第1話 転生したら枝豆娘だった
目を覚ますと、森だった。
見上げても、木。
横を向いても、木。
背中には湿った土の感触があり、
どこか遠くから獣の鳴き声が聞こえる。
少なくとも、会社ではない。
「……ここ、どこ?」
声が高い。
慌てて身体を起こすと、
視界の端で緑色の髪が揺れた。
細い腕。
小さな手。
服は、布を簡単に巻いただけのような
見覚えのないものだった。
どうやら、女の子になっている。
そこまではいい。
いや、よくはないが、
異世界転生なら、そういうこともある。
問題は、頭が重いことだった。
右手を伸ばして触れてみる。
髪の間に、何かがある。
葉ではない。
角でもない。
細かな産毛に覆われた、
細長く膨らんだ莢が三つ。
「……枝豆?」
引っ張る。
痛い。
もう一度引っ張る。
やっぱり痛い。
完全に頭から生えている。
「人間ですらないじゃん!」
森の中に声が響いた。
直後、草むらの奥から低い唸り声が返る。
私は黙った。
異世界転生した。
少女になった。
頭から枝豆が生えている。
そして、何かに狙われている。
状況だけ並べると、
人生で最も意味が分からない。
だが、腹は減っていた。
前世の最後の記憶は、
仕事帰りに居酒屋へ入ったところまでだ。
席に着き、店員へ注文した。
生ビール。
それから、塩ゆで枝豆。
料理が来る前に、
私はテーブルへ突っ伏した。
たぶん、そのまま死んだ。
だからといって、
枝豆になる必要はなかったと思う。
頭の莢に触れた瞬間、
視界に文字が浮かんだ。
《固有スキルを確認しました》
《大豆進化》
《促成栽培》
「大豆に人生を支配されすぎでしょ」
文句を言っても、
腹は満たされない。
私は頭から莢を一つもぎ取った。
少し痛かったが、
血は出ない。
代わりに、もぎ取った場所から
小さな芽のようなものが伸び始めた。
また生えるらしい。
それはそれで怖い。
莢を割ると、
中から丸々とした緑色の豆が三粒出てきた。
食べようとして、手が止まる。
枝豆は、生では食べない。
茹でるものだ。
しかも塩を入れて。
「火も水も鍋も塩もない……」
食べ物を持っているのに、
食べられない。
異世界生活は、
思ったより不便だった。
試しに豆を一粒、土へ埋める。
頭の中で《促成栽培》と念じると、
指先から淡い光が土へ染み込んだ。
地面が膨らむ。
芽が出る。
茎が伸びる。
葉が開く。
数秒後には、私の腰ほどの高さまで育った株に、
無数の枝豆が実っていた。
「おお……」
これはすごい。
空腹の問題は、
半分くらい解決した。
残り半分は、
大量の枝豆をどうやって茹でるかだ。
もう一度、獣の声が聞こえた。
今度は先ほどより近い。
日も傾き始めている。
夜になれば、
さらに危険になるだろう。
私は枝豆の株を見た。
周囲の木を見た。
それから、水の音がする方角へ耳を澄ませた。
まずは水場。
次に火。
眠る場所も必要だ。
塩は、そのあと探せばいい。
「よし。まずは拠点を作ろう」
世界を救うつもりはない。
魔王を倒す予定もない。
今の私が欲しいのは、
安全な寝床と、温かい食事。
できれば塩の利いた、
茹でたての枝豆だった。
私は頭から二つ目の莢をもぎ取った。
今度は種にする。
こうして異世界の森で、
枝豆娘による最初の開墾が始まった。




