表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんな世界で再出発なんて  作者: 作者の友人氏
第一章 絶滅群島·カスタロフ
11/12

第十一話 長い夜

 明けない夜は無い。そう今までは思っていた。

 姉さんさえ居てくれれば、生きていてくれれば、幸せに包まれてさえいれば、俺は幸せだった。でも、あの時。クソ親父が姉さんを追い出したあの時から、俺はどこかが壊れてしまった。それでも、姉さんを探した。家を抜け出して、学校を脱け出して、姉さんを探した。でも、幾ら時間を掛けても金を掛けても見つからなかった。悔しかった。悲しかった。姉さんは今頃、独り寂しく生きているのかな、俺は夜な夜なそう考えては、枕を濡らした。一番怖かったのは、姉さんが孤独に呑まれて死ぬ事だった。それを考えるだけで吐き気に襲われた。寝られなかった。辛かった。でも、姉さんはもっと辛い。一族からは煙たがられ、嫌がらせを受け、暴力を受けその幼い身体と心は壊れかけていた。それでも、俺にだけは笑顔を見せてくれた。大きな痣が刻まれたその痛々しい小さな顔で、笑ってくれた。姉さんにとって俺は、生きる希望だったのかもしれない。そして、今。俺は姉さんに再開できる。そう思っていたのに、姉さんはゴミ共に拐われ、その身体を利用されようとしている。姉さんの心は、要らないモノ。捨てられるべきモノ。邪魔なモノ。

 止めないと。助けないと。今度こそ俺は、姉さんを救わないと。

 

 奏は袈裟に裂けた腹を抑え、立ち上がる。顔には無数の切り傷が刻まれている。だが、彼の細い眼には、一切の傷も汚れもない。決意と覚悟に煌めいている。


「夕凪姉さんを、助ける……!」


 しかし、身体が言うことを聞かない。動けないのだ。その場から足を一歩も前に出すことさえ叶わない。奏の決意と覚悟は、己の身体によって阻害、砕かれた。それとは対照的に依然衰えを見せないツクヨ。ヴァイロフとペトナからの集中砲火を意図も簡単に回避しては、鋭い即死級の反撃を繰り出す。全てが徒労に過ぎない、醜い足掻きにしか彼女は思っていない。


「はぁ、もうやめたら?無駄だよ」


「――――ガッ!」


 反応に遅れたヴァイロフの腹に、ツクヨの膝蹴りが突き刺さる。ヴァイロフの口からは鮮血が吹き出し、義手を下にその場に倒れ伏せる。彼には、己の臓器の盛大に破裂する音、義手が分解される音が鮮明に聞こえた。

 

「………喰らいな、さい!」


 致命傷を負ったペトナは、最期の輝きを、と立ち上がる。その傷ついた手は分厚い魔導書を掴み、開く。小声で短い詠唱を終えた瞬間、ペトナの周りからは無数の氷塊が生成され、ツクヨ目掛けて放たれる。


「ふーん?」 


「――――ッ!」


 ツクヨは氷塊を手で軽く払い、消滅させる。ツクヨには生半可な攻撃は通用しない。攻撃に防御に俊敏さ。その全てにおいてツクヨは圧倒している。


「それでもアイツの弟子なの?」


 体力と魔力の限界を迎えるペトナの目の前へと、ツクヨは距離を詰める。そして、絶望に歪むペトナの顔を弄ぶように殴り掛かる。ツクヨの右フックは、ペトナの頬を直撃。幼く丸いペトナの顔は真っ赤に腫れ上がり、頬骨が砕け散る。最早、原型など留めていない。しかし、ペトナは泣くことも弱音を吐くことはなかった。


「トドメ、行こっか」


 強烈な右フックを喰らったにも拘わらず、ペトナは倒れなかった。だが、ツクヨは、右拳を大きく振りかぶる。殺意と魔力に満ち溢れた拳は、ペトナの頭頂部、脳天を捉えている。直撃すれば、ヴァイロフでさえただではすまない威力だ。


