第27話二つの翼未来への許可
第27話「二つの翼、未来への許可」
2020年5月。新型コロナによる国際線縮小の只中、桐谷隼人は静かに訓練センターに通っていた。
目の前にあるのは、最新鋭の大型機――B787-9とA350-900。
「副操縦士から機長へ、そして次は新世代ワイドボディ機の資格か。相変わらずハードル好きだな、桐谷」
そう声をかけたのは、シミュレーターインストラクターの佐久間だった。
今や管理職に近い立場ながら、後進の育成には積極的だ。
「お願いします、キャプテン。2機種、絶対に合格します」
桐谷の瞳には、迷いがなかった。
◆ 第一の壁:B787-9の違い
桐谷は既にB787-8の機長資格を持っていた。
だが、-9はそれより機体が長く、重く、オペレーション上の細かな違いも多い。
特に気を遣うのは地上滑走時のノーズギア感覚と、着陸時のフレアの違いだった。
初日のフルモーション訓練――。
「Too much flare!ほら、揺れるぞ!」
バウンド気味に接地したシミュレーターが揺れ、佐久間が叫ぶ。
「はい、もう一回最初からだ。10回目な」
◆ 悩む日々、支える声
「……ダメだな、俺。フレアのタイミングずれてばっかだ」
帰宅後、二子玉川のマンションでため息をつく桐谷に、キッチンから小机アンナが声をかけた。
「でも前も言ってたよね。“100回失敗しても、101回目にできるようになる”って」
彼女が持ってきた味噌汁の香りに、ふっと肩の力が抜ける。
「そっか。そうだったな……ありがとな、アンナ」
◆ 第二の挑戦:A350の文化
6月、次はA350の訓練が始まった。今度は操縦文化そのものが違う。
“ボーイングからエアバスへの移行”は、多くのパイロットにとって脳の切り替え訓練となる。
「違う!スティックは引きすぎない。A350は、滑らかに、そして繊細に操れ!」
佐久間の声が飛ぶ。
グラスコックピット。センターにないサイドスティック。
オートトラストの論理。ノーマルロー、ダイレクトロー。
B787とはまるで別の生き物だった。
◆ 決戦のチェックライド
2週間後――。
B787-9の最終フライトチェック。
その日、同席していた佐久間の表情が硬い。
羽田空港34Lアプローチ。
副操縦士役の教官が声をかけた。
「100... 50... 40... 30... 20... 10...」
桐谷の声が、機内に響く。
「ランディング!」
ノーズがわずかに上がり、ギアが滑走路をとらえる。
見事な接地だった。
「……パーフェクトだ。よくここまで来たな」
佐久間の声は、かすかに震えていた。
同日午後、A350のファイナルチェック。
雨の降る中部空港、R/W36アプローチ。滑走路がやや視界不良。
「アプローチング・ミニマム」
副操縦士役が声を上げる。
「滑走路見えた。ランディング」
A350の機体は、雨の滑走路に正確に接地した。
「……合格だ。よくやった、桐谷」
◆ 二つの翼
JALの訓練センター。修了証を手に、桐谷は静かに佐久間へ頭を下げた。
「キャプテン、ありがとうございました。これで、自分にも未来を託す資格ができました」
佐久間は笑った。
「お前なら、A380でも問題なさそうだな。その時はまた俺が見てやる」
桐谷は胸の奥で、熱いものがこみ上げてきた。
これで、俺はどこへでも飛んで行ける。未来の空へも――。




