10話 恋する朴念仁 〈マクシミリアンside〉
「兄上……女性を元気づけたいとき、どうされていますか?」
王城から大公家へと帰った彼は、兄のアレクシスと弟のルシアンと話をしていた。
三歳年上のアレクシスは癖のない黒髪で、五歳年下のルシアンは柔らかな亜麻色の髪。瞳の色は二人ともマクシミリアンとは違って薄い青だが、三人とも顔立ちはどこか似ていた。
「励まそうにも、言葉が見つからなくて……」
「そうだなぁ……甘いものや――やはり、宝石かな」
「成る程、宝石ですか」
「宝石なら何でも良いわけじゃないよ。ネックレスが定番だよね。マクス兄様なら、青い宝石を選ばないと」
「青い宝石? 何故だ」
「さすがマクス兄様。自分の瞳の色を身に着けてもらうんだよ。……常識でしょう?」
自分の瞳の色――
マクシミリアンは、青い宝石のネックレスを身に着けたオルテンシアを思い浮かべた。
(最高じゃないか……! そんな素晴らしい常識があったとは……)
『マクシミリアン様、ありがとうございます……大切にしますわ』
脳裏で微笑むオルテンシアの姿に夢中で、マクシミリアンは二人の声など聞こえなくなっていた。
「――おい、マクス、聞いているのか?」
「えっ? …………ああ、兄上……何でしょうか?」
「宝石店なら、大通りの『ラ・ジェンマ』に行くと良い」
「花束も忘れずにね」
「ああ、だが……瞳の色のネックレスを贈るだなんて――少し、恥ずかしいな……」
頬を赤らめたマクシミリアンは、顔を隠すように少しだけ俯いた。
急に照れ始めた彼の姿に、アレクシスは口籠り、ルシアンは目を細めて呆れたように笑った。
「二十七にもなって、ネックレスで赤くなるマクス兄様のほうが恥ずかしいよ」
「早くしないと、良い宝石がなくなっちゃうかもしれないよ」とルシアンにからかわれ、本気にしたマクシミリアンは慌てて馬車へと乗り込んだ。
「マクスは、意中の令嬢が出来るとあのようになるんだな……」
「朴念仁なのは変わらないけどね」
「だが……『恋する朴念仁』に成長したぞ」
窓辺に立った二人は、走っていく馬車を眺めて小さく笑った。
そして、マクシミリアンは大通りにある宝石店『ラ・ジェンマ』へと到着した。
大公家御用達の宝石店だが、マクシミリアンが足を踏み入れるのは初めてのことだった。
「ようこそおいでくださいました」
「青い宝石をください! いえ、青い宝石の、ネックレスを……」
白いベルベットの上にずらりと並べられたたくさんの青い宝石に、マクシミリアンは目を見張った。
(困ったな。どれも同じに見える……)
だが、彷徨う視線が一つの宝石を捉えた。
「これは――」
マクシミリアンは、白金の鎖を手にした。
青い宝石がランプの灯りに揺れる。
それは、花を模した可憐なネックレスだった。深い青色の花びらが四枚、光を弾いて煌めいている。
「これをください」
店を出る頃には、日は沈んでいた。
マクシミリアンは、青色の小箱を手に第二師団の宿舎へと向かった。
(オルテンシア嬢は、大丈夫だろうか……)
彼は窓から王城の方角を見つめた。
彼女の傍を離れたくはなかったが、自分には第二師団長という立場がある。
だが、このときばかりは、王城勤務の第一師団に入団しておけば良かったと、彼は後悔の念を抱いた。
(王城はこの国で一番安全だ……明日、仕事が終わったらすぐに会いに行こう)
彼は魔石入れを枕元に置いて眠りに就いた。
そして、翌朝――
マクシミリアンは青色の小箱を懐に忍ばせて、執務室へと向かった。
(オルテンシア嬢は、笑ってくれるだろうか……)
マクシミリアンは、昨日王城であったことを思い返していた。
脳裏に浮かぶのは、不敵に微笑む大神官エゼキエルと、まるで極悪人のようなしかめっ面の魔導師団団長セヴラン。
二人が語っていたオルテンシアの“不思議な力”は明かされず、決着が付かないまま解散となった。
そうして、何度も思い出されるのは、別れ際に不安気に見上げてきたオルテンシアの姿だった。
マクシミリアンは、そっと左胸に触れた。
オルテンシアの魔石入れが入っている場所だ。
(二度と、あんな顔をさせたくはない……オルテンシア嬢を守らなくては……)
けれど、釈然としない今の状況に、彼の胸はずっとざわめいていた。
考えても解決しないような不毛なことは、彼は元来あまり考えない性質のはずだった。それなのに、今は、オルテンシアのことが気がかりで仕方ない――
『……もし、彼女が望んだら?』
セヴランのその言葉が、耳の奥にこびり付いたように離れなかった。
(もし、彼女が望んだら……そのときは――)
浮かんだのは、オルテンシアの笑顔だった。
彼女が望むのなら、どんな道でも応援しよう。自分は、そのために出来ることをする。
そして、彼女が望まなければ、全力で盾となる。たとえ、誰が相手であろうと――
彼は、そう心に決めた。
早朝の執務室には、まだ誰もいない。
マクシミリアンは、早速執務机に向かった。
報告書や稟議書、訓練計画書など、彼が確認する必要のある書類は山のようにあった。
「師団長、おはようございます!」
「おはよう。良い朝だな。今日もよろしく頼む」
そうして、いつもの朝が始まった。
マクシミリアンは、いつもより更に集中して仕事に励んだ。
(そろそろ、休憩の時間だな……)
もうすぐ正午になる頃、執務室の扉が叩かれた。
「お疲れ様です」
執務室にやって来たレナートの姿に、マクシミリアンは立ち上がった。
「レナート、丁度良いところに来てくれた。オルテンシア嬢の好きなお菓子を教えてくれ。それに、他にも好きなものを知りたい」
「「ええっ!?」」
マクシミリアンの言葉に、部下の騎士たちは揃って声を上げた。
「何だ?」
「い、いえ……」
((『白薔薇姫』って、レナートの妹だったのか……!!))
彼らが二年前から見守ってきた『白薔薇姫』との恋。まさか、『鉄壁のマクシミリアン』の心を射止めた令嬢が同僚の妹だったとは――
騎士たちは、レナートとマクシミリアンを交互に見つめた。
「オルテンシアに、会いに行ってくださるんですか?」
「ああ、彼女が心配で……元気が出るものを、と思って」
昨日王城から連絡を受けたレナートは、両親と一緒にオルテンシアの元を訪ねていた。
だが、不安気な様子のオルテンシアは「大丈夫」と言うばかりで何も語らず、家族で心配していたところだったのだ。
「師団長、ありがとうございます。オルテンシアは、焼き菓子なら何でも好きですよ。好きなものは――なんだろう……子供の頃は、ウサギのぬいぐるみを大事にしてましたけど、最近はよくわかりません」
「ありがとう、参考にさせてもらう」
嬉しそうな笑顔を見せたマクシミリアンに、レナートは頭を下げて出ていった。
(おい、まずいぞ……)
(嫌な予感がする)
部下たちの不安を煽るかのように、丁度正午の鐘が鳴った。
「お疲れ様。私は少し出てくる」
目配せし合う騎士たちに淡く微笑むと、マクシミリアンは大通りへと向かった――
【あとがき裏話】
騎士A「……まさか、ウサギのぬいぐるみ買ったりしないよな?」
騎士B「…………」
騎士A「なぁ……俺の嫌な予感、当たるんだよ」




