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おぼろのことり~怪之徒然拾遺録  作者: ハデス(夏ホラー参加します)
怪之八「魔裂之言織~怪魔・きょうこさん」
40/40

 スクエア。

 こっくりさん。

 エンジェルさま。

 都市伝説に語られる、降霊儀式。その話題には、枚挙がない。

 戦後より、今に至るまで語られる。

 時にはテレビで、面白半分に。

 あるいは雑誌で、好奇を煽り。

 昨今は、インターネットで加速度に。

 未知を恐れ、それでいて惹かれる。

 手を伸ばしたがる。それが、ヒトのさがか。

 

 その大半は、眉唾だ。

 だが、時には、本物がある。

 

 志木瞳しぎひとみは、中学生の少女だ。

 割と可愛らしい、女生徒。特筆する家庭環境でもなく、学校でも特別な存在ではない。

 強いて言えば、オカルト好きな少女。この年頃であれば、珍しくもないだろう。

 ただ、その好奇心は、人一倍に強かった。

 それが、敢えて言うなら彼女の特殊性だったかもしれない。

 そんな彼女が今はまっているのは、『きょうこさん』という降霊儀式だった。

 ある手順で、低級霊を呼び出す。

 無害な低級霊は、ある程度の質問に答えてくれる。

 代償は、少しの水とお菓子。

 遊び半分だった。

 今までも、夜の学校に忍び込んだことなどがある。

 幽霊の出る理科室。

 音楽室の、目の光る絵画。

 西校舎外れの、女子トイレの怪異。

 全部、空振りだった。

 守衛に見つかって怒られたのが、一番怖いくらいだった。

 残念に思いながらも、それほどがっかりもしていなかった。

 どうせ、面白半分。危険のない、どきどきする遊び程度だ。

 煙草やら、薬やら、援助交際やらに比べれば、全然どうってことない健全なものだ。

 そう思う。

 そう思っていた。

 そう、諦めていた。

 だけど、本物を見つけた。

 ようやく、見つけたのだ。

 

 だから、今日の放課後も。

 いつものメンバーで、繰り返す。

 

 場所は、放課後の空き教室。

 条件。夕暮れ時、茜色が教室を差すこと。

 曇っていても、雨が降っていてもいけない。

 人数は、最低四人。

 用意するもの。

 コップ一杯の水。

 食料となる、お菓子。スナック菓子が好ましい。

 白いチョーク。

 

 手順。

 教室のドアとガラスは閉めておく。

 教卓の上に、白いチョークを一本置く。

 黒板に、参加するメンバーの名前を書く。

 これで、準備、完了。

 

 それから、四人でスクエアを行う。

 教室の四隅にひとりずつ立ち、参加しないものは着席しておく。

 順番は、教卓側のドア前に立つ者から。

 時計回りに歩き、次の隅に立つものに手を触れる。

 その時に、『きょうこさん、きょうこさん、おいでください』と言う。

 触れられた者は、次へ。

 これを一周、繰り返す。

 最終的に、最初に始めた者が、教室の窓ガラス側に立つはずだ。

 

 志木瞳が、窓を開く。


 

「きょうこさん、ようこそおいでくださました」


 風が吹き込んで、教卓に於いてあったチョークが浮き上がった。

『きょうこさん』が、呼び出されたのだ。


「えへへ、今日もうまく行きましたね」


 にっこり笑う志木――瞳。

 これは、本物だ。

 彼女は、夢中になっていた。

 いつも通り。

 けれど、友人たちは気乗りしていないようだった。

 いつもと違っていた。


「ん、どうしたんです?」


「ね、ねえ」


 友人のひとりが、おずおずと口を開いた。


「こういうの、やばいんじゃないの?」 


「はい?」


「そ、そうだよね? こういう遊びで、怖い目にあった話もあるって聞くしさ」


 もうひとりが、追随する。


「心配することないですよ」


 何を今更――ぶう、と瞳は頬を膨らませた。


「いざという時に備えて、お守りだってあるんですからー」


 自慢そうに、そのお守りを突き出す。


「そ、そうかな?」


「もしかして、昼間のこと気にしてるんですか?」


 思い出して、不機嫌になる。

 今日の昼休み。ひとりの、とあるクラスメイトが話しかけてきた。


「君達、最近くだらないことしてんじゃないの?」


 それまでろくに話したこともなく、それどころか、気に止めることもなかった少女。

 栗色の髪を左右に縛った、気の強そうな――だけど、可愛らしい。決して地味ではなく、目立つだろうに、不思議と、その瞬間までクラスメイトであることを意識すらしなかった。