「――――」


 ペトナは何も言えず、静かに両目蓋を落とす。


「じゃ、バイバ――」


 瞬間、ツクヨの拳から鮮血が噴き出す。と同時に、手首から熱を感じる。焼かれる痛みだ。


「はっ?」


 頭の後ろ、視野の外にあった拳を、ツクヨはゆっくりと視野に収める。だが、恐怖や驚愕と言った感情は感じられない。


「ああ。そっか――」


 ツクヨの手根から上部は消滅し、吹き出る鮮血が、彼女の髪を朱色に染める。


「すっかり忘れてたよ」


 ツクヨは、曇天を見上げる。依然、夜を保ち続けるメルググラードの空。厚く黒い雲の隙間からは、同じく黒い雲が顔を出している。

 

「――――ん?」


 一瞬、曇天を穿つ小さな光がツクヨの瞳を照らし出す。どこか儚く、脆いその光の正体を、ツクヨは瞬時には解らなかった。


「ま、まずいかな」


 解ったときは、既に遅かった。光の灯った場所を起点に、天を覆う程の巨大な魔法陣が展開される。


 奏は唯一動かせる視線。その限界までツクヨを追う。

 ペトナは腫れ上がった顔を上げ、微動だにしないヴァイロフの元へと這いずる。


「結界展開!」


 ツクヨは焦りで顔を歪め、防御結界を展開する。流石のツクヨでも、彼の大魔術は脅威そのもの。だが、結界は張れた。「これで大丈夫」安堵が彼女の思考を占拠した。その安堵こそ、彼女の失態だった。


「――――あっ」 


 背後にあった、三つの気配が消えた。

 それと同時に、天の魔法陣から、針状の攻撃魔法が豪雨の如く降り注ぐ。地面は大きく凹み、石造りの家屋は轟音と共に崩壊し、瓦礫の山と化す。


「ぐっぅぅう!」


 針状の攻撃は次第に光線へと様変わりし、ツクヨの結界へと収束する。数える事すら出来ない量の光線は螺旋を描き、一筋の光の奔流へと昇華する。結界には、既に無数の亀裂が走り、光線が照射されている箇所は溶け始めている。


「――――ぐっ!」


 結界が静かに割れた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 メルググラード東部地区 小さな広場


「――阿呆共が!」


 老エルフの魔術師·エヴォイは、地面に川の字で跪く三人、ヴァイロフ·ペトナ·奏に怒号を放つ。顔は紅く染まり、目には網目に血走り、額には太い血管が浮き上がっている。三人は、沈黙とまではいかないが、何も言わない。そんな三人の傷は、老エルフの魔法により完治している。しかし、ツクヨに刻まれた心の傷は癒えなかった。


「…………」


 ヴァイロフは、直角に折れた義手を悲し気に弄う。長年使ってきた義手、旧友ゴルコフと共に世界を救ってきたもうひとつの相棒。それは、無惨にも壊れてしまった。


「ご、ごめんなさい」


 ペトナは、涙混じりに頭を下げる。ツクヨの前では決して涙を見せなかったペトナ。だが、彼女のメンタルは崩壊寸前だ。いつ悲鳴を上げて決壊するのか分からない。


「――あぁ、すまない。エヴォイ」


 奏は、無気力だ。それもその筈。最愛の姉だと思っていたアレは、見知らぬ感染者の死体だったのだから。それだけではない。奏と夕凪は見えない糸で繋がっていた。本来なら一目でわかった筈の偽装に、奏は引っ掛かってしまった。それは、繋がりが断たれたと意味する。


「はぁ、まったくですぞ!余の準備がまだだと言うのに真っ先に突っ込むとは!それも転生者にですぞ!!無謀でしかない!」


 俯く三人から、反論はなかった。


「ですが、分からないこともない。余も、最愛の人がピンチなら真っ先に助けたい――」

「――では、気を取り直して。作戦会議といきましょうか」




「なるほど。日の光、ですか」


 エヴォイは、奏の語った勝利の方程式を聴き、自慢気に髭をゆっくりと弄う。奏の提唱する方程式には、エヴォイが必要不可欠だ。


「出来るのか?大役だぞ」


 ヴァイロフは、無茶とも言える作戦に、終始反対の立場をとっていた。だが、ただ反対していた訳ではない。彼の案は、現実味と堅実さに富んでいた。しかし、必ず勝てる案ではなかった。


