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Himmel Vogel  作者: フラップ
Swoop
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54/56

 滑走路に滑り込む。


 駐機場は、無人だった。


 機体から飛び降りる。あちこちから黒煙が上がっているが、それを消す消防車も、整備員も見当たらない。


 篠滝は主翼の上に立ってあたりを見回している。


 格納庫から、ツナギを着た男が出てくる。


 桐田だ。


 「どういうことだ?」


 「どういうことも何も……」桐田は辺りを見回しながら言う。「みんな逃げちまったよ」


 「そうか……燃料と、武装を」


 「正気か?」彼は僕をまじまじと見る。


 「元々正気なわけがないだろう?」


 当たり前のことを。正気だったらとっくのとうに死んでいる。


 自分をいかに見失うかが、空を飛ぶための秘訣なのだ。


 「もう戦争は終わりだぞ?」


 「降伏宣言はしたのか?」


 「まだだ」


 「なら、飛ぶ」


 「やめておけ」


 真剣な顔で、彼が僕を睨む。


 「占領されたときに、殺されるぞ」


 「構わない」


 「おまえの家族だって……」


 「構わない」


 「どうせ次の爆撃隊を止められっこ―――」


 「構わない」少し苛立ちながら言う。「いいから、早く武装してくれないか」


 「飛ぶことが、そんなに大事か」彼は僕を睨む。異物を見る目。大人の目だ。


 「殺すとか、殺されるとか、そんな馬鹿なことに拘ってる奴はわからないさ」


 それは、嘘だった。


 僕なりの優しさだった。


 彼は黙って頷き、ホースとガンキャリアーを持ってきた。


 煙草に火をつける。


 煙が上がる。


 ふと、このまま消えられるかも。と思った。


 このままそれに吸い込まれたら、きっと幸せだろう。


 もう戦争も終わるだろう。


 でも、その前に僕も死ぬだろう。


 近づいてきた篠滝に、逃げても良いと言ってやった。


 篠滝は相変わらず主翼の上を陣取っている。逃げないぞ、という意思表示か。頑固な奴。


 白く伸びる滑走路。


 真ん中に無傷なところがある。


 燃料は半分ぐらいしか入れないから、たぶん大丈夫。


 格納庫は半分ほどなくなっていた。


 管制塔は倒れていた。


 滑走路の向こう側に、主翼が折れた轟鮫が横たわっていた。


 桐田が準備を終えた後、ツナギを脱いで黒いジャンパーを着た彼がバイクに乗ってやってくる。


 火薬スターターを取り付けた後、彼はバイクのエンジンをかけ、話しかけてくる。


 「じゃあな」


 「ありがとう」


 「ん?整備の事か?それが俺の仕事だ」


 「さようなら」


 「ああ。さよなら。おれは逃げる」


 そう言って、彼のバイクは遠ざかっていった。


 エンジンを始動し、誘導路を進む。


 バックミラーに、篠滝の機体が写っていた。


 機体を進める。


 滑走路に入って、一旦機体を止める。


 フラップを少し。


 ブレーキ。


 きっと誰にもわからないこの瞬間。


 きっと誰だって理解できない瞬間。


 フル・スロットル。


 ブレーキをリリース。


 篠滝がピタリとついてくる。


 後ろに吸い込まれる景色。


 離陸速度。


 操縦桿を引く。


 地面が視界の下へ。やがて見えなくなる。


 ギア・アップ。


 青い空。


 敵機のいる方へ。


 フラップ・アップ。


 此処には、重いものは存在できない。


 みんな、地面に墜ちる。


 爆弾も、


 増槽も、


 薬莢も、


 情熱も、


 愛情も、


 悲哀も、


 後悔も、


 落胆も、


 憎悪も、


 何もかも、重いものは地面に墜ちる。


 最後に残された、


 青い空に浮かぶ、


 白い雲を切り裂く、


 美しくヴァイパーを引く、


 その、美しい翼。


 それが、僕が撃ち墜とすべき敵だ。


 地面に沈んでいるうちは分からない。


 でも飛んでいる奴は誰だって知っている。


 ただ、忘れるだけ。


 そっと抱き寄せるように旋回。


 口づけるように銃撃。


 優しく離脱。


 ただ、忘れるだけ。


 青い空。


 篠滝機のシルエット。


 前方に点。


 さあ、踊ろう。


 国のためでもなく。


 愛情のためでもなく。


 生き残るためでもなく。


 踊ろう。


 手をつないで……


 抱きしめて……


 口づけて……


 幻想。


 踊ろう。


 さあ―――

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