後日談7 エト姫の休日 下
俺達はスイーツビュッフェに遊びに来ている。
元々来る予定ではあったが予定にはなかったエト姫を連れてくることにした。
エト姫はきっとこのイベントを楽しんでくれるだろうからだ。
そして、俺はエト姫を自由にしすぎてはいけないこともわかっていた。
ここで自由にさせると牧場にオオカミを放つようなものだからな……。ビュッフェそのものを食い尽くしかねない。
他のお客さんのスイーツも護りつつ、エト姫を満足させるのが今日の俺のミッションだ。
「じゃあ、俺とグリセルダで皿にスイーツ盛ってくるから、エト姫とおタヒはここで待っててくれよ?」
「そうだぞ、ここで俺と一緒に待ってるんだぞ」
小さい方の俺がエト姫とおタヒの間に座って睨みをきかせる。
おタヒはお姫様なので自分で取る気がなく、俺にサーブさせる気満々である。今回はいいだろう。そのほうが安全だ。
背が低くて取りにくいだろうしな。
「グリセルダ、手伝わせてごめんな」
「よいだろう、エトワールを野放しにするわけには行かないからな……」
俺が日本に帰ったあともエト姫の蛮行を見ていたらしいグリセルダは珍しく自主的に手伝ってくれていた。有り難い。
「とりあえずおタヒが好きそうなのと、エト姫は何でも食うだろうからいっぱい取るか」
「お前が日本に帰ったあと、飾り用の花や葉まで食って腹を壊して叱られていたからな、エトワールは……」
うーん、本当に食い物を選ばないな。というか食い物ですら無いな。好き嫌いがあるよりは良いかもしれないが……。
俺はとりあえず、北海道産のメロンを使ったケーキや、沖縄産マンゴーのムースケーキ、フルーツゼリーなどを盛り、グリセルダは飲み物をサーブしてくれた。
「うわあああああ! なんて素晴らしい匂い! 素晴らしい見た目! 地球の食べ物最高!」
「うふふ、そうでしょう、エトワール。一杯お食べなさい!」
「うん!」
何故か運んできた俺達ではなくおタヒが偉そうにしている。いつものこと過ぎて怒る気にもなれない。グリセルダももうこの程度のおタヒの行動では動じない。すっかり慣れてしまったな……。
「あら、この山吹色の瓜のけえき美味しいわね!」
「メロンっていうんだぞ。夕張メロンだってさ」
「このベリーのタルトも良く出来ている……!」
「ふはーひ! ひははひ、ふぉっふぉふぉっふぇきふぇ!」
エト姫は口いっぱいに詰め込みながら言ってるが、なんとなく言ってることはわかるような気がする。それにしても減る速度がヤバい。
「エト姫、食べながら喋るな! 大人しく待ってろ!」
俺は自分用のケーキを食べるのもそこそこに、エト姫の追加のおかわりをサーブする。
マカロン、ピーチメルバ、パッションフルーツのソルベ、食べやすく切り分けられた新鮮なメロン、スイカのデザート、フルーツクレープ、フルーツロールケーキ……
一応全種類食べられるように運んでいくが、次々とエト姫の口の中に消えていく。
「ふはーい!」
「食べながら喋るの止めなさいよ、エトワール!」
「ううむ、本当に味わっているのか、エトワール?」
グリセルダが疑惑の目でエト姫を見つめる。エト姫は口の中のものを喉に流し込むと、一旦食べるのを辞めた。
「もちろんだとも! ……このメロンというウリ科の実は、独特の芳香にねっとりとした舌触り、良く熟して甘味も強い。手間ひまかけて育てられた作物であろうことがわかるね。それが食べやすく切り分けられていて、口に運ぶたびに滑らかな表面と舌で崩せるような柔らかな果肉のハーモニーが口の中に広がり、喉を抜けると鼻から香りが広がっていく。本当に素晴らしい!」
あ、本当にちゃんと味わいながら食ってるんだ……。意外だ。
「いやあ普段はさ、食事なんて三分で栄養ブレッド食ってろって言われるから、ゆっくり食べるってほとんど無くてさ。早く食べて仕事しなきゃ、食べてる暇があったら書類に目を通さなきゃって気が急いちゃってねえ」
エト姫は普通のことのように語るが、食事が好きなタイプの人間には居辛いんだろうな、テオネリア……。