「あぁ。問題ないさ。だが余はお前さんらが心配だな」


「………」 


 エヴォイは、沈黙を続けるペトナを一瞥する。会議の始まりから今まで彼女は、何も言わなかった。ツクヨに二度も負かされた事への悔しさ。依然行方不明である夕凪とアーバへの心配。それらが彼女の思考の悉くを埋めつくし、会議どころではなかったのだ。


「そう、だよなぁ。後戻りは出来ない。ツクヨは今度こそ、ってなるだろうよ」


「………」


 この作戦は、ペトナとヴァイロフがどれだけ時間を稼ぎ、囮になるかに掛かっている。最早、死の賭けに近い。エヴォイの魔術発動には長い準備時間が必要だ。奏は、エヴォイの魔術が発動してから戦闘に参加することになる。それ故、二人が早々に殺られると破綻するのだ。


「それにヴァイロフの義手。もう使えないだろう。ほれ――」


 奏は古びた竹傘を生成し、ヴァイロフに投げる。


「はいぃ?傘が何の役に立つ?」


 ヴァイロフは、突然の傘に困惑を隠せない。義手と傘に何の関係があるのか、彼はわからなかった。


「この傘はなぁ、最強だぞ。夕凪姉さんが最後に買ってくれた傘。それには最強の防御結界が張られている。その下にさえ居れば、どんな攻撃だって無力だ。わかるな」


「ペトナを護り続けろ――だろ」


「俺はその傘を使ってここに来た。ここの厚い結界ですら紙みたいに裂ける。まぁ魔力は結構持っていかれるがな」


 ヴァイロフは、元気の無いペトナの元へ歩いてしゃがみ、傘を差す。


「ペトナ。心配するな。オレが居るからな」


「………ヴァイロフ」


 ペトナは、わずかに顔を上げて、ヴァイロフの頼もしい手に触れる。温かくて心が安らぐその手を力強く握り、決意を彼に伝える。


「ペトナがツクヨを足止めするんだ。あの野郎にリベンジ、しないとな」


「うん。今度は絶対に負けないわ」


 決意を示したペトナを見て、奏とエヴォイは小さくため息をつき、顔に安堵が宿る。依然として針のように細い奏の目の視線が、暗闇の空へと移り、エヴォイに語りかける。


「エヴォイ。俺は……どうすればいい?」


 奏の質問からは、どこか空しさと悲壮感を感じられる。真剣な質問だ。エヴォイは直感的に重要なことだと判断し、手探りでその意図を確かめる。


「そう、ですな。まずは何をしたいか教えてはくれませぬかな?」


「………俺は、夕凪姉さんの――」


「………いや違う……いいや違う……そう言う事か……!」


 奏は頭を抱え、小刻みに震え出す。目を極限まで開き、茜の瞳が露見する。息は荒れに荒れており、まともではない。

 エヴォイは、おぞましそうに奏を見つめ、落ち着かせようと背中へと手を回す。だが、すぐに、その考えが浅ましかったと思い知ることになる。


「――なッ!」


 手が奏に触れた。その瞬間、襲い来るは熱気。その熱気は太陽が如く灼熱で、ローブ越しからでもその熱が皮膚と神経を抉りとる。エヴォイは、すぐに奏から距離をとるべく一歩二歩と後退り、異常を報せるべくペトナとヴァイロフの元へと駆け出す。その二人は事情など知らないため、様子のおかしな奏と、それから逃げるエヴォイにしか見えていない。事実、エヴォイは、奏から逃げる選択肢をとった事に変わりはない。


「ど、どうしたのよ!エヴォイ!」


 エヴォイの尋常ではない焦り顔と地面に踞り、ガタガタと震える奏に気付いた二人は、咄嗟に身構え、敵襲に備える。先程の蹂躙さながらの雰囲気に、ペトナは怖じ気つくことはなかった。


