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1話 裏切り

本作は、短編『もう、あなたとは結婚できません!』に、続きの物語を加え、再構成した【連載版】です。

『おかあさま! わたしね、はなかんむりのはなよめさんになるのよ』


 ピンクのつるバラの可憐な花冠。

 それを頭に載せて、花嫁になるのが私の幼い頃からの夢だった――


 花の女神に愛されし王国フィオレンツァ。

 この国に生まれた男は、将来を誓った娘に花冠を贈る風習がある。それは、この国では婚約指輪よりも大切な婚約の証だった。

 どんなに貧しく不器用な男でも――国王や王子でさえ、愛する女のために花を選び、花冠を編むのだ。


 娘たちは皆、贈られた花冠を身に着けて結婚式を挙げ、式の後は新居に飾る。

 王侯貴族ともなれば、贈る前に保護魔法を掛けて枯れないように加工する。


 ドライフラワーになった花冠も、枯れない花冠も、死が二人を分かつときには、妻の棺の中に納められる。それほどに、大切に扱われるものだった――


「オルテンシア、もうすぐフラヴィオ様との婚約式ね。楽しみにしているわ」


「ええ、お母様……今日は、ドレスの試着に行きますの」


「フラヴィオ様も一緒なのでしょう?」


「……ええ」


 母に嘘をついてしまった。

 もうすぐ婚約式をする予定の、フラヴィオ・レヴェル公爵子息。

 ――けれど、今日もフラヴィオ様は来ない。きっとまた、幼馴染のジュリエッタと出かけているのだろう。

 彼女の挑戦的な眼差しを思い出して、私は小さく首を振った。


「オルテンシア? 花冠は、婚約式までにいただけるのよね?」


「ええ、そう仰っていましたわ」


 花冠を贈られることを、私は何より楽しみにしていた。

 子供の頃に見た、記憶に色褪せない国王陛下と王妃殿下の婚礼のパレード。ピンク色の薔薇の花冠を載せた、王妃殿下の幸せそうな花嫁姿が今も目に焼きついている。

 家族から『夢見がち』だと笑われても、子供の頃からの大切な夢だった。


『オルテンシア、好きな花は?』


 先週、フラヴィオ様はそう聞いてくれた。

 私は、“淡いピンク色のつる薔薇”が好きだと答えた。棘のない、可愛らしい薔薇だ。

 きっと彼は、私のためにピンク色の薔薇の花冠を用意してくれるはずだ。――私はそう信じていた。


 この瞬間までは――


「フラヴィオ様、どうして、ジュリエッタさんが花冠を……」


 街角で目にしたのは、淡いピンク色の花冠を載せたジュリエッタと、彼女に寄り添うフラヴィオ様の姿だった。


「ただの練習だよ。ジュリエッタがさ、折角贈るなら、練習してからが良いだろうって……捨てるのも勿体ないだろう?」


 フラヴィオ様の腕に抱きつくように絡みつくジュリエッタは、私を見て得意げに微笑んだ。


(練習ですって……?)


 ジュリエッタの赤い髪を飾る淡いピンク色のつる薔薇。それを目にした瞬間、大好きだったはずの花がまるで汚されてしまったかのように感じた。

 私の幼い頃からの大切な夢は、呆気なく破られてしまったのだ。


「オルテンシア様、お先にごめんなさいね。……でも、ただの練習台だから」


 ジュリエッタの琥珀色の瞳は、私を見て弧を描いた。

 伯爵令嬢である彼女は、いつも私を見下すかのように見つめる。

 曲がりなりにも侯爵家の娘である私の方が家格は上だと言うのに、彼女の言動や態度をフラヴィオ様は咎めることもない。

 彼女が彼の“特別な幼馴染”だからだ。


「そうだ、オルテンシア――」


 彼が、ズボンのポケットから何かを取り出した。


「これ、要らないから返すよ」


「えっ……?」


 彼に差し出されたのは、私が縫った魔石入れだった。

 上質な紫色の布地に、金色の糸でレヴェル公爵家の家紋を丁寧に刺繍した――彼のために、何日もかけて縫ったものだった。


「でも、これは、婚約の証にと……」


 私がそう小さく返すと、ジュリエッタが小さく吹き出した。嘲笑うような眼差しに、私はドレスの裾を小さく握った。


「手作りの魔石入れなんて、格好悪いだろ? それに……こんなもの、婚約の証になんてならないよ」


「っ……」


 ぐいと強引に押し付けられた魔石入れを、両手で握り締める。


 『そんな貧乏臭い趣味、僕と結婚したらやめてもらうよ』――先日、この魔石入れを贈ったときに、彼から言われた言葉だ。

 確かに、“婚約の証”として、布製の魔石入れを贈る貴族令嬢なんて私くらいだろう。他の令嬢たちが、皆宝石のタイピンやカフスを花冠のお返しに贈っているのを私も知っていた。


 けれど、彼は私の家が貧しいことをよく知っている。

 何より、『心を込めて作った』と伝えて贈った品を、こんな形で返されるなんて思ってもみなかった。


「オルテンシア様、お針子をされているんですってね……侯爵家なのに大変ね」


(フラヴィオ様、『誰にも話さない』と言ってくださっていたのに……)


 私は家計のために針仕事をしている。

 だが、いくら貧乏貴族とはいえ、我が家は王女が降嫁した歴史のある侯爵家。これ以上家の名を落とさないためにも、針仕事をしているのは秘密だった。


(あんまりだわ……)


 魔石入れを贈った時に、彼に話すべきではなかった。私は心の底から後悔した。


「せっかくですもの、それも家計の足しになさったら?」


 彼の裏切りとあまりの惨めさに、目の奥がじわりと熱くなる。

 零れ落ちそうな涙に、瞬きすらできなかった――

お読みいただき、ありがとうございます。


本作は完結に向けて全力で執筆中ですので、どうぞ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


もし作品を気に入っていただけましたら、リアクションやブックマーク、ページ下部の【☆☆☆☆☆】などで応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします!

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 2人の口を縫ってやりたい…。
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