4. 国家観
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舞台設定がパニックではあっても、決してSFではないんですが…。
百歩譲ってどっかの国の近未来?
大学は、正直に言ってつまらねえ場所だった。
どいつもこいつも済ました顔で、自分は何でも知っているなんて素振りでいるくせに、口を開けば馬鹿なことばかりほざく。
ABテストだの、のれんの償却だの、合成の誤謬だのと、誰もが重要そうな何かを口にする。
そのうちのどれ一つとして、意味も実感も掴めない俺は、射撃とレスリングとサッカーをするくらいしか時間の潰し方が思い付かなかった。
サッカー以外は別にやりたかったことじゃなかったが、スポンサーである世襲議員のご意向だった。
大学生だった坊ちゃんは法律を勉強しながら、なんか訳の分からない文章をこねくり回して雑誌に投稿していたようだが、俺は詳しくは知らない。
毎年、年末に帰省するため、同じ車に乗せてもらった時はちょっと話すが、それ以外は全く接点もなかった。
昔みたいに一緒にサッカーをするにはあいつは下手くそすぎたし、押し付けるべき弟や妹も周りにはいなかった。
だが、それが自然だったし、少なくとも俺の方は、そういう風に疎遠になっていくのがむしろしっくりきていた。
無理やり一緒くたにされていたあれやこれやが、時間が経って元々いるべき場所にゆっくりと戻っていくみたいだった。
そうこうしているうちに大学は終わって、俺はスポンサー様のご意向のとおりに軍に入った。
軍では工兵科の所属になった。
結局大学まで出て土木工事をすることになるってのも皮肉だったが、金はもらえたので特に不満はなかった。
休日は所属中隊のサッカーチームに参加して、ストライカーとして得点を量産した。
そうしたらたまたま同じサッカーチームにいた上官に気に入られて、同僚のとりまとめ役をやらされた。
これも別に好きでやっていたわけじゃないが、同僚の何人かを適当に転がすくらいなら特に苦でもなかった。
3年目に分隊長見習いみたいな扱いになって、5-6人で組んで、多少やりたいことをやりたいようにできるようになった。
橋を作ったり壊したり、道路を舗装したり土砂で塞いだりを訓練でするんだが、他の小隊に質と速さで負けることなんてなかった。
おかげで小隊長の受けは良くなったが、あんまり訓練で資機材やら消耗品やらを使うもんだから、主計課の内勤の連中には睨まれていた。
そいつらがいろいろと手を回したんだろうが、訓練で軍の資機材を無駄にされても困るってことで、独立戦争の時に作られたまま、全く管理されていない国中の橋と道路を延々と補修して回る任務を押し付けられた。
そのためにわざわざ休眠状態だった軍の営利事業部門を再始動させて、そこへの出向ってお膳立てまでされて、だ。
よほど俺のことが気に食わなかったんだろうだが、こっちも訓練ばっかりやってるより、そっちのが自由にやれてありがたかった。
連中はトラックの荷台に小型のショベルカーを積んで出ていく俺たちをにこやかに見送ってやがった。
まあ、うちの弟がよく言うWin-Winってやつだったんだろう。
それからは車で移動し続ける生活が続いた。
その時まで、自分の国はまあ小さいもんだと思っていたが、それは大きな間違いだったと身に染みた。
確かに国土は狭いかもしれないが、高さだったり低さだったり、急な勾配だったり、川の流れの激しさだったりが、単純な面積以上にこの国の在り方に広がりを持たせていた。
自然が豊かというよりも環境が厳しいというべきなんだろうな。
舌打ちしたくなるような鬱陶しさと、思わず抱きしめたくなるような懐かしさと、両方を感じさせるこの国のことをちゃんと意識するようになったのは、4輪が走れる路面を舗装・未舗装問わず隅々まで回ったせいだ。
それまでは、国なんていうのは、意味も実感も掴めない言葉だったんだ。
それが自分にとって重要な何かになるかなんて、夢にも思っちゃいなかった。
「気持ち悪い話し方をするのはやめてくれ。
そんなんじゃ誰と話しているのかわからなくなる。」