「余にはわからぬ!突然の変貌じゃぁあ!」


 エヴォイは、状況を呑み込めていないヴァイロフの足元へスライディングし、事の顛末を大雑把に説明する。焦りからか、何を言っているのかさっぱり分からない所がある雑な説明だ。ペトナは説明の途中、何度も、踞り震えている奏の方へと心配の眼差しを向け、一方ヴァイロフは、雑な説明に堪えたのか奏に歩み寄り、落ち着かせて本人から事情を訊こうと試みる。実際、彼の声掛けにより奏は多少落ち着きを取り戻したようだ。ヴァイロフは、エヴォイとペトナに手で合図を送り、間も無くして二人は奏の元に集まる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 五分程経った。奏は何度も深呼吸をして、自制を試みる。彼の線の細い胴体が大きく膨れては、小さく凹む。額には無数の汗粒が浮かび、大きく開いた目蓋からは、小さな茜の瞳孔が微かに揺れ動いている。程なくして、奏は全てを明かす。

 

「………俺は、姉さんの……替えで、造られた」


 奏の震える唇、口から放たれるは途切れ途切れの言葉。弱々しい語り。


「――造られた!?」


 ペトナは、驚きの余り反復する。他二人も似たように声を漏らす。奏は小さく頷き、続ける。


「……元々俺は、で、で、出来損ないの、姉さんの替わりなんだ。それで、今、わかったんだ。本当は、こうして喋ってる場合じゃない。でも、もう、どうしようもないんだ。姉さんは、もうすぐ死ぬ。心が砕かれて死ぬ。それがクソ親父の狙いだったんだ!」


 奏は、言葉をきると、地面に魔法で絵を描き始める。「これは!?」出来上がった絵を見て、ヴァイロフは、エクーネが身に付けていた耳飾りを思い出す。それと全く同じモノ。絵ですら不気味を放つそれ。忘れたくても離れない。


「確か、エクーネが……!」


「はっぁ!?エクーネ!?」


「エクーネじゃと!?」


 ヴァイロフが漏らした言葉に、奏とエヴォイが反応する。見るからに血相を変えた二人。それ程までにエクーネは脅威なのだろう。


「あぁ。夕凪は列車の中でエクーネと接触したそうだ。なんでも『殺す』とか……」


 ヴァイロフは、かつて夕凪が語ったエクーネのカタチをエヴォイと奏、ペトナに伝える。語り終えたと同時に、奏は頭を抱えて、溜め息を出すように口を開き、言葉にならない声を漏らす。そして、


「………クソ親父、いや俺達の家に関してだ。南風泊家は、救世の魔術師の遺物を求めて滑稽にも世界を彷徨った。幾度の戦に参加しては無惨にも敗北。だが手にしてしまった。隻眼の囚人。それは何にでもなる万能素材。魔物だって金だって何でも造れる。無尽蔵にだ。でもヒトだけは違う。器はできても心が無いと動かない。心までは造れなかったらしい。はぁ、そんなこんやで姉さんが造られた。でも姉さんは……出来損ない、だったらしい。それで俺が造られた。姉さんは幼い姿で造られたけど俺は、この姿で――」


 そう言う奏は深い溜め息をつき、続ける。


「――エクーネいや、気ちがい淫魔は、クソ親父の愛人だった女の娘だ。気ちがいじみた女の娘。あれはまともじゃなかった。親が親なら子も子だ。姉さんを囲っては殴ったり蹴ったり罵声を浴びせた………そのせいで気を病んだ姉さんは、()()で記憶の一部を改竄した。だから、俺の事も曖昧になっている。姉さんには、呪いに近いモノが付与されている。それが改竄の中核になった………その後、姉さんは家から追い出された。」


 奏は、己が知っている全てを話した。無論、その全てが正しいとは限らないし、奏の解釈で多少の歪みは存在している。だが、それは奏自身も、他三人も承知している。例え家族であり、最愛の姉であっても他人は他人だ。他人の全てを知り、理解し、尚且つ虚飾なくして語ることは不可能だ。それこそ魔術であっても。

 奏の語りが終わった後、長らくの沈黙が広場を包み込もうとしている。『なんと言えば善いのか』皆は、それが分からない。エヴォイやペトナは、幾度か小さく口を開けたが声を発することはなかった。それでも皆が闘志を失ったわけではない。重く陰鬱な雰囲気を断つべく、ヴァイロフが唐突に声を張り上げる。


