37話
グラン学園の学園長室には、重い空気が漂っていた。
長机の上には書類が広がり、上座には学園長。その隣には魔法実技担当であり、ティアやカルミナが属する1ーSの担任でもあるエレメンスが座っている。
机の右側にはティアとその父であるクレセンティア公爵。
向かいには炎魔法で知られるイグナート伯爵家──カルミナの父である伯爵、母の夫人、兄が並んでいた。
学園長が口を開く。
「先日の魔法実技で、複数の生徒が負傷する事態が発生しました。幸い重傷者は出なかったが、学園として看過できる問題ではない」
学園長の視線がカルミナに向く。
「カルミナ・イグナート。今回の原因は君の魔力制御にあると報告された」
カルミナは不機嫌そうに答えた。
「……制御はできていましたわ」
「炎が広がったのは事実です」
即座にエレメンスが告げる。
「ですが、私は抑えました」
カルミナは目をティアに向ける。
「……あの人が手を出さなくても抑えられました」
「カルミナ」
低い声でカルミナの名を呼んだのは、カルミナの兄だった。視線はティアではなく、まっすぐ妹に向いている。
「その言い方は何だ」
「事実ですわ」
「仮に事実だとしても言い方がある。お前の炎で生徒が怪我をしたんだ。その被害を止めてくれたのがクレセンティア嬢だ」
その言葉にティアは首を振る。
「私は被害が拡大しないよう抑えただけです」
「それでも、礼を言うのが先だ」
カルミナは顔を逸らした。
しばらくの沈黙の後、伯爵が口を開く。
「学園長、我が家としても今回の件を軽く見るつもりはありません。娘は退学させます」
その言葉に夫人が声を上げる。
「あなた……」
「カルミナは修道院へ送る」
父親の予想外の言葉にカルミナの目が見開かれる。
「……お父様?」
部屋の空気が凍りつく。しかし、その空気を破ったのはティアだった。
「伯爵、少しよろしいでしょうか」
全員の視線がティアに向く。
「なんでしょう」
「修道院ではなく、別の方法もあると思うのですが……」
「……聞きましょう」
ティアは落ち着いた声で説明を始める。
「カルミナ様の魔法は強力です。流石イグナート伯爵家のご令嬢だと思いました。しかし強い魔法ほど制御は難しいのは、みなさんもご存知の通りです。今回の問題は才能ではなく、環境にあると私は思います」
「環境?」
「はい。学園も伯爵家も守られた場所です。今まで外を知る機会がなかったのでしょう。だからこそ、外を知る必要があると思います。身分ではなく、実力だけで評価される場所で経験を積むべきです。何より、カルミナ様はまだ、自分の過ちを正確に理解できていないようです」
その言葉にカルミナの視線が鋭くなる。
「どういう意味ですの」
「制御できたと思っているのでしょう?」
カルミナは何も言えなかった。
伯爵が話を戻した。
「実力で評価される場所……例えば、どのような?」
「辺境の討伐拠点などでしょうか。カルミナ様は魔法制御に自信がおありのようですから問題はないはずです」
エレメンス先生が口を開く。
「帝国北西にアルヴェリア砦があります。そこは完全実力主義の場所です」
「一時的に家から出し、そこで経験を積ませる。もちろん、期間を決めて。そこで現実と向き合いカルミナ様が変わっていればもう一度チャンスを。変わっていなければ、その時は修道院へ行かせるでも、その他の選択でも、お好きなように処分を」
その言葉に伯爵はしばらく考え込んだ。
「……わかりました。娘はアルヴェリア砦へ行かせます。期間は一年」
カルミナが即座に反論する。
「お父様! 冗談はやめてくださいませ。私に一年も平民と生活しろとおっしゃるのですか!?」
「……現実を見るいい機会だ。どうやら私たちはお前を甘やかし過ぎたようだ」
「お父様!!」
伯爵は厳しく声を落とす。
「これは決定事項だ。納得いかないのであれば、今すぐお前をイグナートから追放、除籍する」
「なっ……! わかりました……」
カルミナは握った拳を震わせ、俯いていた。
顔を上げることもできず、カルミナは肩を震わせる。
自分の誇りがたった一度の失敗で、一瞬にして揺らいでしまった感覚。それがこれほどまでに胸を締めつけることを初めて知った。
隣に座る母からの心配する視線、兄の複雑そうな表情、そしてティアの静かな眼差し。その視線にすべてを見透かされているかのように感じられる。
カルミナの胸の中には、悔しさと苛立ち、そして、ほんの少しの恐れが渦巻いていた。
平民の中で生き抜く一年。考えただけで、怒りと不安、そして屈辱が入り混じった感情がこみ上げてきた。
部屋には小さなため息と、少し開けられた窓から入る風に当てられた書類のかさつきだけが響く。
ティアはカルミナから視線を逸らさなかった。そして、静かに席に座ったまま自身に向けられた視線を受け止めていた。
こうしてカルミナの処分は決まった。向かう先は帝国辺境──アルヴェリア砦。
実力がなければ生き残れない場所だった。




