1話 エアコン病
「明日から一気に気温が上がりそうです。こまめな水分補給を意識して、熱中症には十分に気をつけて過ごしましょう。」
テレビの中のお天気お姉さんは冷房の効いたスタジオで明日の天気予報を報道していた。
俺はそれを蒸し暑くも生温い部屋で、ぼっーと休憩がてらに見ていた。
「まじかよ。今でも十分暑いのに。」
「•••続いて、最近SNSで話題のエアコン病について医師の宮崎先生をスタジオに招いて、お話を聞きたいと思います。」
エアコン病。そんな言葉にテレビを消しかけた手を止め、もう一度テレビに視線を送る。
どうしてまた見始めたのかというと、
「宮崎先生、エアコン病とは何なんでしょうか。」
「はい。えー、まぁ、そんな病気は無いんですけども、みなさん夏になって冷房使われますからね。それによってエアコンで体調を崩した方達が、そう呼んでいるのだろうと。まぁ、そんな感じだと思います。」
そう、最近よく聞く言葉だから俺も気になっていたんだ。
それに医師をスタジオに呼ぶぐらいだから、てっきりエアコンによる何らかの影響があると思って消すのを止めたのに•••。
宮崎先生だって、こんな事でいちいち呼ばないでくれって顔してるよ。ほら、苦笑いしちゃってるんじゃんか。
「では、SNSで拡散されている治療法などもエアコン病には効かないということでしょうか。」
「皆さんが言うエアコン病の症状としては、喉の痛み、咳、頭痛、鼻水、鼻詰まり……つまり、一般的な風邪です。先ほども言った通り、そんな病気はありません。そしてエアコンにも病原体は存在しませんし、エアコンを使ったからと言ってSNSで発信されているような重度な症状になることもありません。これもまた、SNSの普及による弊害とも言えます。間違った情報で治療をするのは例え風邪であっても、危険です。不確実な情報で不安にならずに、気になる症状があれば、まずは近くの病院へ来院ください。」
ただの風邪。予想通りの回答だった。
けど、はじめてエアコン病の症状を知った時は俺も驚いた。
その症状たるや、まず、めまいや痙攣が身体を襲い、まるで胸骨圧迫を受けるような衝撃が胸に響く。その後、体温が急激に上昇し、血管が破裂、脳内出血も引き起こし、死に至る。
「いい加減にしろ。」
その時は思わず呟いてしまった。
そんな致死率100%な病気がエアコン使ってかかっていたら、年中無休で世界中死体だらけだ。血管破裂で血の海だよ。
「地球は赤かった…」
きっと宇宙飛行士の人も、そう言ってしまうだろうよ。
なんて冗談は、さて置いて。
エアコンで病気になろうが、地球が血の海になろうが、変わらないものもある。
その変わらないものとは、
「夏は暑い!」
そう。そう言うことだ。
結局、夏が暑いのは変わらない。•••たぶんね。
夜だって超熱帯夜とか言われてるのに、エアコン付けなきゃ寝れないよ?
お風呂入る前はいいにしろ、入ってから汗かきたくないし。
「ということで、ポチッとな。」
ーーーピピッ。
軽快な電子音とともにエアコンの電源が入る。
「さて、風呂に入るとするか。」
そう言って、テレビを消してエアコンに背を向けた時、
ーーーガコンッッッ!!! ボタボタッッ!!!
突然、激しい音がする。
ぶっ壊れたんじゃないかってぐらいの轟音に思わず振り返ると、黒いヘドロのようなものが吹き出し口から吐き出されていた。
ん?何だこれ?
もしかしてフィルターの汚れ??
ベタベタで、ドロドロで、
「すん、すん、すん」
鼻を鳴らして嗅ぐが臭いは特にない。
ーーーガラガラッッ……!!!
「次はなんだ!?」
再び鳴る音に、ヘドロから視線を移すと吹き出し口から、俺の身体いっぱいに風を吹きつけてきた。
「••••••!!!」
その風に当たった瞬間、
ーーーぐらっ。
急に景色が揺れる。まさか地震!?
