、


「よろしくお願いしますぅう!」


 カレンはおもむろにメモ手帳と録音魔道具をカバンから取り出し、天音の語る真実全てを記録する。一切の誇張虚飾のない真実、主観によって歪められていない真の真実を。




「――つまり、古代兵器を使っていると?」


 カレンは筆を止める。


「ああそうだとも。"ゾプアノンの眼"。連続的時空断裂を発生させる破壊兵器。それがメルググラードの空を守っている。まぁ、本体がどこにあるかは知らないが」


「…………」


 軽快な筆の音が、天音の思考を癒していく。彼は、どこぞやの勘違い女の甲高い声によって耳が壊れかけていた。だが、その負傷は、カレンのよく響く声によって更に悪化する。彼女が記録に夢中で無言の今が、彼にとって至福の時である。


「ミサカトウカってどうでしたっけ?脳髄だけ?」


 音が止まる。


「……そうだ。さっきも言っただろ……。それと、コノコもミサカトウカが造った魔物だ」


 天音は、コノコをツンツンと優しくつつき、答える。依然暗い口調であるが、今までよりかは明るさがある。カレンもその事は分かっており、会話を続けようと喋りかける。


「へぇ、人造魔物、ですか。って事は、ホムンクルスも?」


「過去一度だけ、な。まぁホムンクルスって訳ではないな。ヒト型のスライムに近い」


「スライム………。ヒト型と言うのは?わたしと同じ感じですか?それともヒトの形をした何か別の――?」


「わからん。そこまではな」


 天音は、カレンの好奇心を断ち切る。カレンのマシンガンに付き合うつもりはない様だ。それを証明するように口調を荒らげて、


「はぁ。さっさと書け」


「あっ、はーい。すみませーん」


 ツンデレみたい。

 カレンはそう思っている。




 筆を動かせばメモ手帳を捲り、また筆を動かす。図書館に静寂が戻り、大きな窓ガラスから午後の陽が射す。春の陽気といっても此処は大陸北部のカスタロフ。まだ肌寒い。


「………魔恐。星の災い。暗黒の泥。漆黒の海。虚無の唄。凄惨な民。濁悪の病。うぅぅぅうん」


「どうした?さっきから煩いな」


 カレンがぶつぶつと呟き、天音が愚痴をぶちまける。呟きと言えど隣で呟かれれば騒音と差程変わらない。


「あ、いえ。魔恐病について、ですよ。「メルググラードで流行ってる」って言ってたじゃないですか」


「だから何だ?もっと詳しく言えって事か?言っておくが、俺はお前の辞書じゃないからな」


 カレンは、積み重なった本を数冊引き抜くと、力任せに開き、ページを捲る。本の題名は『魔恐』。


「あぁあん?この本、メルググラードにある筈じゃ………。いや気のせいか」


 天音は、不意にそう漏らす。彼はこの曰く付きの本に覚えがあった。

 ――嫌なことは覚えやすい。確かにその通りだ。災いの大元が目の前に、目と鼻の先に、手を伸ばすだけで届く距離に在ることが天音にとって何よりも嫌なことだ。


「どうされましたか?この本、興味がおありで?」


 カレンは、本の表紙を天音に見せる。微かに残る鉄の匂いがコノコを刺激する。


「コノコ?」


 突如、激しく震え出すコノコ。机が地震と言わんばかりの揺れ動き、積み上げられた紙束の塔は崩れ落ち、録音魔道具は木の床へとこぼれ落ちる。


「あ、あああああ天音さぁあん!?コノコが!コノコがぁあ!!」


 カレンの奇声と言っても過言ではない叫び声が、静寂を喧騒へと塗り替えていく。


「ああ、わかってるさ!」

 

 慌てふためくカレンを尻目に、天音はコノコを落ち着かせようと優しく手に乗せ、魔力をコノコへと送り込む。すると忽ちコノコは落ち着きを取り戻し、眠るように目蓋らしきものを閉じる。その全てを見届けた天音は大きく溜め息をつき、机の上に散乱した本や魔道具を片付け始める。一冊一冊を丁寧に拾い上げ、被った埃を払い除ける。ここにある本は全て貴重な資料だ。代替など存在しない。しかし、そんな様子の天音ですら、ある二冊の本に対しては、嫌悪感を抱いている。そのうちの一冊に挟まっている()()()()を見つけた。


「………なんだ、これ?」


 散らばった本の隙間、しおりの様に挟まっているそれを、天音は少しの躊躇いの後、引き抜く。普段であれば無視するような他愛のないもの。だが、今、それがどうしても気になってしょうがないのだ。嫌悪感さえ忘れてしまう。忘れさせてしまう。


