後日談19 コピー機と紅茶 下
おタヒはキマりきった目で鼻息も荒くコピー用紙を見つめている。正直ちょっと怖い。
「やっぱお気に召さなかったか? 紙薄っぺらいもんな……」
「逆よ、素晴らしいわ。一文字も間違いがないじゃない! これこそ私の国に欲しかったからくりだわ。写経も写本も思うままよ!」
「写本はともかく、写経はコピー機でやる意味があるのか……?」
やだなあ、コピー機で作られた写経。御利益なさそう。
「地方に送る律令などの文に間違いがあってはいけないから、何回も確認するのよ。大変時間のかかる作業だったわ。万が一税率だのに間違いがあったら悲惨だもの。写経は……まあ罰が当たるのは間違った当人だから構わないのだけれど、確かに御利益が薄まるかもしれないわね……」
なるほど、切実にこういう物が欲しい理由があったのか……。
確かに人力確認って限度があるからな。機械的な仕組みで防げるならそのほうがいいか。
「チケンくん、次僕のをお願いしていい?」
「USBメモリー借りるな。サイズはA4でいい?」
「うん! よくわかんないからそれでいい!」
画面の指示通りにメモリーを刺してPDFを出力する。
最近のコピー機は読み取り速度が早いな。俺が学生の頃はファイル読み込み速度もうちょっと遅かった気がする……。
これもさほどかからずにあっという間に二十枚の用紙に出力された。コピー用紙を手渡すと平岡さんは目を輝かせている。
「すごい、データにしか存在してなかったものが目の前で印刷されて出てくるなんて。まるで特級のユニークスキルみたいだ!」
おタヒとは違うベクトルで感動している。
テオネリアって紙とかほとんどなさそうだもんな。ダンジョンにあった本も実際にはデータの塊で実際の本ではないそれっぽい物質だったし。
「とりあえずほら、おタヒも平岡さんもそれそのまま持ってたら折れちまうからクリアファイルに入れろよ」
味も素っ気もないクリアファイルに紙を収めてインテに預かってもらう。この時点で二人は大分上機嫌だった。
それを見ている俺も少し嬉しかったし、グリセルダも嬉しそうな顔をしている。
「ではチケン、茶を頼む」
「あ、チケン、お菓子!」
皆でコンビニで適当に好きなものを買う。俺は一瞬コーラを飲もうか、と思ったがここはグリセルダに付き合ってコーヒーを買うことにした。
おタヒも平岡さんも好きなお菓子をカゴに入れている。
最近平岡さんも遠慮せずお菓子を選べるようになってきて嬉しい。もっと美味しいものを食べていっぱい幸せになってほしい。
支払いを終えてもらったカップでコーヒーと紅茶を淹れる。コーヒーは俺が、お茶はグリセルダとおタヒと平岡さんだ。ミルクティーだったりストレートだったり全員微妙に違う。
「ふむ、経過は表示されるが中は見られぬのだな……」
「でもいい匂いだよな」
俺の淹れた茶、うっすら匂いのする色付きのお湯になりがちなんだよな。抽出時間が足りないと思って長くすると渋くて飲めたもんじゃないし。
すべての用事を終えてコンビニから徒歩で近くの公園に移動する。俺達は木陰のベンチで簡素なお茶会をすることにした。
「ふむ、この茶も意外に美味ではないか」
ストレートティーを飲んだグリセルダが目を細めていた。
すまんな、俺の淹れる紅茶がまずいばかりに……。でもなんかグリセルダは俺の淹れた紅茶を飲みたがるんだよな。
「僕はこのミルクティーすごく美味しいと思う!」
「そうかしら、普通ではなくて?」
「俺の淹れた茶と比較してみろ」
「それと比べると段違いに美味しいわね!」
「チケン様のお茶は作り方が雑でいらっしゃいますからねえ……」
散々な言われようだが、こうして屋外で楽しくお茶をするのも悪くない。
この季節なら本当はソフトクリームとかが食べたいがこのコンビニにソフトクリームがないのが惜しまれる。
周りに人がいないので、インテがおしゃべりに参加できるのもよい。
皆でお茶とお菓子を楽しんでいると、子どもたちが公園で遊んでいる声が聞こえてきた。
「何して遊ぶー?」
「鬼ごっこ?」
「ブランコとか?」
「縄跳びは?」
「ボール遊びしよ!」
縄跳び。そういえばダンジョンでやったな。懐かしい。
そう思って遊んでいる子どもたちを見ると、その中に記憶にある顔がいた。
「ねえチケンくん、あの女の子つむぎちゃんじゃない?」
「本当だ、元気に帰ってきたんだなあ」
「まあ、健勝そうで良かったわ!」
「無事帰ってこられたのだな……」
後ろで複数の大人が笑顔で子どもたちを見守っている。その中の誰かはつむぎちゃんの親なのかもしれない。
「インテ、つむぎちゃんはもう俺達のこと覚えてないのかな」
「はい、残念ながら……でも、楽しい場所にいた夢は覚えているように調整していたはずですよ」
「そっか、でもそっちのほうがいいよ。痛くて怖い思いもしてたからな」
交通事故にあって、大怪我をして怖い銃を持ったおじさんに追いかけられた思い出なんてない方がいいだろう。記憶消去に至る他の理由もあるのかもしれないが。
そう考えていたとき明後日の方向からゴムボールが飛んできて、それをグリセルダは難なく受け止めた。
恐る恐る俺達に近づいてくるつむぎちゃん。
「あ、あの! ボール飛んじゃってごめんなさい!」
礼儀正しく頭を下げている姿にグリセルダも俺達も笑顔になった。
「かまわぬ、気をつけて遊ぶが良い」
グリセルダの渡したボールをつむぎちゃんは嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます!」
つむぎちゃんは一礼し、笑顔で手を降って友達の中に戻る。楽しそうに遊ぶ声が公園に響いているのを俺達はしばらく聞いていた。
帰りの車中でインテに質問をする。
「なあインテ、あの公園がつむぎちゃんの家の近所だって知ってたのか?」
「どうでございましょうねえ」
「深くは突っ込まないけど、ありがとうな」
インテにも言えない理由があるのだろう。それ以上は突っ込まない。
でも、多少の幸運には恵まれたのとは思う。
公園じゃない場所で遊ぶ可能性だって普通にあったはずだし、グリセルダが紅茶を飲みたいと言わなければあのコンビニは選ばなかった。
つむぎちゃんが日本で元気にしているのを見られて嬉しい。
地球に戻ってきたのを自分の目で見られたのはひときわ感慨深く感じる。
「皆日常に戻りつつ有るのだな……何よりだ」
「そうね、民草が笑顔でいることこそが国の幸福だもの。私の国ではないけど嬉しいわ」
「すごく斎王殿下っぽい言い回しだねえ」
「私は斎王なのよ! 当然じゃない!」
おタヒのおタヒらしい言い草に俺は突っ込まなかったが、確かにこうやって遊んでいられる平和な国に戻れて良かった。
その日の夕食はなんとなくレトルトカレーにした。つむぎちゃんと俺達で食べたカレーと同じ奴だ。
「ああ、以前ダンジョンで食べたものだな」
「セーフエリアで食ったあの辛い汁ね、懐かしいわ」
「辛いけど美味しいねえ」
一緒に縄跳びをしたことも、カレーを食べたことも、もう思い出さないだろうけど。それは俺がずっと覚えている。
これから先、ずっと元気で楽しく暮らしていってほしい。