「――よしっ!出発だ!」


 ヴァイロフは、応急修理した義手を天高く突き上げる。その勇ましい声と姿にペトナは面食らい、後ろによろける。だが、気を悪くすることはなく感化されたように、


「そうね。それにこんな暗い雰囲気のままじゃ、ツクヨにもエクーネにも勝てっこないわ!だから元気、出しましょ!夕凪様にアーバにこんな暗いの見られたくないでしょ!」


「ですな!大丈夫ですぞ!奏殿、余は万全。必ずやこの闇を穿つ星となりましょうぞ!」


 エヴォイも勢いと流れに乗り、暗い顔の奏を照らす。既に三人の顔には一切の曇りなどなく、晴れやかに見える。残るは奏ただ一人。


「――そう、だよな。こんな姿、姉さんに見せられない」


 奏の細い目に和やかさが戻る。元々無いようなものだったが、確かに戻ったのだ。ヴァイロフもペトナもエヴォイもそれを感じ取った。

 

「行こう!奴らに目にもの見せてやらなくちゃね!」


「ええ!余がこの深き長い夜を覆す焔となりましょう!」


「――作戦開始、だな」


 ヴァイロフは、手に載る箱形の魔道具を取り出し、起動させる。若干のラグの後に展開されるのはメルググラードの地図。既に北部地区、ヴァンフ百貨店付近に目印が付けられている。


「じゃあ改めて。まずは避難民の移動ね」


 ペトナは、その地図に新たな目印を追加させる。指定したのは街の中心部、大聖堂から南方のメルググラード駅。ヴァイロフと夕凪が出逢った場所。


「ワタシの魔法でここに誘導する。でもそれは奴らにワタシ達の居場所を晒す事にもなるわ。逆探知されようものなら、ね――」


「それで、エヴォイにはこの魔術結界すれすれの高さまで浮上してジャミングしてもらうわ」


「最低でも10分は欲しいわ。出来るかしら?エヴォイ」


 ペトナは、鋭い視線をエヴォイに向ける。いつかの姿を想わせる口調に視線。エヴォイはどこか懐かしさを覚える。かつて共にした旧友。それにどこか似ていたのだ。


「ええ。余なら」


「よし!じゃ、その次ね。誘導がある程度出来たとワタシが判断したら、エヴォイは奏さんのサポート、いいや、性能の底上げの準備に取り掛かって。その間の時間はワタシとヴァイロフが稼ぐ」


 ペトナは、ヴァイロフの方に頭を向ける。それを見たヴァイロフは、小さく頷く。ほんの僅かな頷き。だが、ペトナから見れば、何よりも頼もしい頷き。


「問題はツクヨとエクーネ。ツクヨは先の戦いで多少は消耗していると仮定するわ。まぁ誤差、でしょうけど。エクーネに至っては居場所が分からないし能力だってよく分からない」


「なるべく戦わず。でもエヴォイ達に必要な時間も稼ぐ。この作戦は、ヴァイロフとワタシがダウンした時点でオシャカよ――」


「――そして、ね………。アーバと夕凪様と合流できたら満点なんだけど……。奏さんの推察がアタリなら、夕凪様はエクーネに……。それに、奏さんが戦っていた蒼い髪の変態が夕凪様を……」


「あぁ。ツクヨの幻覚、いや、洗脳は厄介だ。対処のしようがない。なぁ、エヴォイ。お前さんなら抵抗できるか?って言うか、お前さん元はツクヨ側だったろ。いいのかよ?平然とこっちに協力してよぉ?」


 ヴァイロフは、今更すぎる疑問をエヴォイに投げ掛ける。今まで誰も口にしてこなかったこと。そして、誰しもが気になっていたこと。急展開の連発で訊くことすら叶わずにいた。

 エヴォイは、思いの外あっさりと答える。体をモジモジとくねらせて。


「余は……恥ずかしながら金に困っていてな。それ故、金になる仕事を探していたのだよ。書類とか審査とかなくてだな。結構あっさりと……な。それでぇ―――」


 エヴォイの予想外の理由に、三人は半ば興味を失ってしまった。皆は、『もっとしっかりとした、崇高なる理由が』、と推察していた。悲しいかな、ものの見事に、掠りもせずに外れてしまった故、興味を失ってしまったのだ。そして、なにより、モジモジだ。ペトナや夕凪がするには何ら問題はない。だが、それをやったのは、既にジジイの域に達しているエルフの男。そこに可愛さなど皆無であり、ただあるのはキモさのみ。大変見苦しい言動を間近で見た三人は悉く視力を失い、吐き気を催す。


