30話
「なんか、薄暗くないか?」
「そうですね……光がない?」
完全な闇ではない。だからこそ不気味だ。何より、地面に広がる影がおかしい。まるでそこに黒く大きな池があるように見える。肩に居るイーリスも足元に居るシロハナも小さく震えている。
私が地面に広がる影の池をじっと見つめているのを見て、兄様が口を開いた。
「ティア……まさか、これ、か?」
兄様もまた影の池を見つめそう呟く。
「はい。ですが──」
私は影の池に歩み寄り、魔力を放出しながら手を伸ばすと影の池が波打つように揺らめいた。そして、いくつもの手のようなものが伸ばした手に絡みついてきた。
「ティア!」『レイラ!』
「大丈夫です。あ、なるほど……空腹の様です」
「……空腹?」
「はい。これは魔力を欲していますね」
魔力を与え続けると、ぼんやりと輪郭が見えてきた。それでもまだ魔力が足りない様だ。人より大きな影の塊が池から這い出てくる。目の前までやって来ると、もっとくれと言うように私を見下ろしてくる。
「大丈夫。満足いくまであげる」
どれだけ魔力を与え続けたか、人より大きかった影の塊は、小型犬程の大きさになりぼんやりと輪郭がわかるようになった。トカゲのような姿に紫銀の瞳がとても可愛らしい。
「満足、した?」
「キュ!」
可愛らしい声で鳴くと、影へと戻っていった。それと同時に周囲に木漏れ日が差し始める。
「これ、試験にしていいレベルじゃねぇだろ……」
◇◇◇
「やはり映像が見にくいな……」
「影喰いだからな」
「あっ! あー、完全に光が喰われた」
映像が真っ暗になったと思った数秒後、映像に再び光が戻った。しかし、そこに映ったものにテイマーたちは唖然とした。
「何故、立っていられる……?」
「シェイドラが、満たされたんだ」
「は?」
影喰いの契約者であるテイマーの言葉だった。
その場に居た全員が、映像の中の一人の少女に釘付けになった。
「……アイツには、どんな言葉が当てはまるのやら」
エレメンスの呟きは誰の耳にも届かなかった。
◇◇◇
歩みを進め、高濃度の魔力反応があった森の中心部に辿り着いた。
「ここだけ、雰囲気が違うな」
兄様の言葉に頷きながら、一歩踏み出すとゴゴゴゴゴッと大きな地響きがした。すかさず後ろへ飛び退き戦闘態勢を取る。しかし、その時すでにさっきまで私が立っていた場所に洞窟が出現していた。
「おい、これって……」
「この気配、ダンジョンですね。行ってみましょう」
「行くのかよ?!」
「怖いならここで待っていてもいいですよ」
兄様の返事も待たずに私は、ダンジョンに足を踏み入れた。ダンジョンに入った瞬間、どうしてか満月の美しい月夜が思い浮かんだ。
──? どうして今、月夜が……?
ダンジョンの中は明るく、それでいて凍てつくように寒かった。まるで、月の光に照らされているかのような明るさと冷たさ。
「寒っみーな」
「……来たんですか」
「当たり前だろ!」
「そうですか。ですが、兄様は来なくてもよかったと思いますよ」
「はあ?」
「この先に居るのは、間違いなく島で一番強いモンスターです」
奥へと足を進めようとした時だった。足が、動かない。
視線の先に捉えた。月明かりで照らされたような銀の毛並みを持つ巨大な姿を。
「マジかよ……こんな所に居ていい存在じゃねぇだろ。勝ち目ねぇーぞ」
兄様はすでに戦意を失っている。
「フェンリル」
私は怖くなかった。
「……見つけた」
『……我の気配を辿ったか。面白い。だが、我が求めるのは強き者だ。果たしてお主にその資格があるか?』
フェンリルの唸るような低い声に続き、周囲は凍りついたような空気に変わる。
体に圧を感じる。
「くっ……」
フェンリルの圧に兄様は押し潰されそうになり、膝をついた。
「この程度?」
私はあえて挑発した。
──いや、この程度じゃない。もっと必要なはず。フェンリルが求める強さはもっと。
『ほう?』
圧が増した。常人なら気を失うだろう。
「私も示そう。貴方の言う資格とやらを」
私の瞳に金の粒が輝く──月の威圧。
威圧のぶつかり合い。時間にすればほんの数秒。しかし体感では数十分。
いつまで続くのかと思われた威圧のぶつかり合いは、フェンリルが先に圧を消したことで決着した。
『小さき月よ……お主を認めよう』
フェンリルの言葉に反応するように、フェンリルの胸元が淡く光る。
私の胸には、温かさが生まれた。
『欠片が……夜を統べる月の神の欠片。待っていた。託せる者が現れるのを。小さき月。お主はこの欠片をどうする?』
「欠片ってことは他にもあるんでしょう? 集めるよ。そうしなきゃいけない。ううん、私が、そうしたい」
『っ! そうか、ならば我はお主と共にあろう』
その瞬間、足元に魔法陣が現れる。
『新しき主。我に名を』
名前。この世界での名前はとても重要。だからこそ、相手に相応しく、そして意味のある名前にする。それが、従魔師としての私の責任。
「貴方のその美しい毛並みから、アルギュロス。ルギって呼ぶね」
『ルギか。心得た』
ルギの体が光に包まれ、次の瞬間現れたのは大型犬よりも大きいけれど、さっきまでの巨体よりは随分小さくなった姿だった。
「かわい~」
私はルギに抱き着き、そのもふもふを堪能する。
『やめんか! 我は聖獣・フェンリルだぞ』
「でも、今は私の従魔~」
頑として離さない私に呆れ果てたのか、次第にルギはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
◇◇◇
外に出ると、兄様がしみじみと言う。
「生きて、出られたか」
「何を当たり前なことを言ってるんです?」
その時、地鳴りが響く。その音に振り向くと、ダンジョンが崩れ始めていた。
「ダンジョンが……」
『もはや、必要ないものだ』
「そう……」
ほんの数分居ただけなのに、少し名残惜しくさえ感じる。
◇◇◇
時間は過ぎ表彰式。
「今年の優勝者はレイティアラ・セレアス・クレセンティア、ジュール・ニコラ・クレセンティアのチームだ」
学園長が名前を読み上げると、辺りがざわつく。
「今年は今までより難易度が高かったんだろう?」
「しかも、聞いたか? 幻鹿や玄甲亀まで居たらしいぞ」
「しかも、最後に何かあったらしい」
ざわめきの中にはそんな言葉があった。
「最後に、優勝者から一言。どちらが出る?」
学園長からの問い掛けに私が答えるより先に、兄様が即答した。
「ティアで」
その言葉で、私の発言が決まった。
「私は自分にできること、やるべきだと思ったことをしたまでです」
その言葉に教師陣は頭を抱え、テイマーたちは顔を覆っていた。そんな中、兄様とエレメンス先生だけが「お前ならそう言うか……」と思っているような顔をしている。
「みなさんは、何をそんなに騒いでいるんですか?」
私は何事もなかったことのようにそう言い、首を傾げた。




