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魔械乱世  作者: 明松沢実
第一章
12/12

06―B


 門前に陣取るエミリは戦場の変化を俯瞰する。


 天守台最上部で発せられた魔力を皮切りに出現した謎の気配。それは郡山城全体を覆い尽くすまでに膨れ上がり、目の前の追手門から異形が姿を現した。


「屍の、魔物。それにしては魔石の色がおかしい」


 魔物の核となる魔石は黄金色のはず。しかし目の前の個体は漆黒の魔石から顕現していた。


「生物兵器。その一端か」


 感情渦巻く戦場に魔物が現れることは珍しくないが、状況から察して任務と無関係には思えない。そんな個体が次から次へ追手門に押し寄せている。


「連絡が取れない。どこも同じ状況だと」


 端末に連絡を試みるが返答は来ない。すぐ近くの櫓に配置しているはずの二人からすら。この戦場を呑み込む魔力を鑑みれば、どの区域でも同じ現象に追い込まれていると考えるべきだ。


「ならば不確定要素を先に始末するまで」


 石垣に追い詰めた剣兵たちを一網打尽にすべく魔弾を強魔法、その先へと増大させていく。


「己を思え」


 ここへ来て武人から始めて言葉が発せられた。だからなんだと、かつてのエミリなら躊躇わなかっただろう。しかし部隊に属し、仲間の弱さを知った彼女なら、その感情を理解できる。

 命乞いではない。こちらへの対抗心も感じない。意思を汲み取った彼女は留めていた魔力を破棄した。


 武人が屍に魔刃を放ったことが答えである。


「何の真似ですか」


「忠岡さまの御言葉だ。我等に与えられた唯一の」


 魔石を失った武人が言葉を振り絞る。契約を断たれて意識を保っていられるとは、さすが忠岡の忠臣といったところか。立ち上がるまでは行かずとも己の意思を伝えてくる。

 彼の言葉を体現するように武人たちは一様に得物を掲げ、追手門から溢れ始める屍へと相対した。


 そんな姿へ向けてエミリは時間が惜しいと手短に方策を共有する。


「銃兵は固まりを遠隔で間引き。剣兵は撃ち漏らしを確実に」


「相分かった」


「追手門に防衛陣を敷きます。一匹足りとも逃がしません」


 どれだけ屍が溢れようと、一度に門を潜れる数には限度がある。知性を奪われた屍はそれが分からず我先にと押し合い圧し合い団子状態だ。

 足を止めた塊へ魔弾を撃ち込み一網打尽とする。武人たちに用意していた方策を屍へ使わせてもらう。


「さて、配分さえ間違えなれけば持ち堪えるでしょうけど。屍の総数と不確定要素が気になるところです。他の区域はどうなっているんですか」


 端末に打ち込んだ連絡に未だ返事はない。不明瞭な戦況に仲間への心配が募るばかりだった。




 追手東隅櫓はライトが持ち場を担当している。戦場に異変が発生すると間もなく押し入って来た屍たちと向き合う最中であった。


「意識のある人は負傷者を連れて脱出。急いで」


 彼は先まで刃を交えていた相手の救出作業に従事していると、どうして遠津兵を助けているのだろうと我に返るが、新たな屍を光に還してやるとそんな疑問は霧散した。


「ここは僕が抑える。きっと追手門前に防衛を敷いているはずだから、水路に沿って合流してくれ」


 魔物は地上にしか現れず、空を飛ぶことも、泳ぐこともない。急斜面の水路石垣には介入されないと見越して避難を誘導していく。

 道中の護衛までは賄いきれないため、せめて殿を務めるべく櫓を捜索していると、ライトは不自然な穴を発見した。


「櫓内に穴か。人工物だけど、新しい」


 その名の通り矢の蔵である施設だ。武器庫として拡張を試みたのだろうか。心を誤魔化すように言葉を連ねるが、任務の不安要素は排除しておきたいと、半端に捲れた床板を引き剥がす。