「…………もう、いいわ。話を戻しましょ」


 手遅れになる前に目をあからさまに反らしたペトナは、目を擦りながら脱線した話を戻す。他二人、ヴァイロフ·奏は激しく首を縦に振る。奏に至っては、元より細い目を手で覆う始末。


「……えぇっと。そう。ツクヨの権能の無力化はワタシがなんとかするわ。ヴァイロフは、その傘でワタシを護ってよね」


「大丈夫なのか?ペトナ。お前、もう……」


 ヴァイロフはペトナを案じる。彼は、ペトナの過去を知っているから。長い間共に過ごしてきた家族。ムーサルを組み、底辺ながら懸命に生きてきた。尚且つ、親友であり、元同僚であり、生粋の悪党であったゴルコフを先刻失ったばかり。もうこれ以上、友の傷付く姿を見たくないのである。


「えぇ。大丈夫よ。ワタシも成長しなきゃ、だし。いつだって甘えられる訳じゃないし」


「……そうか。じゃあ、それでいこう。気は熟した。出発だ」


 ヴァイロフの発する重苦しい雰囲気は、皆の戦意を煽り、かつての栄光の象徴だ。

 反撃と救出が彼らの目的だ。誰一人として欠けて欲しくない。誰かの犠牲で誰かが助かるのか、誰の犠牲なく誰かも助ける。理想は後者。これは誰の目で見ても変わらない。


 ――アーバ、夕凪様。無事でいて


「あっ!そうだ。皆、手相を見せて」


 ペトナは差し出された掌を視て、言う。


「うん!皆の掌には勝利の手相が出ているわ!」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 カスタロフ西部空域 


 強風吹き荒れる空域を無数の巨大な影が突き進む。猛烈な横風に襲われても尚、怯むことはない。隊列を成す鉄の影は、祖国の命運を託され、戦地へと向かう。


「間も無く魔力乱流域へと突入する。衝撃に備え」


 けたたましい警報音と艦橋から発せられた放送が艦内に響き渡る。それは、兵士達の脳内に焼き付く。

 激しく揺れる艦橋では、無数の乗組員が職務を全うしている。中でも、萎れた軍服に身を包む老将校と、司令官と思われる痩せ細った男性が目立つ。


「かなり揺れますな………。まぁこの船も御老体。高く望むのは酷なものですな。我らと同じ………でね」


 老将校が、司令官である男に語りかける。人生の大半を軍務へと捧げた老人が語るには十分なもの。幾度となく訪れた祖国の危機。この将校は、その全てに於いて勝利を掴み取ってきた。

 司令官は落ち着いた口調で返す。


「仕方あるまい。歳月とは無常よ。時間の中に在るものは、いずれ朽ちる運命だ」


 ジェコフは意味がありそうな事をよく言うが、実際のところは意味などない。ジェコフ自身は、格好いい、と思っているが周りからは寒いと思われている。ジェコフは気付いていない。