 怪訝に思ったけれど、それ以上に不愉快がまさった。

 いきなりのぶしつけ。

 友達でもないくせに、どうこう言われる筋合いもない。その偉そうな物言いも、癪に障ったのも事実。

 そんな忠告を、当然聞くはずもない。


「水を差すようなこと言わないでほしいですよ? ようやく、楽しくなってきたんですからー」


『きょうこさん』は、続けるほどに強くなる。


 はじめは、参加者の年齢、誕生日を教えてくれるくらいだった。

 そのうち、裏返したトランプの数字を当てるようになる。

 今日で、三日目。

 今では、抜き打ちテストの開催日と、その答えを教えてくれるまでになった。

 さて、今日は何を訊こう。


「だって、紫月先生にも、釘を刺されたよ?」


 と、またも水を差してきた。


「紫月先生?」


 首をひねる。

 大学を出たばかりで、二十そこそこで若い男性教諭だ。少し頼りない感じもするが、温和で、女生徒の受けも悪くない。

 と、いうか。


「あー、そうか。律子は、紫月先生のこと好きだもんねー?」


 横で、はやし立てる声。


「ち、違うよ」


 慌てて否定する。


「んー」


 その本音を、『きょうこさん』に訊いてみるのもいいかなと、瞳は思ったが。


「そうだ、きょうはあれを訊いてみませんか?」


 ぽん、と手を叩いて、全員の注目を集める。


「え?」


「なになに?」


 瞳は、あえて間を置いてから、


「十年前の、八津代火災のことですよ」


 悪戯っぽく笑う。

 何人かはぴんとこなかったようだが、ひとりがはっと顔色を変えた。


「あ、あれはやめたほうがいいんじゃない?」


「なんでです?」


 呑み込めない誰かが、訊いた。


「表向きは、廃屋が燃えただけで、犠牲者もいなかったって言うけどさ……本当は、かなりやばい事件だったらしいじゃん? 面白半分で首を突っ込むと、祟られるって……」 


 答える声は、徐々にすぼまっていく。


「あ……聞いたこと、あるかも。黒い女の子、だっけ? 放課後、独りきりで出会うと呪われるって話?」


「あれ? それって、別の話じゃなかったけ?」


 ここ、八津代市には今、都市伝説がいくつもある。

 特に、学校の怪談として語られる。 

 そもそも、学校と言う場は、その手の話が蔓延しやすい。

 同世代の少年少女が集い、夜は昼間の喧噪と違ってまるで異世界だ。定期的に人員も入れ代わり、何代前の先輩が――などの話も、広まりやすい。

 

 だが、不自然なのだ。

 大きな霊的伝承もなく、血なまぐさい歴史の伝聞も――それほどにははない。

 田舎とは言わず、都市近郊のベッドタウンとして、それなりに人口は流れている。

 それでも――ここまで、加速度に次々と都市伝説の類いが氾濫するのは、異常ともいえる。まるで、何者かの意図が介在しているかのようだった。

 

 そのことを指摘できる者は、この場には誰もいなかった。

 

「あはは、だから面白いんじゃないですか?」


 瞳は笑い、止める声を無視して――質問した。


「きょうこさん、きょうこさん、お教えください」


 教卓の上で、チョークが揺れた。

 最初は、それだけで驚いたが、もう慣れっこだ。


「ほら? みんなで訊かないと、効果ないですよ?」


 瞳が急かす。

 少女たちは顔を見合わせて、迷った素振りを見せる者もいたけれど、結局は――


『きょうこさん、きょうこさん、お教えください』

 遊び半分で、手を伸ばす。

 

 どれほど恐ろしい事態を引き起こすか――知りもせず。安易に、気軽に、踏み出すのだ。

 踏み出してしまうのだ。

 その一歩で、もう遅いのだ。

 

「十年前、この町で起きた大火事の真相を教えてください」

 

 ――それは、教えられない。

浮かび上がったチョークが、黒板に文字を書いた。


「え?」


 戸惑う瞳。友人と、顔を見合わせる。


『きょうこさん』は、構わずに、答えを黒板に書き続けた。

 

 ――今日は、こちらから質問がある。


 

「え?」


 瞳は、困惑した。

 こんなことは、初めてだった。。

 状況が、すぐには呑み込めない。

 ただ、嫌な予感はした。

 それは、きっと正しかった。

 

 ――ねえ、あなた達はいつ死ぬの?

