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Himmel Vogel  作者: フラップ
Drehend
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33/56

「低空旋回だな」


「なら」


「シノタキ」


 僕は彼女の言葉を遮る。


 ジャズがかかった。店内の空気は重いままだ。


「いつまでそういう話を続けるつもりだ?」


 彼女は黙った。顔を窓に向けた。外はもう既に暗くなっている。茶色の壁がオレンジ色のライトで照らされている。


 彼女が息を吸う。何か言いたそうだ。もしかしたらこの店の空気がそう錯覚させているのかもしれない。


 彼女の白い頬。


 オレンジ色のライト。


 伏せた瞳。


 動かないシーリング・ファン。


 彼女の唇。


 何か言いたそうだった。


 けれど、何も言うことはなくて、


 何を言いたかったのだろうか。


 沈黙。


 空気が軋む。


 彼女は葛藤している。


 背中を押せたかもしれない。


 でも、そんなことをする必要もない。


 理由も、利点も、意味もない。


 彼女が息を吐く。


「ごめんなさい」


 彼女の口だけが動く。他の時が止まったみたいだ。鳴っているジャズだけが時の流れを教えてくれた。


「ごめんなさい。今日の私、どうかしてる」


 彼女の顔が歪む。笑おうとして、失敗した。そんな感じ。


「つまり……」


 彼女が口を開く。言葉を選んでいるようだ。


「いや、なんでもない。気にしないで」


 本当だろうか。恐らく嘘だろう。なにか目的があって、ここに来た。純粋に食事を摂りに来たわけではない。


 彼女がグラスを傾ける。酒に強いのだろうか。僕は余り強くない。


「鳳流の新型機、噂は知っている?」


「二重反転プロペラの奴か?」


「いや、そっちじゃない。航空材料技術研究開発機構の方」


「知らないな」


「ジェラルミン54%で主翼が折り畳めるらしい」


「グラス・ファイバか?」


「カーボン・ファイバ」


「初耳だ。質が安定しないんじゃなかったか?」


「成功したのかも」


 ジェラルミン54%とは凄い。


「スタビライザとカナードは9割カーボン・ファイバ」


「カーボン・ファイバに出来るのは機首だけじゃないか?テール・ヘビィになる」


「カナードが全遊動になる」


「それは……」


「その試作機が」


 彼女は言葉を切った。グラスの曲線を撫でた。


「今度、基地に来る。私達が対象」


「聞いてない」


 試作機?他にも当たれるだろう。


「そう。私も今日初めて聞いた」


「試験配備らしい」


「鳳流は1ヶ月しかテストしなかったからな」


 そのテストの後、試験配備をした。その結果、飛行隊が一機を除いて全滅したわけだ。


「上が無理矢理通したらしい」


 舌打ちをする。正気の沙汰ではない。凶悪犯の方が正常だろう。


「ここから200キロ。今から引き取りに行ける」


「………行くか」


「ありがとう」


 彼女の顔を見る。冗談ではなさそうだ。


「話を通せなかったら、殺されてたかも」


 彼女の顔が少し赤い。運転は僕がしなきゃいけないだろう。


 * * * *


 店を出て車へ。


「僕が運転する」


「分かった」


 ドアに手をかけて開けると、後ろから抱き着かれた。


 シノタキだ。僕は驚いてしまって暫く固まってしまった。


「ねぇ」


 僕は動かない。


 回った手が震えている。


 風が頬を抱く。


「もし……」


 何だ?


 僕は何を言われる?


「殺してと言ったら、私を殺してくれる?」


 押し付けられた拳銃のホルダー。


 風。


 震える手。


 夜空が僕らを見下す。


 そこに履い上がっている。


 飛ぶために、


 捩って、


 這って、


 もがいて、


 足掻いて、


 苦しんで、


 哀しんで、


 無理をして、


 背伸びして、


 今の彼女がそれに似て。


 今の彼女がそれをして。


 すすり声。


 泣いている。


 どうして?


 震える手から力が抜けて、


 彼女の躰が僕に靠れる。


 そのままで時が過ぎる。


「ごめんなさい」


 彼女が落ち着いたのか声をかける


「今日の私、どうにかしている」


 彼女は今もあの顔を浮かべているのだろうか。

本作初のラブシーン。


さてどうなるやら。

それは誰にも(作者にも)わからない。

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