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3. 革命軍首領の少年時代

「どうも、首相閣下殿。

こちら、革命軍首領であります。

閣下においてはご機嫌麗しく。」


 電話口に向けて俺は最大限の丁寧語を使ってやったのだが、返事は返ってこなかった。

 なんだい、随分もったぶるじゃねえか。

 状況から言って、そんな余裕があるようには思えねえけどな。

 もう少しで俺はそう言いそうになり、だがどうにかぐっと我慢する。

 そういう言葉遣いは大物にふさわしくないって、室内犬みたいにうるさいうちの弟が言うから直した。

 

「兄貴はこれから、革命軍を牛耳っていくんだから、ある程度セルフブランディングもできるようにならなきゃダメだよ。」


 わかったような口を叩く弟が生意気だったので、その後一発殴っておいた。

 顔じゃない、腹の方だ。

 あんまりにも俺が殴るから、あいつの腹は随分固く分厚くなっちまった。

 この間、野営した時に体を拭いてるところを見たら、綺麗に6つに割れてるんだ。

 あいつは言わば、俺らがスポークスパーソンとして使ってやってる愛玩動物みたいなもんなんだから、そのうちテレビか雑誌の企画で脱がせて、その腹筋を視聴者に晒してやればいい。

 何がセルフブランディングだ。

 そんなものは電話の向こうの、お坊ちゃまにやらせとけ。

 そんなこと言う暇があったらカメラの前で脱いで来い。

 その腹筋と、母親そっくりの室内犬みたいな綺麗なお顔で、革命軍に少しでも多くの支持を取り付けろ。


 電話の向こうにいるはずの男は地元じゃ有名な良家の長男坊で、俺はガキの頃から気に食わなかった。

 独立戦争の英雄が出た家だかなんだか知らないが、ジジイの代から世襲議員で、いつも召使を脇に侍らせて歩いているような奴だった。

 それが今じゃ崩壊寸前の旧体制の責任者として、殺されるか死ぬまで堀の中にぶち込まれるかの二択を迫られる立場にいる。

 随分な大出世ですねえ、坊ちゃん。

 思わず皮肉が口から出そうになる。

 だが、俺も今じゃ革命軍の首領っていう立場だ。

 チンピラまがいの言葉遣いはご法度だ。


 チンピラっぽい言葉遣いは、親父から学んだんだと思う。

 どうなんだろうな、学校に行く前には、もう既にこんな話し方だったから、本当のところはよく覚えちゃいない。

 ガキの頃の俺たちはお偉いさんのお屋敷をぐるりと囲む壁と壁の間に無理やり作られた掘っ立て小屋に住んでいて、お屋敷から電気と水を盗んで生活していた。

 家の構造で一番まともだったのがお屋敷の外壁にあたる部分で、俺たちは壊れかけの椅子に腰かけるよりも、壁に背を預けてもたれていた時間の方が長かった。

 その壁のこっち側で、俺たちは他の掘っ立て小屋に住んでた年の近い子どもたちとぺちゃんこのボールを蹴ってサッカーの真似事をよくやった。

 一方、その頃、お坊ちゃんは壁の向こう側で、綺麗にシャンプーされた後に毛を梳かされた室内犬とじゃれあっていた。

 俺と奴は住む場所の距離こそ近くても、壁に仕切られて住む世界がまるで違っていたんだから、そのまま別々の道を行けば良かった。

 だが、やはり世襲議員だった奴の父親が地元の学校に寄付をした際に、校長だか教頭だかに言いくるめられて、自分の子供を学校に通わせることに同意しちまった。

 これからは、身分の差に関係なく、国民が一つとなって未来を切り開いていく時代だなんだとか言われたんだろう。

 クソくらえだ。

 結局、親の代から甘ちゃんで、何一つ決められない世襲議員様だから、何が自分たちに必要なのかわからなかったわけだ。


 とにかく、そんなことがあってあいつは学校に通い出し、教室の椅子に座って誰かの話なんか聞いたこともないような俺たちに囲まれて、毎日結構な長さの時間を過ごすようになった。