「嫌な予感ほど、当たってしまうものだね」


 漆黒の魔石。数は三桁を超えるだろう。深さ次第ではもっと存在しているかもしれない。


「さて、どうしたものか」


 苦笑混じりに頭を掻いている間にも、屍の腕が伸びていく魔石の山に、ライトは決断を下す。




 こちらは追手向櫓。救出作業もそれほどに長期戦を見込んで武器の回収を指示していた海瀬は穴を発見する。


「なるほど。これと同様の巣窟が敷地の各所に設けられてるわけね」


 顕現を始める屍たちへ魔弾を撃ち込むも、表面の魔石を五個ほど壊しただけで、穴の底からはまた新たな手が生えていく。


「攻撃が魔物の生成に追い付かない。魔力も足りるかどうか」


 無茶をすればこの巣窟を殲滅することは可能であろうが、背後から新手に包囲されれば魔力不足で詰みとなる。海瀬の判断は早かった。


「こちら海瀬。巣窟を発見したが手に負えない。これより遠津兵と共に追手門へ合流する」


 誰も端末へ応答する余裕はないだろうと、音声入力で手早く戦況を上げた。少し前にもエミリから同様の連絡が見られるので、遠津兵の受け入れは順調に進むだろう。


「そこの遠津兵、手を貸しなさい。負傷者を回収後ここから撤退する。本丸側は屍が押し寄せるから、縄なり梯子なりで追手門の外へ降りて」


 せめてもの抵抗に巣窟を崩落させてやるが、埋もれた瓦礫は僅かに動きを見せる。やはり屍の動きは封じられないとして、海瀬はこの場からの撤退を急ぐことにした。




 本丸東西を繋ぐ極楽橋にはレオンが向かう。天守台から見た屍たちの動きは真っ直ぐ東へ、那羅穹窿を目指していると判断し、本丸西部から出現する群れを極楽橋で一手に引き受ける腹積もりであった。


「単純に東西で分割したところで、数は五〇〇。本当に抑え切れるのか」


「権城の手元に残された分を差っ引けば四〇〇と言ったところか」


「どちらにせよ変わらないだろう」


 減ったとしても二人で相手取れる数とは思えない。そんな抗議の視線を先導する忠岡に向けるも、何を悟ってか追い打ちの言葉を返して来た。


「抑えるのではない。殲滅するのだ」


 迷いなく言い切る背中は頼もしく、立ち塞がる屍を魔刃一太刀で一〇は減らした。あと四〇回くらい刀を振ってくれれば殲滅も出来るのだろう。


「魔法に差は生まれないはずなのに、どうしてここまで実力が違うのか」


 圧倒的な技量を見せ付けられて思わず言葉が漏れてしまう。魔石との契約は常に平等を強いられる。鍛練を積み重ねたところで出力も継戦時間も変わりはしないのだ。

 そんな無力感に包まれている間にも二人は極楽橋へ辿り着く。地を行くしか出来ない魔物が橋の両端を堰き止めるように押し寄せていた。


「思い遣りであると教えた。相手を思い、己を思えば、振るうべき太刀筋が見える」


 言うは易く行うは難し。その境地に辿り着くには何が足りないのか。


「オレも、貴方の場所まで行けますか」


 仲間でもない相手に何を縋っているのか。自分で言って恥ずかしい。


「信じている」


 たった一言。そこに込められた感情は優しく重い。だが間違いなく言葉通り、信じてくれている。


 いつか必ず辿り着く。


 期待と決意。意味は違えど同じ言葉を胸に、二人は今を生きる刀を構えた。




 天守台最上部。


 那羅穹窿を含む盆地の絶景。そこへ進軍を始める屍たちに権城は大手を広げた。


「くはは。喰い破れ、踏み躙れ。人類滅亡の脅威である災厄が我が意のままに」


 郡山城の各地では留まることなく屍が湧き出し、敷地を埋め尽くさんばかりの異様が、権城の意思に従って歩みを進めている。


「僕を嘲った無能たちめ。僕の提案を撥ねつけ胡座をかいた怠慢な役立たず共が。見たか。僕は。僕はここまで登り詰めたぞ」


 夜闇に呑まれる高笑い。深夜が齎す感覚麻痺により今までの不平不満が溢れ出て止まらない。見えない何かを殴り付けるように踊り舞ってしまう。

 日頃から陰口や八つ当たりなどで憂さ晴らしをしているが、とにかく普段以上に喚き散らしていた。


「権城、あなたは何をしたの」


 狂喜乱舞を体現する不気味な大人へ、アリサは驚愕と憤怒を堪えながら詰問する。権城は陶酔を邪魔する声だとして怒鳴り散らすが、それが彼女の声であると分かるや瞬き一つで平静を装った。


