後日談17 その頃のテオデジ
おタヒが平岡に相談を持ちかけた直後、平岡はファビエに連絡を取った。チケンがメテクエのショップに生活を支配されている、と。
連絡を受けたテオレア・デジタルエンターテインメント社は『なんでそんなことに!?』と大騒ぎになった。
何しろまさかそんなおまけのコンテンツにユーザーがやり込み甲斐を感じ、体調を崩しかねないほどハマっているとは思わなかったのだ。
当人には告知されないし、地球にいる限りわからないことだが、チケンはテオネリアでは『実は極悪人だったヴェレルを倒した勇気ある英雄』という扱いになっている。有名人なのだ。
星間司法庁のトップ二人とファビエがやらかした事態の隠蔽という意味もあるが、テオネリアでは『論功行賞』が国是の一つとなっている。悪事を正したことは褒められるべきことだ。
チケンが業務に見合わない高給を受け取っているのもその一環である。
しかし、ゲーム好きだとは聞いていたがまさか自社のゲームにドハマリして、しかも生活をおかしくするレベルだと平社員達は知らなかった。
「うーん、まさかミルルまで完凸を目指していたとは……」
ファビエは深々とため息を付いた。
ミルルというのはチケンが完凸出来ていない無料ガチャ限定のレアキャラだ。エトワール姫のお供のようなキャラで出現率は0.098%。SSRレアよりも出現率は低い。
どのコンテンツも無課金でもよほどの縛り編成でなければクリアできるように作っているし、エンドコンテンツもちゃんと配布編成でもクリアできるように調整してある。
イベントとメインストーリー配布キャラでクリアできればいいのでは? というのがファビエの思想だ。
「チケン氏ガチ勢っすからね……ミルル単騎でエターナルダンジョン十階まで進んでたらしいっすよ」
カハールカが解説するも、カハールカもやや引いた顔をしている。
「まさか一日中張り付いてショップの無料ガチャチケット集めてる層がいるとは思わなかったっすね……」
無料ガチャチケットはログインだけでも一日一枚、一週間ログインし続ければ追加で3枚、合計十枚もらえるのだが、ゲーム内のコインで更に一日六枚買える。
そこまでして集めても高難易度で戦力になるキャラでもなく、ただのおまけくらいの気持ちで追加したのだが、地球のガチ勢の重箱をつつくような極め方にスタッフ一同改めて脅威を覚えている。
「制作者の俺でもミルル単騎じゃ五階もいけるかどうか……」
「私あのキャラ単騎って無理だと思ってました」
テオネリアから連れてきたエンジニアが数名同じ事を言っている。
「なんかSNSで見た限り、ガチ勢は無料ガチャ縛り編成でどこまでいけるかのRTAしてるっぽいっすね……」
「怖い」
「他にやるゲーム無いの!?」
「あ、もしかしてチケン氏ってSNSで気の狂ったエトワール姫の動画上げてる人!?」
「ああ、配布エトワール完全体作って単騎でエターナルダンジョンクリアしてた人……」
点と線が繋がる。
でもどうしてそんな地球のソシャゲ廃人がテオネリアで壮絶なバトルを繰り広げたのだろうか。一般社員の皆様は知る由もない。
ちなみにテオレア・デジタルエンターテインメントは非上場の株式会社で、実際の所本当に『ファビエの趣味で自費でやっている』ゲーム会社である。巨大な同人ゲームサークルのようなものだ。
なので、無課金でもクリアできるように作って、課金要素はおまけ程度のつもりだった。ガチャで稼がなくてもファビエが私費でサーバー代や社員の給料を出しているので全く問題はない。
ただ、テオネリアの法律上の問題で、現地の経済に影響する活動をしてはいけないということになっている。
なので、同業他社と同じ程度のガチャ代は回収している。その結果がこれである。
本当にファビエの『ソシャゲというものを作ってみたい』という程度のきっかけで生まれたゲームだった。なので、事前登録のときに少し広告を出した程度でほとんど広告も出していない。
それなのにガチャは回りまくり、グッズも買われ、社員たちはひたすら困惑していた。
自分たちのように長命なら一つのゲームに数年をかけるのもありだと思う。しかし、地球人の寿命は短い。そんな一つのゲームにこだわらなくても……とテオネリア人の感覚だと思ってしまうのだ。