 同じくらいの年齢とは思えないくらいにどんくさいやつで、何をするにしても遅い。

 多少勉強ができたとは言え、判断するのが遅くて、話をするのも遅いから周り全員イライラさせられっぱなしだった。

 そんな奴、普通なら一切関わるようなことはなかったはずなんだが、ある日親父に呼ばれて、お屋敷の坊ちゃんと学校で仲良くするように言われた。

 嫌だと言ったら殴られた。

 あれは何だったんだろうな。

 親父は金でももらったのか、それとも警察に捕まったのをもみ消してもらったのか。


 とにかく、そんなわけで、し(・)ゃ(・)あ(・)な(・)し(・)で坊ちゃんと絡むようになった。

 朝一緒に学校に行って、同じクラスで近くの席でぐだぐだ話して、ふざけ合って、時には一緒に教師に怒られた。

 学校が終わったら通りで延々とサッカーをやった。

 そうしているうちに、1年が経ち、2年が経った。

 あいつは相変わらずどんくさかったが、弟や妹の面倒を押し付けるにはちょうど良かったから、それ担当みたいな扱いで俺たちのグループにいさせてやっていた。

 多分そのせいなんだろうな。

 室内犬みたいなうちの弟はやけにあいつに対して甘いし、元々の見た目のせいもあって、弟もますます室内犬みたいになっていった。

 俺からすれば捨て犬と飼い主の情みたいなもんはくだらねえってことになるんだが、まあ、そんな感じで俺たちは育った。

 その頃は、今みたいにわけのわからないしがらみを感じることはなかった。

 ひょっとしたら、あいつのことも、今ほど気に食わないわけじゃなかったのかもしれない。


「もしもし、首相閣下殿。

繰り返します、こちらは、革命軍首領です。

聞こえておられましたら、お返事願います。」


 奇妙な甲高い声で、気持ち悪くて仕方のない口調で話す自分のことを、俺は自分で気持ち悪いと思う。

 これもまたガキの頃からなんだが、ずっと自分を斜め上から見下ろしているような感覚があった。

 どう言えばいいのか、携帯のゲームっぽいというか、キャラクターの視点と、ちょっと上からキャラクターを見下ろした防犯カメラみたいな視点と、どっちも選べる仕様のゲームがあったりするが、多分その感覚が一番近い。

 俺がもう一人いるわけじゃないが、視界がもう一つあるような感じだ。

 サッカーをしていたり、ケンカで誰かをぶん殴ってる時も、妙に周りがよく見えるから、俺はそういうのは他の奴らよりもよくできた。

 親父に良く殴られていた割には記憶力もちゃんとしていて、学校の成績も悪くなかった。

 そんなこともあってなのか、17の時に親父に連れられてお屋敷の中に入って、坊ちゃんの親父と話すことになった。

 あいつと絡むようになったとは言え、その時までお屋敷の壁の中に入ったことはなかったら、俺にとってはちょっとした事件だった。

 使用人が出入りする裏の勝手口から入って西日の当たる花壇の脇に通された俺と親父を、世襲議員は1人がけのソファにゆったりと座って待っていた。

 俺と親父は世襲議員の斜向かいの2人がけのソファに座るように促された。

 出されたミルクティーに砂糖をたっぷり入れて飲み始めたら、世襲議員は藪から棒に、俺は学校を卒業したらどうするのかと聞いてきた。

 俺は特に何も考えてなかったんだが、海沿いの地方にいくつかある油田にでも出稼ぎに行こうかと考えてると無理やり答えを捻り出した。

 今でもこれはなかなか気の利いた回答だったと俺は思ってる。

 実際は、外国人が掃いて捨てるほどいるって噂のリゾートで観光客相手に便利屋でもやるつもりだった。

 そうしたら、世襲議員はモゴモゴと唸って、坊ちゃんと同じ大学に行って、その後に軍に入るなら国の奨学金を斡旋してやらんでもないというような意味のことを言った。

 軍人っていうのは選択肢として全く考えてなかったら、ちょっと何とも返事のしようがなかった。

 だが、黙っている俺を横目に、親父は尻尾を振る犬みたいに喜んで、是非頼みたいというようなことを酷くへりくだって言った。

 俺は文句を言ってやろうとしたが、親父はその途端に俺の手首を思い切りつかんだので、何も言わなかった。

 へりくだることなんてないって言おうとしただけだったんだから、青痣(あおあざ)が残るほど強くつかむ必要なんてなかったのにな。


「首相閣下殿、お返事がないようですが、そこで聞いておられるという前提でお話しさせていただきます。

私ども革命軍は、先刻午後10時1分に、根拠なく我が国を代表する旨表明した本日23人目の元国会議員を排除しました。

これらの方々は、私どもは閣下殿の前任者と認識しているのですが、間違いなかったでしょうか?」


 自分の声に聞こえない声がそう言うのを、俺はぼんやりと聞いている。

 質問の答えは正直どっちでも良かった。

 Yesなら革命の一環として坊ちゃんを殺す。

 Noなら権力の火事場泥棒に革命軍が天に代わって罰を下す。

 この期に及んで、あいつの横に青痣(あおあざ)が残るほど手首をつかんで何と答えるべきか教えてくれる側近などいないだろう。

 あの時の世襲議員は、俺を息子にとっての側近に仕立て上げたかったんだろうな。

 結局、親の代から甘ちゃんの世襲議員様だから、何が自分たちに必要なのかわからなかったわけだ。

次回は2/3(水)18時更新予定。

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