 

「!」


 上げそうになった悲鳴を、噛み殺した。

 もちろん、答えられるわけがない。

 顔色を変えて、見合わせる。

 誰かが何か言おうとして、何も言えなかった。

 

 ――じゃあ、教えてあげる。

 

 そうして、誰かが答える前に、『きょうこさん』が答えた。

 

 ――それは、これからだよ。

 

 じっとりと、冷たい汗がにじみ出る。それが、まぎれもない恐怖で、へたりこみそうになって気が付くのは――

 

  ――今から、五分後。

  この、教室で。

 


  ――おまえ達は、死ぬ。


 

 友人のひとりが、大声でがなり立てる。


「あ、開かない! ドアが、開かない!」


 教室のドアは、がっちりと閉まっていた。まるでそういう形の置物で、元々ドアですらないように、びくともしない。

 それだけではない。

 気が付けば、廊下も窓のガラスも、全部が真っ赤に塗りたくられていた。

 悲鳴が、恐慌となってまたたく間に伝染する。


「う、嘘!」


 もうひとりが駆け寄って、手伝うけれども、無意味だった。


「い、いやああっ!」


 座り込んで、泣き出す者。

 少し遅れて、ひとりが手近にあった椅子を持ち上げた。


「ど、どうするの?」


 瞳が訊ねる間もなく――


「ええいっ!」


 その椅子を、力いっぱい放り投げた。

 窓ガラスに向かって、叩き付ける。

 甲高い音を立てて、椅子が転がった。

 机を巻き込んで、派手に倒れる。

 大音量が、つんざく。

 

 それでも、

 血のように赤い窓のガラスは、まったくの無傷だった。

 

「……あ、あううわわわ」


 瞳は真っ青になり、膝を折った。


「ど、どうするのよ! 瞳のせいでしょ!」


 クラスメイトが、瞳の襟首をつかむ。

 わめきたてる。

 少女たちの悲鳴と怒号が、教室を覆いつくし――明らかに、彼女達ではない声が、混ざり始めた。

 低く、ざらつく、ひきつった、擦れた――笑い声。

 ……くひ。

 くひ。

 くく、ひひ。くひひひひひひひひ……!

 くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ……!

 

 それは、おそらく『きょうこさん』のものだった。

 瞳たちが面白半分で呼び出した『きょうこさん』が、その凶悪を表したのだ。

 教室は、赤い色彩で、色濃く染まっていた。まるで、血のようで、化け物の真っ赤な口の中のようだった。


「……お、お守り」


 震える手で、拾い上げる。

 そう言えば、そのお守りはどこで手に入れたのか。頭の片隅で、疑問に思った。さも当然のように持ったいたけれども――どこで、どうして、どうやって、

『きょうこさん』を、放課後の教室で教えてくれた少女。教えた。唆した。

 そのクラスメイトに、どこか似ていた。忠告をして、半ば無理矢理に押し付けてきたその少女と、その顔は似通っていた。

 

「あーあ」


 その声は、奇妙にはっきりと、耳に届いた。

 周囲の喧騒と、引きつり笑いを静かに引き裂いて――

 志木瞳の手の中で、お守りが破れ飛んだ。

 そこより飛び出したのは、古びた五円玉。

 否、五円玉に似た、別の何かだった。

 それは、薄暗い闇をまとい、その闇が幾倍にも膨れ上がった。ヒトの大きさほどになり、その中から、生まれるように、ひとりの少女の姿を為して――目の前に降り立った。

 

 まるで人形のような、愛らしさ。釣り目がちの大きな瞳。まごうことなき美少女、ではあったが――

 

 ――そのまとう空気は、あまりにも剣呑で、あからさまに轟然としていた。

 

       ◇

 

 ――今より、十年前。

 この町で、人知れず戦いがあった。

 表向きは、不審火による放火。容疑者の名前がテレビで報道され、事件は解決した。

 それが、とある組織の暗躍によるものであったことなど、町の住人は知る由もない。

 太古より、今に至るまで、ヒトの歴史の裏側で戦い続けていた者がいることなど、この国に住まう人々は知らない。

 退魔士。超常の力を持って、人外と戦う者達。

 十年前の真相が、彼らの戦いであったことなど、知る者は限られている。

 

 結果だけは、残った。

 強大な人外、その忌むべき呼び名は蚕糸外貌。戦前より、ヒトの歴史に潜み、ヒトの日常の裏側より、ヒトを破滅に誘い続けてきた凶悪な人外。

 人外にして、人害。

 戦いは熾烈を極め、組織は腕利きの退魔士を幾人か失った。

 もし蚕糸外貌が完全に復活していれば、この国の大半は地獄と化しただろう。

 それを思えば、尊い犠牲と言えたであろう。

 

 それでも、払った代償は、少なくない。

 

 怪異は、生まれ続ける。

 ヒトが、ヒトとして生き続ける限り。

 その想いが、ヒトならざるものを生み出すのだ。

 新たな脅威も、生まれ得るのだ。

 戦いの爪痕。その結果。

 この町では、新たな怪異が生まれやすくなった。

 


 人々は、知らない。

 何も知らず、日々を過ごしていた。



 次怪は、7月更新予定です。ちょいとプライベートがごたごたしてますので、落ち着けてまいります。

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