「君が僕を拒むからいけない。僕たちが手を組めば世界が手に入るというのに。僕を否定する存在は全て恐怖の淵へ突き落としてやるのさ」


「こんな真似が許されるとでも思って」


「僕が許す。僕の世界なのだから。僕が全てなのだから」


 自己陶酔が極まったのか、彼は夢想の世界から帰って来れないらしい。もはや言葉を交わす能まで捨て去ったようだが、最後に一つだけ聞いておかねばならない。


「この暴挙を止める方法は」


「無い」


 ならば始末して止めるまで。言葉もなく無手で駆け出したアリサは、口角を上げた顔面へ目掛けて魔装の盾を展開。相手の視界を奪い距離感を狂わせると、その隙に魔石へ槍を突き出した。

 それを逸らすのは権城の細剣。鍛練不足が一目で分かる芯の無い扱い熟しだが、ゆえにひらひらと掴み所のない動きで躱されてしまう。


「武術の心得があるのかないのか」


「何事も見様見真似で熟せてしまってね。我ながらここまで登り詰めた才能が恐ろしいよ」


 中途半端な才能が彼に慢心を与えた。他人より出来てしまうため、周囲を見下し、自分が高みに存在していると勘違いする。


「少しでも努力を学べば現実を知れたものを」


「努力なんて見窄らしい真似は僕に相応しくないだろう」


 アリサは理解した。彼を生理的に受け付けない理由を。


「努力している人を嗤う奴なんて、大っ嫌い」


 歪な鍔迫り合いを打開するため強魔弾で面制圧を試みるが、そこは相手も強障壁を展開して防いでくる。読み通りの対応に爆煙を潜り抜けて別方向から奇襲をするが、そこへ魔の手が伸ばされた。


「好き嫌いで戦争は生き残れないよ」


 だから権城はどんな汚い手でも使う。自称天才である自分を誇示するため、嘲ってくる相手を蹴落とすために。


 魔物の手を借りてでも。


 奇襲の間合いに入ったアリサの足が何かに掴まれる。天守台の地面から生えた屍の腕だ。


「ここで引導を渡す」


 槍を突き出すが足を引き摺られ間合いを外される。それでも届けと、自傷覚悟で近距離相手に魔刃を放った。

 触れるか触れないかまで接近した槍。一度は防いだと認識した攻撃への油断。そこから新たに放たれる魔法に権城は対処できない。なぜならば、組手を、努力をしたことがないから。


 魔刃は確かに相手へ直撃してみせた。その余波をアリサも直に受けて弾き飛ばされる。


「痛ってえなぁ。この愚民風情があぁ」


 彼女の一撃は僅かに魔石を逸れた。胸を斜めに刻まれた権城は、己の美貌と尊厳が汚されたことへの憎しみと、痛みによる怒りを目の前の相手に浴びせる。

 苦渋に歪むアリサを踏み付け、立ち上がろうとする度に屍が足を引き摺り、腕を押さえ、伏せる彼女をまた蹴り付ける。


「調子に乗りやがって凡人がよぉ。テメェなんざ被験された身体にしか価値がねぇんだよ」


 権城は魔法が飛んでくることに構わず、負傷するがまま相手を痛め付ける。抵抗が鈍くなるまで憂さを晴らすと彼女の顛末を屍に委ねさせた。

 体力を奪われ苦鳴を漏らすアリサが屍に引き摺られ、群れの中に呑まれていく。


「くはは、魔物に弄ばれて無様だねぇ。ふぅ。命は奪わないでくれよ。というか、この送信機にそれだけの機能はあるのか」


 開発者の智稔は歩く方向を指定できるだけと言っていた。展望を見渡すと、極楽橋に忠岡らしき剣筋が煌めいている。彼が屍に襲われている光景を見るに、受信機を付けた魔物は無差別に獲物を襲っているのだろう。