「でも確かに、こんなスピードで食べてたらもったいない気もするな……こんなに美味しいのだから、ゆっくり味わって食べるべきか……」
「そうね、九十分もあるのですもの。ゆっくり食べましょうよ、エトワール」
おタヒがそういうと、エト姫の顔色が変わった。
「えっ!? 私は今日夕方までここに居座ってガッツリ食べる気まんまんだったんだけど、本当に九十分なの!?」
「そうだよ、人気だから延長できないぞ」
「なんてことだ! さあ茅原氏、ジャンジャン持ってきて!! 時間いっぱいこの美味を楽しまないと!」
九十分全力で食べ続けるのか、この女は。俺は少し空恐ろしい気持ちになっていた。
ちなみに俺はまだケーキを一個も食べられていない。
結局エト姫は、ビュッフェに並べられた全てのスイーツと非スイーツを全種類、複数個ずつ食べ、もちろん飲み物も全種類制覇した。
結局、俺は小さなケーキを一つとすっかりさめたコーヒーを時間間際に慌てて消化して終わった。もとからそんなに食べるつもりはなかったからいいんだが……。
気がつくと皿が回転寿司のように積み重なっている。時々係員の人も回収してくれるのだがそれでも追いつかないくらい食っていたのだ。正直係員の人の視線が若干痛い。
(インテ、これ出禁になるかなあ)
(その場合はスフォー様の名義で私が予約しますので……)
(よろしく……)
結局、八十五分あたりでエト姫が「腹八分目かな」という申告をしたのでそこで俺達は会場を出た。
「一杯食べたわ! あの瓜また食べたい!」
「どれも美味であったな、あのピーチメルバとやらがまた食べたい」
「茅原氏、これお金積んだらもう一周できない? あのメロンソフトがあと三キロほど食べたいんだが」
「できねーよ。募集開始時刻にパソコンに張り付いてやっと予約取れたんだぞ。というか、どんだけ食ってんだよ……太るぞ」
「ハハハハ、実はテオネリア人の一部は腸の中に特殊な微生物を飼っているんだよ。それが、食べ物を片っ端から分解して余分な分は魔力に還元してくれるんだよね!」
あ、そんなずるい方法あるんだ……。
地球でダイエット薬として売り出せば覇権とれるんじゃないのか?
「何だそれは! あまりに卑怯ではないか!?」
ダイエットのために週二で星間司法庁職員とガチの殴り合いをしているグリセルダもやはり同じ感想を抱いたようだ。
「でもその微生物がいない人もいるから、体質なんだろうねえ~。その細菌、いる人といない人がいるらしい。うちはいる家系なんだってじいやが言ってた」
「うーん、なんだか羨ましいな……」
「まったくだな……」
「うちは【複製】とか、消費の大きいスキル使うことが多いから魔力にして蓄積する体質になったんだろうな。魔力って使うときは死ぬほど使うからさ」
確かにエト姫は魔力量もずば抜けていた。ヴェレル戦のとき使っていた魔石の量も他の人より少なかった気がする。
「お陰でMPは常時余裕があるが、すぐに腹が減ってしまってねえ……出先だと常に物資の補給があるわけでもないし、すぐ空腹になって困るから良いことばかりでもないよ」
「色々な苦労があるんだな……」
もしやだから虫を食うようになったのか? と思いはしたものの、俺は突っ込まなかった。あんなに美味しいケーキを食べたあとに虫の話なんかしたくない。
俺以外はみんなそれなりにスイーツを堪能したので、曇なのもあり少し歩くことにする。
スイーツビュッフェのあとの予定は特になかった。
せっかくなので日本の町中を一緒に歩いてみた。
エト姫は通りすがりで家系ラーメンを食べたり(流石にエト姫一人で食べ俺達は近くで待機していた)、牛丼大盛り(卵と紅生姜大盛りを添えて)を食べたり、デカくて有名なハンバーガーチェーンで巨大バーガー(パティ四枚重ね)を食ったりした。
俺達はただそれを見守っていた。匂いでおタヒが若干辛そうな顔をしていたが……。おタヒは脂の臭いとかに若干弱いんだよな。
エト姫はすべての食物を満面の笑みで口に運び続けていた。
その後焼き肉食べ放題に入りたがったりしたが流石に止めた。塩分的な意味で良くない。
