最終話 To be continued
最終話 To be continued
成田の空は、春の光を孕んで穏やかだった。
監査フライトの最終便、バンクーバー往復から戻ってきた桐谷隼人は、着陸後の冷たいブレーキの感触と共に、すべてを終えた実感を噛みしめていた。
管制との交信も、クルーとの連携も、航行判断も、すべてが完璧だった。
それでも、自分の中では「結果」よりも大切なものが、この日を待っていた。
最終報告を終えて、監査官からの一言を受け取った瞬間、桐谷の胸に小さな灯がともった。
「おめでとうございます。これで、正式に教官資格も含め、すべての認定が終了です」
ありがとう、と短く頭を下げると、その足で彼は前回と同じ場所へ向かった。
——成田空港第2サテライト、深夜便の谷間。
出発の波が引いた静かなゲート横の待合スペース。
前回と同じ、自販機の灯りが、淡く足元を照らしている。
待っていたのは、小机アンナだった。
白いブラウスの上に紺のカーディガンを羽織り、髪をゆるくまとめていた。
「……来てくれて、ありがとう」
「こっちこそ。約束だったからな」
言葉を交わしながら、ふたりは並んで腰を下ろす。
一瞬だけ、空港の天井を見上げる。
あの時と同じように、なにか大切なことが、ここからまた始まる気がしていた。
「報告があるんだ」
「……うん」
「さっき、監査官から正式に言われた。合格だった。教官資格も、更新通ったよ」
アンナの顔がぱっと明るくなる。
「すごい……本当に、おめでとうございます」
「ありがとう。でも、それだけじゃない」
桐谷は、そっと右手をポケットに忍ばせ、小さなケースを取り出した。
手のひらの中、黒いベルベットに包まれた小箱が、わずかに震えているのが自分でもわかった。
「アンナ。……前に言ったよな。話したいことがあるって」
彼女が息を飲んだのが、空気の動きからわかった。
「俺さ……あの日、君が“またあなたの機に乗りたい”って言ってくれた時、本気で嬉しかった。あんな風に誰かに必要とされたの、初めてだった」
「……うん」
「だから、今度は俺から言わせてほしい。——これから先も、ずっと隣にいてほしい。俺の飛ぶ空を、君と一緒に見上げていきたい。……結婚してほしい」
小机アンナは、しばらく何も言わなかった。
けれど、その瞳には、ためらいはなかった。
涙が浮かび、そして彼女は、ふわりと微笑んだ。
「……はい。よろしくお願いします」
その答えが、桐谷の胸に静かに、けれど確かに届いた。
空港の静寂の中、誰もいないその空間で、ふたりはゆっくりと抱き合った。
制服の袖越しに感じた体温が、どこまでも優しかった。
——人生の空を、これからはふたりで飛ぶ。
そんな未来が、確かに始まろうとしていた。
空の仕事に人生を捧げた男と、
空に寄り添うように歩んできた女。
ふたりが出会い、言葉を重ね、すれ違いを越えたその先に、
小さな約束が生まれた。
それは「ただいま」と「おかえり」を交わすための、最初の一歩。
夜明け前の成田。
空に溶けていくような未来の色を、ふたりは確かに見ていた。
1年後……2025年1月
アンナは微笑みながら言う
「あなたいってらっしゃい♪」
娘のミミカが微笑みながら言う
「おとうたんいってらたい♪」
桐谷は靴を履き
「あぁ…行ってくるまた明日!」
The rust episode!