もっと気軽に遊んでほしいものだが……という社員たちの気持ちは地球人にはあまり伝わっていない。
「あの! じゃあチケンさんが喜ぶような追加要素を作りませんか、もちろんショップ改修が最優先として。私、頑張って素材描きます!」
メインイラストレーターの社員が声を上げる。
「やっぱエターナルダンジョンの追加とか?」
「エターナルダンジョンの最上層に追加シナリオ入れましょうよ!」
「プロットは平岡さんに発注してだいたいどんな感じにするか打ち合わせしましょ!」
「あー、敵のアイディアまだ使ってないやつ、ここで使っちゃいましょうよ」
社員たちは一致団結し、五日間ぶっ続けで作業をしアップデートをした。
――その結果チケンは狂喜乱舞号泣し、テオデジに感謝の祈りを捧げる。
「最高だ、嬉しすぎる……貯金全部テオデジに課金したい! 全キャラ持ってるけどガチャ回したい! 石、石を買わせてくれ!」
「チケン、正気? せっかく返してもらった蓄えではないの!?」
「やめよチケン、前回の破産で懲りたのではなかったか?」
「チケンくん、オフライン版は課金要素無いよ!?」
そうチケンの奇行をなだめる三人に、チケンのテンションは留まるところを知らない。
「だって俺この喜びを形で表す方法を課金しか知らねえ! あっ、そうだアートワーク百冊くらい買えばいいかな?」
「同じ本が百冊あってもしょうがないよね!?」
「あっ、じゃあ電子書籍ならいい?」
「電子書籍は同じ本を複数買えないシステムだよ!?」
そんなやりとりを平岡経由で聞いた社員はみな喜んだ。チケンの許可を取り、録音した音声を聞かせたのだ。
ちなみにチケン本人は照れるなあーくらいの反応で、全然恥じらいを覚えていなかった。
「喜びの声が聞けるのは良かったよねえ」
ファビエの声に社員も頷く。
何しろ地球人はSNSで感想をポストしたりメールを送ってくれるだけではなく、たまにアナログな手紙を使ってまで感想を届けてくれる。
紙の手紙なんてもらったことのある人間はテオネリアには誰ひとりいない。形に残る感想は皆を喜ばせた。
テオネリアではあまり個人の意見をはっきりとは出さない文化だ。なので、程よく感想をくれる地球でついついゲームを作って出してしまう。
喜ばれることがこんなに嬉しいことだと、地球に来るまで実感していなかったメンバーも多い。
「次ゲームが出せるのはいつかなあ」
社員の一人が呟いた。
一応、地球に会社を構えてはいるもののファビエの本業は王子である。
最近は姉であるエトワール姫との仲も良くなって、具体的にどちらが戴冠するかなどの話も進んでいるという。
そうなってしまえばこの会社も無くなるかもしれない。
ファビエが王になれば、王室行事で一年中王室にこもることになる。地球に来てゲームを作る余裕があるとは思えない。
「大丈夫、僕がいなくなってもこの会社は続けられるようにしておくよ。僕がこの会社のゲームを遊びたいからね」
幼女の方のファビエが微笑むと、社員は皆安心して笑顔になる。
なんでそうなったのかの詳細を社員たちは知らされていないが、幼女もファビエだということは社員も知っていた。社員一同、幼女の方のファビエも好きだった。
イケメンの方の社長も良かったが、本体だというエトワール姫似のファビエの愛らしさは凄まじい。エトワール姫のシャープな美しさと違った、穏やかで柔らかな魅力がある。
ただ、社員が『没になったミラクル☆ファビィじゃないですか!』というと本人は渋い顔をしていたが。
王子であるファビエだが、自分の好きなものを作って売るというテオネリア的にはややアナーキーな楽しみが現在は許されている。
それはもし王になれば残りの人生の千年か、それ以上をテオネリアに捧げることが決まっているからだ。
それはエトワールも同じであり、どちらかがこの国の王位を受け継がねばならない。
社員一同地球での暮らしとゲーム制作を楽しんでいるが、それ以上に思っていることがある。残り僅かかもしれないファビエの地球での生活を、できるだけ喜びに満ちたものにしたいと。