「こ、これは………。気味の悪い、絵?」


 カレンは天音が引き抜いたものを覗き込む様に視ると、そう呟く。


「ああ。なんだよこれ?悪趣味にも限度があるだろうよ」


 描かれていたのは、一つ眼のようなものから対角線上に生えた4本の人間の腕。

「悪魔でも召喚するのか」カレンと天音は顔を見合せて、ほぼ同時に口にする。

 悪魔崇拝なぞに興味も知識もないカレンですら、それと思わせる絵。


「この本に挟まっていたな」


 天音がその本を手に取り、表面に書かれている題名を確認する。


「あぁあ。読めないな。何て読むんだよ、これ?」


 見知らぬ文字で書かれた題名。汚れも相当なものかつ酷く色褪せ、最早、解読は不可能だ。しかし、感じることができる。この本が

()()()ではないことを。カレンも題名解読に乗り出すも早々にリアイアを宣言し、諦めて本を開けるように天音に促す。


「………はぁぁあ、わかったよ」


 暫しの沈黙の後に特大の溜め息を放ち、渋々朽ちた表紙を開ける。


「――――く、臭い」


 途端に広がるは嗅いだことのない悪臭。筆舌に尽くしがたいこの臭いは、容赦なく図書館全体へと充満し、他の人間や本、ましてや魔力すらも汚染する。カレンは反射的に本を閉じ、それを廊下へと投げ捨てる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。何だよこのくそクセェ本。腐ってるとか呪われてるとかの次元じゃねぇぞ!」


 天音は鼻を力一杯つまみ、目からは涙が湧いている。彼の真横で本を投擲したカレンは、己を手から放たれる()()()()()()()()()()()()()()に悶絶し、嗚咽を漏らす。顔は涙と鼻水と唾液と汗に濡れ、身体の深部をも凍りつかせる悪寒と震えに襲われている。


「これが……………魔恐、なのか?」


 不意に、天音の脳内に浮かび上がる『魔恐』。星の災い。この時、彼の思考がある言葉に占拠される。『初期化』。彼は、にわかには信じがたい、壮大な神々の計画に気付いたのだ。彼らが目論む、壮大な人類の計画と同じく自己中心的で、他責的な計画。この時、轡井天音は、この計画から身を引くことを決意した。とても今の人類だけでは背負う事の出来ない、責任。彼は、それから逃げたのだ。


 天音の青い瞳は(くう)へと向き、歩き出す。己が犯そうとした罪から、逃げるように――。


 隣で踞り、絶望に嘆いているカレン。彼女もまた、思考を占拠されている。『堕熾(だし)』。それは、世界の裏側に巣くう魔神。虚無に限りなく近いそれが、彼女の全てを冷たく包み込み、壊す。彼女の本来の目的は、魔術師トネルベルについて調べる事。元の目的は、メルググラードへ行き、トネルベルの弟子を探すこと。その目的は此処で潰え、その命の炎は深淵に呑まれようとしている。


 カレンの情熱と矛盾が、虚無へと塗り替えられ、静かに崩れ去る。神を覗いた罰と、魔神を知った罪として――。




 汚染されたスモスク国立図書館から、天音はふらつきながらも脱出した。カレンは虚無に呑まれ、目から泥を垂れ流し、絶命した。しかし、彼女の記者としての使命が、此を正確に、嘘偽りなく、誇張虚飾なく、切り取らずに記録した。それを記した手帳と魔道具。天音はその真実を手にして、図書館から離れた。己らが企てた計画を、阻止する為に。後戻りが叶う今、それを阻止すべく戦う人々に、それの真実を知らせる為に。


 彼は、独り孤独にメルググラードへと向かう。彼の影は薄く引き伸ばされ、今にもちぎれてしまいそうだ。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 アーバは、異形のそれと共に、拐われた夕凪を探すべく北部地区へと、無い足を動かす。

 

 現在のアーバは、罪悪感に苛まれている。


 ――自分がもっと強かったら。

 ――自分がもっとしっかりとしていたら。

 ――自分がもっと、力を制御できていたら。


 過去に囚われたアーバの懺悔を、異形のそれは何も言わずに聴いている。出会って間もないそれは、アーバの過去全てを優しく抱擁し、認める。アーバにとってこれは救いであった。


 幼くして義理の母親を()()()()アーバは、愛に飢えていた。偽りの愛でもよかった。母親がアーバに与えた最初のもの。それは、母親の好物だった。母親は、辛いものが好きだった。アーバは以降、それしか口にしていない。もっとも、口にすること自体が無駄な事だが。




「ここ、だな」


 異形のそれに抱き抱えられながら、アーバは言う。アーバらの目の前に建てられた、今は崩れた百貨店。その地下から止めどなく溢れる不快な魔力。アーバはその不快さに覚えがあった。嫌でも忘れられない、あの不快感。骨をも断つ悪寒と震えが脳裏を過る。


「うぅ……ゴぅうぉオうおぉお」


 異形のそれが、唸り出す。三つの頭から放たれる音は、周りを無作為に徘徊する感染者を呼び集める。一体、また一体と群れを成し、数百もの軍勢がものの数分で構築される。メルググラードの全ての感染者が、ここ、ヴァンフ百貨店前へと押し寄せる。


 強大な波へと成った軍勢を彼女らは、じっと視ている。攻撃をする訳でも、防衛をする訳でもない。只、視ている。

 来るべき、ボス(南風泊家当主)を出迎える為に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