ホットドッグ
自室に入る。飛行服は自室だがヘルメットはハンガーにおいてある。細かい理由はいくらかあるが自室まで持ってくるのが面倒なだけだ。
今までほとんど使わなかったデスク、窓、ハンガーかけが三つ。オフィスチェア、ベッド、スリッパ。サンダル、スニーカ、ジャケット。銃、チョーク、本の詰まったダンボール。財布、携帯電話、文庫本。
一瞬だけ、ここが自分ではない自分によく似た誰かの部屋に入った錯覚に襲われる。鍵を掛ける。飛行服を脱いでハンガーに掛ける。シャワーを浴びようかと思ったけど夜まで我慢しよう。窓を開けて喚気。春風が入る。田舎独特だ。周りに草原と沼が広がっている。向こう側に墜ちた敵機の残骸が放置されている。銀色だったのに茶色になっている。
滑走路は左だ。
大抵、こういうときになって自分のすることの選択肢の少なさに気づいて、自分のストイックさを笑う。表情には出さないが。
町の喫茶へ行こう。この基地の近くには軍と契約した娼館もあるがいく気にはなれなかった。このあたりでクラッシュ・ウィスキィが飲めるのは町の喫茶だけだ。クラッシュ・ウィスキィが飲みたいわけではないが。
外出許可を寮管理官に申請する。やり方は簡単。目的と帰る予定を伝えて手帳に判子をもらう。それだけだ。
町まで10キロはある。しかし、町に入るまで信号が一つもないほどに何もないので着くのは早い。基地の近くは狙われるといううわさが広がったからだった。なんにせよ好都合だった。
バイクに乗る。軍から支給された大衆バイクだ。意外に新しい。支給される、というよりも勝手に使えとそこにあるバイクを指されるだけだ。
道に出て走り出す。ずっと真っ直ぐな道を飛ばす。真っ直ぐにさえ走れれば目を瞑っても着くかもしれない。どちらかというとバイクを運転するというよりは状態を保持しているに近いけど。
風が当たる。ゴーグルを掛けた方が良かったかもしれない。後の祭りだが。
そういえばヘルメットを被ってない。法律でどうなっているか知らない。後で調べる気にもならなかった。まだ昼を少し過ぎたころ。昼を食べていないので早く行こう。作戦前の朝は基本的にあまり食べない。牛乳と高カロリー食品を食べて飛ぶ。吐き戻さないようにだ。
腹は減っていたが許容範囲内。気分は悪くない。体調はおかしいところは無い。つまり、平常運転。
歩道がまったく無い道から駐車場に入る。軽バンが入り口近くに止まっていた。黒ずんだ傘立てが存在理由を失っていた。隣の吸殻箱はいまだにメッキを落とさずにいた。ガチャガチャとうるさいベルがドアに架かっていた。
カウンター席に座る。軽バンの持ち主は何処だろうと一瞬考えたがその思考から抜け出してホットドッグとビールを頼む。
ホットドッグは嫌いじゃない。無理に考えれば完全栄養食ではある。由来はサンドイッチよりはまともだ。
人間よりもまともかもしれない。