いや、すぐに俺がめまいを起こしたんだと気づく。
ぐらつく視界に踏ん張ろうと力を入れるが、足はおろか上手く身体に力が入らない。
それどころか、足の先から震えが伝わってくるのを感じた。
「うぐああぁっ!!」
ふらつく体を震える足で必死に支えるが、胸を突く急な衝撃に立っていられなくなり、そのまま床に膝をつく。
なんだこれ。めまいに痙攣、胸への衝撃。まさか•••
「エアコン病?」
SNSで拡散されていた架空の病気。
エアコンの冷風を浴び続けると発症し、最終的に死に至るーーーそんな都市伝説めいた病気。
そんな病気、俺は全く信じていなかった。
だが今、全身を襲う異変は、SNSで発信されていた症状そのもの。
「とにかく、救急車だ。」
どうすることもできないこの状況。
もはや、助けを呼ぶしかない。
立ちあがろうとした瞬間、全身が激しく突っ張って床にうつ伏せになったまま動けなくなる。
「くっ、そっ。」
体の奥底で何かが弾けたような感覚が走る。
すると、猛烈な熱が全身を駆け巡った。
まるで血液そのものが沸騰し始めたかのように。
全身から汗が吹き出す。だが汗はすぐに蒸発し、皮膚は異常な高熱を帯びていた。
「やば……い……」
次の瞬間、
ーーーブチブチブチブチブチッッッ!!!!
俺の耳には確かにそう聞こえた。
血管の内側から粒子鉄線が芽吹いたかのように血管が破裂する音が。
「あ…ぁぁぁ……!!」
声にならない声が叫び出る。
ーーーぽた、ぽたり。
鼻の下に温かいものが流れた。
赤い雫が床へと落ちる。血だった。
白目は赤く染まり、耳からも赤い筋が流れ落ちた。
頭が割れそうに痛い。
鈍く、嫌な感覚だった。
「••••••。」
すべてが遠ざかっていく。
音が消え、熱が消え、痛みさえも消えていく。床に倒れ込んだまま、指一本動かせない。
薄れゆく意識の中で、俺はぼんやりと思った。
(本当に、エアコン病があったのかよ。)
視界は完全に闇に閉ざされ、やがて鼓動も静かに止まった。
エアコン病。その正体は異世界の魔力が原因だった。
不安定になった魔力場により次元が裂け、その裂け目が偶然にも奇跡に近い確率で、黒崎慎吾の部屋のエアコンの吹き出し口と繋がった。
地球の人間には魔力は猛毒となり、あの都市伝説めいた「エアコン病」の症状を引き起こす。
そして、黒崎慎吾は死んだ。
肉体から解放された魂は、世界を超えて異世界で転生することになる。
本来であれば、あと数十年は魔力を吸収しなければ孵化しないはずだった最後の竜、《竜の末裔》として転生する。
竜の孵化には膨大な魔力を要するため、個体数も少ない。故に卵のまま死んでゆく個体も多い。
しかし彼の魂には、魔力に侵されたおかげか膨大な魔力が蓄積されていた。
世界線を超えてきた魂と、完成を待つ竜の器。
その二つの存在は、驚くほど自然に重なり合った。
だが、そこに一つ問題があったとすれば、それは「格」の違いだった。
世界の法則は肉体と魂の均衡を保とうと介入する。
竜の肉体に人間の魂。あまりにも釣り合わない組み合わせに、宿る魂の格に合わせて肉体を再構成する。
角は無くなり、魔力炉は小さくなり、魔力回路は縮み、骨格は細く、鱗は薄くなり、翼は飾り物と化した。
しかし竜であることに、変わりはない。
だが、その力は大きく抑えられる。
肉体から解放された黒崎慎吾の魂は、世界を超えて「竜の末裔」として異世界で転生することになる。




