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To be continued  作者: 綾瀬大和
国際線編
45/50

第45話再開の滑走路、空へ

第45話「再会の滑走路、空へ」


【ロサンゼルス国際空港/現地時間16:05】

JL006便はタキシングを終え、ゲートにブリッジが接続された。

副操縦士の若月が「お疲れさまでした、機長」と声を掛ける。

桐谷隼人は深くうなずき、エンジン・マスターをオフにすると、ゆっくりと背もたれに体を預けた。


──飛びきった。


だが、頭の片隅には別の“着陸点”があった。

二日前、桐谷の背中を押してくれた男――佐久間貴志。

いま、彼は東京の自宅で在宅緩和ケアを受けている。


「帰ってきたら、少し語ろうや」

出発前夜、短いメッセージが届いていた。

桐谷は、復路の乗務が終わった瞬間にまっすぐ彼のもとへ向かうと決めていた。


【ホテル(LAX近郊)/Crew Rest】

翌日未明の出発まで8時間余り。

仮眠用のベッドに横になっても、桐谷のまぶたは重く閉じなかった。

天井の薄い灯りをにらむたび、佐久間の笑顔が浮かぶ。


「機長ってのはな、“空にいる仲間”を背負って飛ぶんだ。

そして地上に降りたら、“未来を飛ぶ連中”に背中を見せる義務がある」

教官になるのが怖いんです――

そう漏らした昔の自分を思い出す。

怖さは今もある。だが、その怖さごと受け止めてくれる背中は、もう空には立たない。


せめて、最後に報告したい。

教官になると腹をくくった、自分の声で。


【復路・JL061便(ロサンゼルス→羽田)】

巡航高度 34,000ft/太平洋上空


「あと4時間で千葉沖ですね」

若月の声に、桐谷は「了解」と短く返す。

窓の外には、月明かりを散らした広大な雲海。

凪いだ夜の空路を、B777は静かに帰ってゆく。


胸ポケットには、佐久間から贈られた古いフェルトペンが収まっていた。

“訓練最終日に無理やり渡された、きったねえ万年筆ですよ”

そう笑った彼の声まで、指先の重さで思い出す。


「インクが切れても捨てんなよ。

いつか“教官の採点”するときにまた使え」

コックピットの静寂に、桐谷は小さく笑った。

――間もなく夜明けだ。


【羽田空港/翌日04:50(日本時間)】

RWY34Lにタッチダウン。

逆噴射が収まり、スポイラーが降りる。

機体が停止すると同時に、桐谷は管制に“機長交代”の手続きを依頼した。

到着後のフェリー便は副操縦士が担う。

桐谷はブリーフィングを若月に託し、ターミナルを抜けた。


【佐久間邸(東京都大田区)/朝6:15】

玄関のチャイムを押すと、佐久間の妻・千紘が柔らかく迎えてくれた。

部屋に入ると、淡いカーテン越しの朝日が横たわる佐久間を照らしていた。


点滴スタンドと酸素チューブ。

それでも彼は、来客用のパイロットジャケットをきちんと羽織り、目を細めて微笑んだ。


「……おう、隼人。無事帰ってきたか」


「はい。ロス往復、オンタイムで着けました」


「やるじゃねぇか、現役機長さんよ。……こっち来い」


桐谷はスーツケースを置き、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。

指先にはまだ、長距離便の微かな振動が残っていた。


■ 桐谷の報告


「佐久間さん。俺……教官になること、受けるつもりです」


苦笑い混じりで言うと、佐久間は細い呼吸の合間に“フッ”と笑った。


「やっと腹ァ決めたか。……怖ぇだろ?」


「怖いです。でも――」


桐谷は胸ポケットからフェルトペンを取り出した。

傷のついた軸が朝日に光る。


「俺が初めて《空を守る責任》を教わったのは、この万年筆を受け取った日でした。

次は俺が、誰かに“責任の色”を渡す番だって……帰りの空で、やっと覚悟が決まりました」


佐久間は目を閉じ、何度もうなずく。

呼吸を整え、低い声で言った。


「いいか、隼人。

教官になっても、“自分が生徒である時間”を忘れるな。

空の答えは一生かけても学び切れねぇ。

……その姿勢だけが、お前を守り、教え子を守る」

「はい、肝に銘じます」


■ 最後のエール


薄い唇がかすかに動いた。


「お前があの雲の上で笑ってりゃ……俺は、もう十分だ」


桐谷の視界がにじんだ。

佐久間の手を両手で包み込み、深く頭を垂れる。


「ありがとうございました。

佐久間教官の空、必ずつなぎます」


静かに手を離し、立ち上がる。

窓の外、羽田へ向かう朝一番のアプローチ機が白い帯を曳いた。


――自分の背中を、未来へ。

今日から、その一歩目を踏み出す。


桐谷は敬礼し、ドアを出た。

雲間から差す朝日が、濡れた頬を温めてくれる。


【エピローグ/羽田・教員室 前】

数週間後。

“機長・教官選抜最終面接”の控室。

桐谷は胸ポケットに、あのフェルトペンを差している。


「諦めなかった可能性を、お前が証明しろ。」

佐久間の最後の言葉を胸に、ドアノブを握った。

そして、未来の空へ向け、静かに歩み出した――。

【JAL本社・会議室/翌週】

桐谷は試験結果の報告書を握りしめ、重い足取りで会議室のドアを開けた。

数名の執行役員が座るテーブルの中央に、新社長の山岳拓海がいた。


「桐谷機長、教官試験の結果だが……残念ながら今回は不合格だ」

山岳の声は穏やかだが、揺るぎない決定だった。


桐谷はぐっと息を呑み、拳を固めた。

「自分の至らなさを痛感しています。必ず次は……」


「待て、話を最後まで聞いてくれ」

山岳が手を上げる。


「君は確かに技量も経験も申し分ない。だが、教官はそれだけでは務まらない。

教え子の可能性を引き出し、時には導き、時には見守る――精神的な成熟が必要だ。

今の君にはまだそれが足りないと判断した」


桐谷は苦渋の表情を隠せなかった。

だが、山岳の眼差しにはどこか温かみがあり、見放された気配はなかった。


「まだ若い。焦らず、地に足をつけて飛び続けろ。

教官の資格は逃げない。君がその準備ができたとき、扉は必ず開く」


桐谷は深く頭を下げた。

「ありがとうございます。頂いた言葉を胸に、精進します」


【東京・自宅/夜】

窓の外、街灯が静かに光る。

桐谷は机に向かい、フェルトペンを手にした。


試験に落ちた悔しさ、山岳社長の言葉の重み、そして佐久間の笑顔。

それらがぐるぐると頭の中を駆け巡る。


「まだ早いか……でも、逃げない」


ペン先を走らせながら、桐谷は決意を新たにした。


教官になるその日まで、俺は空と向き合い続ける。

誰よりも真摯に、誰よりも誠実に。

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