外
「低空旋回だな」
「なら」
「シノタキ」
僕は彼女の言葉を遮る。
ジャズがかかった。店内の空気は重いままだ。
「いつまでそういう話を続けるつもりだ?」
彼女は黙った。顔を窓に向けた。外はもう既に暗くなっている。茶色の壁がオレンジ色のライトで照らされている。
彼女が息を吸う。何か言いたそうだ。もしかしたらこの店の空気がそう錯覚させているのかもしれない。
彼女の白い頬。
オレンジ色のライト。
伏せた瞳。
動かないシーリング・ファン。
彼女の唇。
何か言いたそうだった。
けれど、何も言うことはなくて、
何を言いたかったのだろうか。
沈黙。
空気が軋む。
彼女は葛藤している。
背中を押せたかもしれない。
でも、そんなことをする必要もない。
理由も、利点も、意味もない。
彼女が息を吐く。
「ごめんなさい」
彼女の口だけが動く。他の時が止まったみたいだ。鳴っているジャズだけが時の流れを教えてくれた。
「ごめんなさい。今日の私、どうかしてる」
彼女の顔が歪む。笑おうとして、失敗した。そんな感じ。
「つまり……」
彼女が口を開く。言葉を選んでいるようだ。
「いや、なんでもない。気にしないで」
本当だろうか。恐らく嘘だろう。なにか目的があって、ここに来た。純粋に食事を摂りに来たわけではない。
彼女がグラスを傾ける。酒に強いのだろうか。僕は余り強くない。
「鳳流の新型機、噂は知っている?」
「二重反転プロペラの奴か?」
「いや、そっちじゃない。航空材料技術研究開発機構の方」
「知らないな」
「ジェラルミン54%で主翼が折り畳めるらしい」
「グラス・ファイバか?」
「カーボン・ファイバ」
「初耳だ。質が安定しないんじゃなかったか?」
「成功したのかも」
ジェラルミン54%とは凄い。
「スタビライザとカナードは9割カーボン・ファイバ」
「カーボン・ファイバに出来るのは機首だけじゃないか?テール・ヘビィになる」
「カナードが全遊動になる」
「それは……」
「その試作機が」
彼女は言葉を切った。グラスの曲線を撫でた。
「今度、基地に来る。私達が対象」
「聞いてない」
試作機?他にも当たれるだろう。
「そう。私も今日初めて聞いた」
「試験配備らしい」
「鳳流は1ヶ月しかテストしなかったからな」
そのテストの後、試験配備をした。その結果、飛行隊が一機を除いて全滅したわけだ。
「上が無理矢理通したらしい」
舌打ちをする。正気の沙汰ではない。凶悪犯の方が正常だろう。
「ここから200キロ。今から引き取りに行ける」
「………行くか」
「ありがとう」
彼女の顔を見る。冗談ではなさそうだ。
「話を通せなかったら、殺されてたかも」
彼女の顔が少し赤い。運転は僕がしなきゃいけないだろう。
* * * *
店を出て車へ。
「僕が運転する」
「分かった」
ドアに手をかけて開けると、後ろから抱き着かれた。
シノタキだ。僕は驚いてしまって暫く固まってしまった。
「ねぇ」
僕は動かない。
回った手が震えている。
風が頬を抱く。
「もし……」
何だ?
僕は何を言われる?
「殺してと言ったら、私を殺してくれる?」
押し付けられた拳銃のホルダー。
風。
震える手。
夜空が僕らを見下す。
そこに履い上がっている。
飛ぶために、
捩って、
這って、
もがいて、
足掻いて、
苦しんで、
哀しんで、
無理をして、
背伸びして、
今の彼女がそれに似て。
今の彼女がそれをして。
すすり声。
泣いている。
どうして?
震える手から力が抜けて、
彼女の躰が僕に靠れる。
そのままで時が過ぎる。
「ごめんなさい」
彼女が落ち着いたのか声をかける
「今日の私、どうにかしている」
彼女は今もあの顔を浮かべているのだろうか。
本作初のラブシーン。
さてどうなるやら。
それは誰にも(作者にも)わからない。