「忠岡は滑稽だけど、竹林橋から迂回する屍がいないな。無能だからか。いや、効果範囲が定まっていると考えた方が妥当か」


 研究の副産物や玩具と呼んでいた理由がこれだ。


「権限を移譲できないとなれば、僕に穹窿まで散歩させろと。後始末もどうするのさ。わざわざ僕に魔石を破壊して回れと。でなければ辺境に放ちに行けと。そんなことをしていたら他の幹部に横取りされてしまうよ」


 権城が考える限りは欠陥品だった。不満爆発である。


「せめてのお楽しみも、屍に喰われてしまったか」


 踏んだり蹴ったり。彼女に行っていたことだから嗤ってしまう。


「面倒くさいな。僕も帰ろう」


 研究実験と聞いてはいたがここまでとは。穹窿内で行えばとも思うが、これだけの臨界魔石を持ち込む段取りを考えるだけで面倒の極みである。

 何もかも面倒になった権城は帰宅の途に就こうと戦場に背を向ける。原始魔石だけは持ち帰らねばならず送信機も手放せないが、戦艦に乗ればいつかは屍も置き去りに出来るだろう。

 どこを向いても屍ばかりで嫌気が差し、脱力しながら骨団子を横切った。


 その背中に槍が迫る。


「しつこいなあ。ガチャガチャとバレバレなんだよお」


「この絶望から逃げることは、許さない」


 身体を赤く染めたアリサの槍と権城の細剣が交差する。しかし彼女は鍔迫り合いが成り立たないまでに満身創痍だ。それでも、何度でも、彼女は脅威に立ち向かう。


「それでこそだ。アリサ」


 散り散りに飛び交う屍の残骸。視界を塞ぐ程の質量を斬り拓いて二本の刃が迫る。


「また邪魔をするか失敗作」


 アリサへ伸ばされる魔の手に割って入ったアレン。それは屋敷の再現として権城が因縁を爆発させた。


「何度だって断ち切ってやるよ粘着質」


 二人の激情に呼応するように魔石の段階が上がる。交差する剣が月夜に火花を咲かせていった。そうして剣戟が激しさを増す一方、膂力、技術、速度、度量、全てに劣る権城は屍の手札を増員する。

 アレンの攻撃は骨の壁に阻まれ、その隙間から細剣が突き出されてくる。手数に於いて逆転を許し、多勢に無勢を強いられる現状では、権城に届かない。


「わたしを忘れないでくれるかしら」


 頼もしい声に合わせて魔弾が飛来。アレンを取り囲む屍を光へ還す。満身創痍のアリサが合流し、背中合わせに体温が伝わる。


「背中を任せていいか」


「支えたい。支えてほしい。でしょ」


 彼女の前でしか見せない弱音。今はその言葉が頼もしい。


「一緒に希望の光を見よう」


 負傷の激しいアリサは継戦時間ではなく体力が保たない。彼女の負担を減らすためにもアレンは早期決着を狙って目の前の相手に集中する。

 実力で上回るアレンだが数の暴力を前にして限度がある。彼の負担を減らすためにもアリサは戦況を掌握すべく相手の手駒を一手に引き受ける。


 背中は互いが護ってくれると信じているから。


「遠津幹部権城。おまえはここで仕留める」


 駆けるアレンの双剣が権城の細剣と相見える。多方から迫る猛威に飄々と軽い足取りだったはずの権城が煽られて態勢を保てない。

 思いを乗せた剣が権城の細剣を下し、勢いそのままに遠心力を乗せた蹴脚が前屈みの側頭部を襲う。横倒しとなった権城はすぐさま起き上がろうとするが、頭蓋骨の薄い部分に加わった衝撃が脳震盪を起こし立ち上がれないでいた。