「はっ!ジェコフらしい。やはりお前と一緒でないとな、ワシは」


 将校は、司令官ジェコフの肩に手をやる。傷だらけの皮膚、薬指には古びた指輪が填められている。かつての輝きはとうに消え去り、残るは無数の刻まれた傷のみ。


「寂しかったろう?まぁ案ずるな。ノル、俺もだ」


 共に幾万もの敵兵を打ち破ってきた彼ら。例え歳月に呑まれたとしても、この絆と戦歴は覆ることはない。彼らは、そう信じている。


「………なんだ?これは」


 突如、独りの若い兵士が計器に示された数字を見て声を上げる。緊張に包まれた艦橋内は、更なる緊張と恐怖に包まれる。若さ故の声。それは、艦橋内全体へと響き渡る。


「――どうした?」


 将校ノルが彼の元へと歩み出そうとした瞬間。左後方に展開している寮艦が爆音と共に爆ぜる。左側のガラスは火焔によって照され、艦内を焔に染め上げる。


「な、何が、何が起こったのだ!?」


 ノルは踵を返し、左側へと走り出し、粉微塵になり雲海へと沈み行く戦友の船を、眺める。


「回避行動!結界は………」


 司令官は、想定外の攻撃に焦りを覚えるが、瞬時に切り替えて指示を出す。他の船も即座に回避行動へと移る。


「これは……!連続的時空断裂です!」


「――――チッ!」


 兵士の報告を聞いたジェコフは、顔を歪める。時空断裂。それはこの世の全てを切り裂くエネルギーの刃。ジェコフは、この脅威を十二分に知っている。


「結界解除!機動力に振れ!」


「――はいっ!」


 船は、上下左右を不規則に動き回る。巨大な鉄の塊がこの負荷に耐えられるかは、誰にも分からない。なにより、魔力乱流の影響で、レーダーやセンサーの殆どが役目を放棄している。パラメーターは振り切れるか、反応しないかの二択。幸い、時空断裂の感知器は生きている。そんな状況下での攻撃。歴戦のジェコフやノルでも対応に苦戦する。


 ――――ギシッィィ!


 船からの悲鳴が、耳を刺す。

 魔力乱流に呑まれ、船が激しく上下に揺れる。船の真横を魔力の渦が過ぎ去り、また船が悲鳴を上げ、エンジン出力が低下する。無理に回避行動を取ったため、乗組員らは転び、備品は散乱し、艦内は混沌に包まれる。目に見えない即死の攻撃。兵士全員は固唾を飲み込む事しか出来ない。


「ま、また来ます!十一時の方向!」


 兵士が報告した刹那、魔力乱流をも穿つ不可視の刃がまた一隻、切断する。回避行動が甘かったその船は、竜骨ごと真っ二つに切られ、爆ぜる。その凄まじい衝撃波は、ジェコフの船のローターを一基大破させる。


「――――ッくそ!」


 ノルは体勢を整える事が出来ず、床に激しく打ち付けられる。己の骨が砕ける音が、脳内に轟く。


「ぐぬぬぬ………」


 敵は何処から攻撃しているのか、攻撃間隔に規則性はあるのか、弱点はあるのか等々、不明な事項しかない。発射の方角が解ったところで回避は叶わない。幾ら英雄ジェコフでも、見えない敵からの即死攻撃には対応出来ない。

 そうこうしている合間にも、また一隻、また一隻と轟音と共に散っていく。気付けば、船は残り三隻となった。二桁あった筈の艦隊は、壊滅した。幾ら旧式とは言えど、巨額の費用を投じて造られた船。それをたった数分で殆ど全て喪った。

 

「――時空断裂を確認」


 兵士の声は、諦めに満ちている。それだけではない。他の兵士達からも覇気や希望など感じられない。在るのは恐怖と生きたいとする欲。そして、それらを包み込む鉄の船こど切り裂こうとする刃。


「嗚呼………。駄目だったな。――!」


 不可視の筈の刃。しかし、視えたのだ。激流の中にある一筋の光。儚く、今にも消えてしまいそうな弱々しい光。その光に包まれた船に、か弱い女の声が通り過ぎる。


「あなたたちのためよ。きぼうをわすれないで」


 一言一句全てが違う声。まだ幼さのあるはしゃぎ声に中性的で落ち着いた声、女性らしさのある柔らかな声色。年を召した女性の優しい口調。同じような声ではなく、はっきりと別の声だと解る。だが、共通点もある。それは、どれらも悲哀に満ち満ちている事。悲しさと哀しさがある。兵器として造られたモノの嘆き。ジェコフは心の奥底から湧き出てくる暖かさに包まれ、目蓋を閉じる。


「やさしいのだな。あなたは」


 再び目蓋を開けた時には既に、魔力乱流域を突破しており、遠く彼方の地平線に目的地·メルググラードの魔術結界が見える。目を凝らせば、更に奥にある結界も視野に入る。雲を貫くその結界の中には、まだ生きる希望を抱く人々が居る。


「ノル、無事か?」


 ジェコフは、友の身を案ずる。


「そうか」


 親友であり戦友のノルの答えに、ジェコフは顔の筋肉を和らげる。「祖国の為に、ですよ」かつてノルが語った夢物語は、今もジェコフの中に在る。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 メルググラード中央地区 大聖堂