「いやあー地球は本当に食べ物が美味しいねえ! テオネリアに戻ったら味気ない生活に戻るのかと思うと悲しくなるよ」
「今日のエト姫だけで俺達の一週間分くらいのカロリーを摂ってそうだな……」
「私の一ヶ月分くらいの菓子を食べていたのではないかしら」
「姫様、塩分は流石に魔力になりませんよ、健康診断をお覚悟なさったほうがよろしいかと」
「インテはじいやみたいだなあ~」
口調とは裏腹にエト姫は楽しそうだった。
仕事以外で自由な時間がないと、やっぱ奇行に走りたくなるのかもしれない。
俺も仕事が忙しかったときは短時間でも遊んだ気になりたくてその時開催しているガチャを必要なくても引きまくっていたし……。
結局、エト姫はその日帰ってきて家で俺達と楽しそうにゲームをしたり、地球式の風呂に入ったり、一緒に夕食を食ったりして客室で爆睡。
翌朝、朝飯を俺達の三倍くらい食べるとあっさりと帰還を決めた。
「もういいのか?」
「仕事があるからね……まあさっさと母上に怒られて仕事の続きをするよ」
「仕事しないとグリセルダとおタヒの予定も立たないからなあ、頑張ってくれ」
「そうだねえ、二人をお待たせしてしまい申し訳ない」
「ここでの生活も悪くはないがな」
「結構楽しいわ!」
グリセルダとおタヒの二人ともが楽しんでくれているのは良かった。エト姫も二人の楽しそうな顔を嬉しそうに見つめていた。
「あ、そうだ。エト姫にお土産があるんだ」
「む?」
俺は、ネットで注文したそのお土産を手渡す。
「テオネリアの飯って味気ないだろ。だからさ、これ塗って食べたらいいと思う」
俺が渡したのは、朝食ビュッフェや給食なんかで出てくる、小分けになった日持ちのするジャムやバター、チョコスプレッドなどのポーションだ。二つに折ると中から出てくるやつ。
テオネリアの主食の栄養ブレッドは、穀物の風味すらない虚無の味だ。虫よりも虚無の味が嫌いなエト姫にはこう言うのが救いになるのではないか、と前々から俺は思っていたのだ。
「おお、これは……! 一個試しに塗ってみてもいいかな」
「もちろん」
エト姫がカバンから栄養ブレッドを取り出し、ポーションのジャムを塗って口に放り込むと、顔が一気にほころぶ。
「すごい、栄養ブレッドが美味しくなる!」
「食パンに塗るためのやつだから、合うかなと思って」
通販サイトで見かけてエト姫向けじゃん、と思って買っておいたんだよな。渡せてよかった。
「素敵なお土産を貰ってしまったな、これはますます職務に精励しないと」
「また来てくれれば新しい味を用意しとくよ」
「今度は私のおすすめのやつを用意しておくわ!」
「この他にも良い味のジャムがあるのでな、用意しておこう」
「楽しみにしておくよ!」
そういってエト姫はすっかり元気を取り戻し、元同人誌保管庫だった部屋のポータル経由でテオネリアに戻っていった。
数日後、おっさんがおかずの配達を兼ねてその後を教えてくれた。
「いやあ、王妃の怒りっぷりはすごかったんだが、エトワールは相変わらず笑ってスルーしててねえ、おかげで教育がなってないって僕が説教されたよ。王妃殿下は【威圧】ってスキルをお持ちでとにかく怖いんだよ……」
流れ弾はおっさんに当たったようだ、可哀想に。てかそんなスキル、反社以外で使うことあるんだ……。意外にテオネリアの上流社会も体育会系のノリなんだろうか。
「実はここしばらくエトワールが元気がなくてねえ。元気になってよかったよ。ありがとうね、チケンくん、リーフェンシュタール嬢、姫君」
「元気になったなら良かったわ!」
「エトワールにもよく伝えるが良い」
何気にお姫様同士、仲が悪くないんだよな。
出会った頃はモスマンでギャーギャー言ってた記憶があるのだが……。
俺は、ふと落ち着いたらまた四人で何処かで冒険できたらなと思ってしまう。
ヴェレルの裁判が終わったらエト姫も二人も日常に戻るのだろう。そうすれば、俺はお役御免で二人の顔を見ることもなくなるのかもしれない。
それでも、そんな冒険が実現したらいいなと少しだけ夢を見てしまうのだ。
あの冒険の日々が、あまりに眩しく、楽しかったので。