 もとより彼個人の力量では部隊の誰にも及ぶはずがなかった。才能に胡座をかいた怠慢が、弱さを受け入れた努力に勝るわけがないのだから。


「僕は、こんなところで終わる凡人ではない」


 権城が己を守るように屍を出現させ二人を逃げ場なく包囲する。いくら力量に差があろうと一度に処理できる数には限りがあるはずだ。


「そんな慢心があるから、あなたはその程度の域を超えられないのよ」


 アリサの魔弾が強魔法を超えて魔力を増大させていく。彼女の意思を受け取ったアレンも、最後の一撃を加えるために構えを取った。

 予備動作の二秒。僅かであるが隙である。しかしその背中は信頼する人が守っている。だから、全力を出せるのだ。


 アリサが顕現させたのは月夜の中で黒く輝く魔弾。直径五メートルの闇が触れるモノを抉り取る。

 奥義魔弾。鈍重ながらも彼女の手に合わせて動く闇が、天守台に蔓延る屍たちを薙ぎ払うように呑み込んだ。


 呆然と現実を受け入れないでいる権城に、次はアレンが仕掛けていく。


 アレンが顕現させたのは月夜の中で黒く輝く魔刃。己の魔装に纏う闇が触れるモノ全てを拒む。

 奥義魔刃。双剣を組み合わせ大剣へ姿を変えた魔装が、己の前に立つケダモノを否定するように断罪した。


 屍の壁を喰い破り禍々しい圧力が迫るなか、防衛本能を働かせた権城は強障壁を展開するが、奥義に対抗できる手段は奥義にしか存在しない。


 手駒を喰われ障壁が破られ威力を減衰させるも、圧倒的な脅威を前に無力を晒した遠津幹部権城は、魔石を断ち切られ胸に新たな傷を深々と刻んだ。


「くそっ。奇襲とは卑怯な」


 魔石との契約を断ち切られても意識があるとは、幹部の肩書も伊達ではないのか。


「何が不満だ。何がいけない。いったい僕に何が足りないと言うんだ。僕を選べ。それしかないだろう」


「立ち上がれよ。アリサはどんなに困難な状況でも、必ず立ち上がってみせるぞ」


 屈辱に歪む権城が項垂れ再起しないことを確認すると、逸る心を抑えつつアリサを見遣った。天守台に蔓延っていた一〇〇の屍は二人の健闘を前に更地となっている。


「わたしは平気。まだ立てるわ」


 身体の至る所を赤く染めてなお、彼女の信念が折れることはない。しかし負担が大きいことも事実で、すぐにでも治療が必要な状態だ。そんな心の機微を悟ったのか、アリサが胸を張って気丈に微笑む。


「あなたが、そばにいてくれるもの」


 真っ直ぐな言葉に困惑するが照れている場合でもない。正面の光を惜しみつつも背後の闇と対峙せねば。

 不平不満、愚痴、戯言が止まらない権城を拘束。生物兵器を操っている送信機を奪い、その小さな魔石を観察する。


「これが原始魔石の欠片。止められそうか」


「魔石であるからには権限の移譲も出来ないし、破壊しても屍は消えない。融通の利かない装置ね」


 それが欠陥品であろうと、向けられる側にとっての脅威で変わらない。


「原始魔石を全て集めて破壊する任務だが、解析を済ませるまで司書に渡しておくしかない」


「対策は急務だもの。あの人に任せておけば。ん、なに、この気配」


 見晴らしがいい天守台からの光景は、屍の殲滅に成功したのか、元の姿を取り戻している。それでも増大する魔力の気配。嫌な胸騒ぎが類似する記憶を呼び覚まし、心に刻まれた絶望の再来を突き付ける。