 避難民に溢れる聖堂に、無数の魔法の光が外へと靡いていく。その光が指し示すもの、それは安全が保障された場所。

 感染者の活動が鈍くなった今しかない。その魔法の主は、もう二度とないであろうチャンスを逃さない。


「ねぇママ。パパはいつ来てくれるの?」


 無邪気な子の問いに、母親の心は壊れていく。だが、魔法の光は優しい。母親は、安寧を得るべく光の源へと歩き始める。


「綺麗な光だ。優しい。やさしい」


 同じく荒んだ心を持つ避難民らは、同じく光の源へと歩き出す。


「嗚呼!これも神託よ!」


「救世の魔術師様だ!」


 度重なる悲劇に精神がイカれてしまった教会の人間も、光の糸に連れられていく。正確には、光の糸に釣られる人間、だろう。

 数時間後には、この聖堂は破壊されるだろう。人生を神に捧げた人間にとって、この聖堂はもうひとつの実家であり家だ。多少強引にしなければ運命を共にする人間もいる筈だ。ペトナにとって、聖堂などどうでもよい。だが、大切なモノを理不尽に奪われる気持ちは、何よりも嫌いなのだ。その為にペトナは誓いを破り捨てた。大切なモノを少しでも感じられるように。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 メルググラード北部地区 ヴァンフ百貨店


 地下の狭い一室に横たわる夕凪の元に、二つの人影が歩み寄る。一人は完全に力が抜けており、自力では立てそうにない。それを介助するもう一人。


「はぁ、はぁ、はぁ。ごめん、ね。エクーネ」


 傷だらけの少女·ツクヨは、エクーネの肩に掴まり、ゆっくりと腰を地面に付ける。右腕に裂傷、左大腿骨粉砕等々、ツクヨやエクーネの回復魔法でも再生には時間が掛かる程の怪我だ。ただの物理的な怪我ならよかったが、生憎喰らったのが攻撃魔法。他人の魔力が傷口に付着しているため、回復能力を阻害してしまう。


「いいよ。仕方ないよ。あの魔法はきっとエヴォイのね。あっさりと裏切っちゃったねアイツ。うぅぅん。面倒だねぇ」


 エクーネは、ツクヨの患部に回復魔法を掛けていく。時間が掛かるのは承知の事。


「やっぱりね………。回復が遅い」


 本来なら、瞬く間に治癒する筈のエクーネの回復魔法。しかし、ツクヨの傷は、そう簡単には治らない。


「わ、私の事はいいから。魔法じゃ、限界なんだよ、きっと。お医者に掛からないと、駄目、だと思う」


「でも、もうこの街じゃ………。そうだツクヨ。いい考えがあるんだ!」


 エクーネの顔が愉悦に染まる。隠そうともせず、ツクヨを視る。


「う、うん。わかった」


「へぇぇえ。ずいぶんあっさりだね。大丈夫だよ。イタくないようにするから。すぐラクにしてあげるから」


「そ、そう、言えば。透、いや、触媒はまだ、完成しないの?」


 ツクヨは、隣で静かに眠る夕凪へと視線を向ける。既に完成している筈の触媒。この触媒の進捗によって計画は動く。


「そうだよぉ。まだ耐えてるみたい………。あれ?」


 エクーネは違和感に気付いた。


「――黒く、なってる」


 雪の様に白い夕凪の髪。その一部が漆黒に呑まれている。斑点のように振る舞う漆黒は、少しずつ白を侵す。上書きの様に思えれば、下書き、基盤の様にも思える。上書きならまだ良い方だが、もし下書きなら計画そのものが破綻することになる。計画の為に造られた贋作(夕凪)は役目を放棄しようとしている。エクーネからしてみれば、これ程にまで不愉快な事はない。故に、


「そうか!そうか!やっぱり奏クンも殺らなきゃねぇ!!繋がりがあるんだよ!きっと!錨を上げなきゃ船は出ない!そうだよそうだよ!アンカーを、錨を殺さなきゃ!」


「――だからさぁぁあ。ツクヨちゃん。やろうか」


 ツクヨは、抵抗は叶わないと判断し、全てを受け入れる事にした。その方がきっと楽だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