回線の反対側にはもう誰もいないんじゃないかと思えるくらいに長い沈黙を破る声が電話口から聞こえて、俺の意識は今ここに焦点を合わせなおす。
相変わらず気取った口調の低い声の、お上品な文句だ。
そうかね、坊ちゃん、奇遇だな。
俺もこんな話し方なんかしたくねえんだよ、と言ってやれたらどれほどいいだろうか。
「失礼いたしました。
僭越ながら申し上げますと、世襲議員の方への一般的な配慮として、礼儀正しい言葉遣いをさせていただいております。」
俺の言葉に、奴の返事はまた返ってこない。
俺が世襲議員なんざ屁とも思っちゃいないことをこいつはよく知っている。
あるいは、革命軍首領がどの口でそんなことを言うんだと思っているのかもしれない。
昔から、何か言いたそうな雰囲気を漂わせながらだんまりを決め込む奴だった。
それもいつも大事な場面で決まってそうするのだから始末が悪い。
「先ほどもお伝えしましたが、私ども革命軍は、先刻午後10時1分に、根拠なく我が国を代表する旨表明した本日23人目の元国会議員を排除しました。
これらの方々は、私どもは閣下殿の前任者と認識しているのですが、間違いなかったでしょうか?」
「その質問に答えるためには、根拠の正統性について明らかにする必要がある。
さらに言えば、革命軍の正統性についても、だ。」
意外なことに返事が返ってきて、俺は感心しちまった。
しかも、YesでもNoでもない回答。
なかなか上手じゃないか、坊ちゃん。
不思議とスマートフォンを耳元に当てて話す自分を斜め上から見ているような感覚が強くなる。
ともすれば、視界の隅っこで坊ちゃんが話す様子もワイプで抜けそうな気になってくる。
「そうした細々としたことについては、是非直接会って議論させていただければありがたく思っております。
いかがでしょうか、閣下殿。
現在地をご教授いただければ、すぐに迎えの車を出せますが。」
「そうして、迎えの車に乗ってやってきた革命軍の兵士が本日24人目の元国会議員を排除するって手筈なんだろう?
そのお誘いに乗るのは、あまりにも危険すぎる。」
今度はこっちが黙りこくる番だった。
さて、何のカードを切ろうか。
恫喝、脅迫、懐柔、篭絡。
こいつに一番効くのは何だろうか。
「革命軍としても、前政権の責任者による権限移譲の公式声明を必要としているところがあります。
あの方の居場所は特定済みなので、間もなく身柄を拘束できる見込みではありますが、ご自身が握っておられる独裁権を手放さない可能性も大いにあり得ます。
そうなると、革命は実力行使に打って出ざるを得ず、この国から前政権の影響が消えてなくなるまで、血を流し続けざるを得なくなるのです。
無駄な血を流すのは、国にとって決して望ましくない。
革命の後も我々の国は残り続けます。
浮き沈みや回り道はあるにしても、国を守り、次の時代の歴史を紡いでいくには、知識と経験のある国民が、生きて手を取り合う必要があるのです。」
甲高い声で語られた言葉の一語一句全てが詭弁で、斜め上から俺を見ている俺は自分で自分に笑いをこらえきれない。
笑い声さえ出さないものの、笑顔で政敵と電話する俺が面白くって仕方がないって顔をしているからか、生中継のインタビューを終えた後で俺の執務室に顔を出した弟が口を開けてこっちを凝視している。
後でもう一度、腹を殴ってやれば、その間抜けな開けっ放しの口も閉じたくなるだろう。
次に同じように俺のことを見たら、問答無用でカメラの前でストリップさせてやらなくちゃ。
「1つ確認したいんだが。
あの方の身柄を拘束するまで、あとどのくらいの猶予があると考えておけばいいんだろうか?」
坊ちゃんが食いついたのは、独裁者が独裁者でいられる残り時間の件だった。
そりゃそうだよな、国とか、国民とか、世襲議員の皆さまにとっちゃ養分でしかないから、どうでもいいんだよな。
革命にとっても愛国者は養分だから、あんまり人のことは言えないんだが。
「早くて30分、長くても1時間。
それ以上かからないだろうというのが、革命軍の幕僚達の共通見解です。」
しばらく黙ったあと、20分後に向こうからかけなおすと言って坊ちゃんは電話を切った。
次回は2月10日(水)18時更新(目標)。