「魔人化」


 小さく紡ぎ出された答えに二人は駆けた。それを否定したくて。


 仲間の命が失われたことを、受け入れたくなくて。





 彼の故郷は辺境の集落だった。


 緑豊かな山々と長閑な田園風景。魔物の脅威こそあれど、共に乗り越える人たちは逞しく、愉快で楽しい毎日を過ごしていた。


 彼にとって何より楽しいことが、愛する妹と過ごす時間。


 二つ離れた五才の妹は好奇心旺盛で、やんちゃで、兄であるライトに抱き着く甘えん坊。元気が空回りして近所の子を泣かせることもあったが、ライトはしっかりと叱り、何がいけないことかを教えてあげる。そんな普通で平凡な日常が、妹と過ごす毎日が大好きだ。


 そんな故郷が一夜にして滅びを迎えた。


 魔物の襲撃を告げる知らせもなく、ただ突然に。小さな実家で妹を寝かし付けていると、目を焼き付ける光が集落を覆った。ライトが気付いた時には周囲は瓦礫と炎に包まれていて、愛する妹は。


『そうか。僕の妹は、あのとき』


 燃える家屋の下敷きになった妹の手を握ることしか出来なかった。助けられない自分の無力を恨んだ。そんなライトに彼女は微笑んだのだ。痛いだろう、苦しいだろう。なのに兄を想って妹は最後に笑った。


『とても寂しそうな笑顔だった』


 それからはレオンの父に救出され、絶望を防ぐ力を鍛え、穹窿の部隊に配属が決まり、大切な仲間を、友だちを得た。


 遠津兵を助け出すため殿を務めたライトは、巣窟から溢れる屍を最後まで懸命に食い止めた。活動限界を超えてなお、絶望を見たくないと、ただ足掻き、そして、魔人となってしまった。


『アレン、どうして悲しむ』


 彼は涙を懸命に堪えてライトを見ていた。自分が軽々と掴み上げる彼は血に塗れている。魔人化した自分に手を下すことが出来ないのだ。

 彼の背後にはアリサとエミリが固唾を呑んでいて、レオンが嫌々と頭を抱え首を振っている。視界の端では海瀬教官や遠津の武人たちの姿も見える。先頭で固く腕を組むのは忠岡といったか。


 皆を守ることが出来ただろうか。自分の意思では身体を動かすことも出来ない。この意識さえ失われるのも時間の問題だろう。


『せめて君を壊してしまう前に』


 ずっと共に成長したかった。鍛練を共にして、食事を共にして、ケンカして、笑い合って。そんな日々は、もう来ないから。


『「ごめん」』


 アレンの魔装がライトの魔石を貫いた。光へ還る親友の姿にレオンが膝折れる。


 慟哭する彼の中で、心が壊れる音がした。





 春も終わりに差し掛かれば三枝祭さいくさのまつりが行われる。


 楽の音に合わせて百合の花に彩られた樽が供えられると、笹百合を手にした四人の巫女による神楽舞の奉納が始まる。これは疫病を鎮めるための祈りとされ、古代より現代まで受け継がれる祭だ。


 前線である葛城の戦に区切りが付いた魔械省の一行は、率川イサガワの地を訪れ、手を組み静かに祈りを捧げる。魔石を取り巻く疫病を鎮め、真の平和が訪れることを願って。


「ライト」


 災厄の犠牲者は後を絶たず、ついに掛け替えのない仲間まで逝ってしまった。幾ら呼び掛けても彼の陽気な声が返ってくることはない。


 祈りの時間が終わりを告げると、辺りは一転して賑やかな空気に包まれる。祭の感想に花を咲かせているのだ。


「レオン」


 思いを込めたアレンの声は彼にも届かない。弱さを分かち合い支え合っていた親友を失ったことで、彼の心は深く傷付き不安定となってしまった。

 何を思って祈りを捧げていたのか。淡々と作業のように済ませたレオンの無表情からは感情が伝わってこない。


 今は一人にしてあげた方がいい。時間が解決してくれる。


 仲間でも友だちでもない人物たちが並べた言葉だ。それは事実かもしれないが、アレンの心には悲しさと寂しさが渦巻いていて、どうしていいのか分からない。


 そうしている間にも友だちの背中は遠ざかっていく。


「アレン。僕は、君を許さない」


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